追放された悪役令嬢は断罪を満喫する【連載版】

うめ

14 王宮に向かいました

 揺れる馬車は、王宮へと向かう。
 昨日とはまた違った張り詰めた雰囲気に、声を出すのも憚られる。


 それはきっと、昨夜の晩餐の後で、今日起こるであろうことのあらましを聞いてしまったからだ。




「――ディー、君が気に病む必要はない。報いを受けるだけだよ、彼らも、もちろんジュラルも」


 向かいの席で、お兄様はいつもよりぎこちない表情を見せた。


「はい。分かっています」


 お兄様とわたくしを乗せた馬車は、滞りなく進む。
 お父様は別邸のジュラルと共に登城するため、わたくしたちとは別の方向に先に馬車を走らせた。




「全て受け入れよう。そして共に悔い改めよう。……家族として出来るのは、それだけだ」


「……そうですね。後悔はありますけれど、こうなってしまってはもう庇いきれないのですよね」


 わたくしの言葉に、お兄様は返事をしなかった。
 ただいつもより、寂しげに正解だという風に微笑むだけだった。


 それからまた静寂に包まれる馬車に揺られながら、わたくしはただただ思いを馳せる。




 甘いと言われるのは分かっている。
 だけど、もしもを考えてしまう。


 もし、わたくしが先にあの子の悩みを聞いてあげられたなら、と。


 ――この乙女ゲームでは、必ず攻略対象者がヒロインに悩みを打ち明けるシーンがある。


 これまで誰にも言えなかった悩みを、いつも天真爛漫で笑顔の天使のようなヒロインに話すことで、心が軽くなり、より彼女に心酔していくのだ。


 確か、ジュラルの悩みは、お兄様とわたくしのこと、それから将来のこと。


 嫡男であり、何もかも完璧で優秀なお兄様と、性格に難ありながらもやはり優秀で、王子の婚約者であるディアナ。
 そんな2人と共に育ち、劣等感に苛まれていたジュラルは、ヒロインに会って初めて、自分らしく生きることを見つける。


 これまで、父や兄に従って生きてきたが、初めて自分で将来を選択し、そこに喜びを感じる――というストーリー展開だったはず。


(そうしたら、あの子がヒロインに傾倒することは防げたかもしれない……なんて、今さらだわ)




 今だからそう思うだけで、当時はきっと無理だった。
 ヒロインと攻略対象者に囲まれて、悪役令嬢として何もしなくてもシナリオどおりに進む出来事に慄いた。抵抗して逆に別の断罪を受けることが怖かった。
 だから全てを受け入れた。このゲームのような出来事に誰も巻き込みたくなかった。学園では誰も寄せ付けぬよう、振舞っていた。お父様とお兄様にも婚約解消したいこと以外何も言えなかった。


 わたくしだって、身を守るために必死だったのだ。
 変な話だけれど、追放されてわたくしはようやくこの物語から解放された。


 そしてその時、ジュラルはのだ。
 わたくしではなく、ヒロインを信じることを。


 あの日、わたくしを断罪する殿下の後ろに、銀色に輝く実弟の姿があった時、諦めに似た気持ちを持った。
 はいはい逆ハーエンドのテンプレだものね、仕方ないものね、と。


 だけど、どうだろう?


 アレクさまやバートのように、攻略対象者だけど冤罪を疑う人がいたことを、追放後に知った。


 だからジュラルにも、2人と同じようにわたくしのことを信じる道はあったのだ。
 ――それをしなかったのは、ジュラルだもの。


 きっと彼の中でわたくしは、学園の噂同様に冷徹な女としてしか捉えられていなかった。
 それは、とても悲しいことだ。




「……ジュラルにもわたくしの無実ことを、信じてほしかったですわ」


「ディー……」


 切なげなお兄様の長い指が、わたくしの頬を撫でる。
 気付かない内に、涙が頬を伝っていた。


 わたくしを守ろうとしてくれている人たちのためにも、ジュラルだけ助けてほしいと乞い願うことは出来ない。


 それでも、幼い頃から共に育った大事な姉弟だった。
 ゲームのディアナがどうだろうと、今のわたくしは家族と良好な関係を築いていると思っていたのだ。学園に入るまでは。


 無意識のうちに感情を抑制し、能面のように過ごしていたあの頃と違い、わたくしの中には様々な感情が渦巻く。


 家族なのに弟に信じてもらえなくて、悲しい。


 ヒロインが許せない。


 側近たちでさえも出し抜くように断罪を敢行した殿下が許せない。




 事の顛末を全て知った今、わたくしはとてつもない怒りと悲しみに満ちていた。






 ◇◇◇◇




 王宮に着き、わたくしとお兄様が通されたのは玉座の広間ではなかった。
 玉座の広間は2階部分まで全て吹き抜けた構造になっているが、その2階部分の隣にあたる小部屋で、足元に小さな窓が付いている。


 そこを覗くと、広間の様子が見えた。
 広間を秘密裏に見る事ができる空間なのだそうだ。
 そして、綿密に角度を計算されているこの窓は、外から中の様子が分からないようになっているらしい。


「お、お兄さま……?なんだか集まってる人たちが凄まじいのですけれど……?」


「ああ。王都にいる全ての貴族に招集がかかっているからね。あとは卒業パーティに来ていた貴族。だがまあ、時間がなくて地方の貴族は来られてないだろうね」


 しれっとそう言うお兄様に動揺が隠しきれない。
 先ほど覗いた窓からは、陛下の即位10年を祝うパーティーの時並みに集まった貴族の顔ぶれが見えた。昨日の今日でこれだけ集めたということは、よっぽど強い召集があったのではないかしら。


 それって、やっぱり。


「ディアナ。目を逸らしてはいけない。学生のおふざけで済まされない事をしたのは彼らだ。私たちがここにいるのも、彼らが君を見て何をするか分からないから隔離されているからなんだよ?」


「……はい」


 お兄様が愛称ではないわたくしの名前を呼ぶ。それだけで、真剣な気持ちが伝わってきて、胸がグッと詰まった。










 それから暫くして。場が騒めくのを感じてお兄様と小窓を覗くと、殿下以下見知った面々が騎士団長に先導されてきたところだった。
 そしてそれと同時に、険しい顔をした公爵さま、お父様、青い顔をした商会長と男爵も入場して彼らから少し離れた場所に控える。


 その様子を見る他の貴族たちは、何が起きるのかなんとなく状況を察しているようで、それらの関係者から距離を置く形で広間の周囲に立ち、ひそひそと話をしている。


 玉座に向かい中央にサフィーロ殿下とソフィア嬢、少し後ろに赤髪のブライリー=マディラ伯爵令息、緑髪のエイブラム=アイドクレース公爵令息、ジュラル、橙髪の商会長子息であるポール=カーネリオンと並ぶ。


 殿下は何食わぬ顔で佇んでいるが、少女は誰かを探すようにキョロキョロと周囲を窺っている。そして他の側近たちは、皆一様にうな垂れるように床を見ていた。




「……さあ、始まるようだ」




 お兄様がそう言うと同時に、陛下と王妃、そして宰相が玉座に現れる。




「――皆、静粛に」




 陛下が発した言葉に広間は水を打ったように静まりかえる。


 10歳の時から始まった長い長いシナリオに、ようやく終止符が打たれようとしていた。

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