追放された悪役令嬢は断罪を満喫する【連載版】

うめ

2 紺色眼鏡な青年がやってきました

 


「オーナー、少しよろしいですか?」




 チョコレートを食べていると、控えめなノックの音と、ハニーブラウン髪の美女――セドナの声が聞こえた。




「ええ大丈夫よ。何か問題があったかしら?」




 元侯爵令嬢と言うこともあって、公にはオーナーとして顔を出していないわたくしに代わって、セドナには外向けには店主としての役割も担ってもらっている。


 わたくしが買収する前からこの娼館に勤める彼女は、他の娼婦たちを取りまとめるリーダー的な要素もあり、つまりは、ほぼほぼセドナが店主なんじゃないかとわたくしは感じている。
 ごめんねセドナ……わたくし前世の記憶があっても、公務員だっただけだから、書類事務は得意でも経営者はやったことないのよ。


 令嬢時代は王妃教育とダンスとお茶会と夜会とそれなりに忙しくて、本当は学園でも経営学とかを学びたかったのに、お嬢様コース的なすごいつまんない学科でますます無表情で毎日過ごしてたわね、懐かしい学園生活だわ。


 後々この娼館を乗っ取られてもセドナにだったら文句は言わない。そうなったら事務職員として雇ってもらいたいところね。




「……どうしてそんなキラッキラな目で私を見てるんでしょうねぇうちのオーナーは」


  尊敬の眼差しでセドナを見つめていると、呆れたような半目で返されてしまった。
 こんなクールな所も素敵なお姉さんなのだ。


 とてもお世話になっているから、娼婦としてじゃなくて普通に給料払うよって言った時、『オーナーが来てから職場環境もとても良くなりましたし、私、好きでやっている部分もあるから大丈夫ですようふふふふふ』ととてもイイ笑顔で返されてしまったのはいい思い出だ。


「ごめんなさい。少し将来について考えていたの。……それで、受付の子じゃなくてわざわざセドナが来たと言うことは何か貴族さま関係のトラブルかしら?」
「鋭いですね。その通りです」
「どんなトラブルなのかしら。貴族ってめんどくさくてイヤよね〜さっさとお帰り願いたいわ」
「ふふっ、それをオーナーが言います?確かに面倒そうなお客さまではありますね。"先日こちらに来た、ディアナ=アメティス嬢に会わせて欲しい"とおっしゃっていますが」
「……!」


 どうされます?とセドナに聞かれて、わたくしは手に持ったティーカップをソーサーの上に静かに戻した。


 わたくしの事を知っている貴族。
 そして、この娼館に送られたことも把握済み。


(一体誰かしら……確かに公衆の面前で断罪はされたけど、殿下も娼館とまでは言っていないし、場所までは公言していないのに……?)




「どんな方だった?特徴は分かるかしら?」
「髪色は紺色で、眼鏡をかけた端正なお顔立ちのイケメンでした。わたし結構タイプです」


(紺色眼鏡と言えば、殿下の取り巻きのひとりだわ。いいえ、別人の可能性も捨てきれないわ――)


「というか、普通に名乗ってました。アレクシス=ラズライト様だそうです」


 うん、本人だわ。


 アレクシス=ラズライト。
 由緒正しきラズライト侯爵家のご嫡男さま。前世で言う眼鏡萌えキャラであり、宰相子息の肩書きを持つ彼は、もちろん乙女ゲームの攻略対象者である。紺色眼鏡である。




 なんだか頭痛がしてきたわたくしは、右手で額を押さえながらセドナに指示を出した。




 "ディアナ=アメティスはここにはもういない。異国の貴人に身請けされた"と答えるように、と。


 セドナは、分かりましたと微笑んでわたくしの私室から出て行った。










 ―――――――……




 しばらくして、客の対応を終えたセドナがわたくしの私室に戻ってきた。




「追い返しちゃって良かったんですか?オーナーがここにいないって言った時、死にそうなくらい真っ青な顔してましたよ」


 せっかくのイケメンで目の保養だったのに台無し、と付け加えながら、店主代理の大役を果たした彼女は、自室で寛ぐ本物の店主ことわたくしディアナに先程の青年とのやりとりを報告する。




「うーん、殿下の取り巻きレンジャーズの一員だと思ってたから、ここまで追いかけてきて追加の嫌がらせをしに来たのかと思っていたのだけれどね」


 そんなに警戒しなくても良かったのかしらね?


 セドナに指示を出した後、チョコレートを食べ終えたわたくしは今度はクッキーを食べたりなんかして、完全にだらけきった生活ぶりだ。この生活、太る。




「気の毒なくらいすんごいフラフラ帰っていきましたけど。本当に心当たりないんですか、オーナー」
「むーん、髪色と眼鏡というパーツ以外で特に注目して過ごしてなかったから。宰相子息だし、なんだかすごく頭良さそうだから、敵ながら恐ろしい存在だとは思っていたけれど」
「……オーナー」


 何故だか店主代理の美女に残念なものを見る目をされている。
 おかしい。前世と足せば彼女よりわたくしの方が歳上のはずなのにどうして負けた気がするんだろう。何の差?




「まあ、身請けされてもうここに居ないって言ったのだから、もう彼がここに来ることはないと思うわ。だから大丈夫よ。うん、きっと大丈夫!」


 嘘は良くないけど、せっかく自由の身になったんだから、早々と敵に手の内がバレるわけにはいかない。
 それよりも問題はお父様たちね、と思考を切り替えることにする。


(ごめんなさい、紺色眼鏡アレクシス様。またいつか会う日まで)






今のわたくしと彼じゃ立場が違いすぎるから、そんな日はもう、二度と来ないと思うけれどね。

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