ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

Coffee Break : バチ

「無い…無いわ…確かにここに置いたのに……」
 僕がレティと結婚して数日が経過したある日、いつものように朝食を終えた後、花と手紙を抱えてレティの元へ行けば今にも泣きそうなレティが部屋の中を右往左往と動き回っていた。


「どうかしたんですか?」
 声を掛ければ、机の下を覗き込んでいたレティがようやく僕に気がついて見る見るうちに涙が溢れて口をへの字に曲げてしまった。
 花束と手紙を机の上に置いてそっと涙を拭ってあげると、ギュッと僕の服を掴んで小さく俯いてレティは言った。


「本が…家から持ってきた本が失くなっちゃったの。昨日は確かにここに置いた筈なのに……誰か図書館の本と間違えて持って行ってしまったのかしら…」
「本ですか?メルさんに聞いてみましたか?図書館に戻したなら調べれば本が余るはずですから直ぐに見つかりますよきっと。だから泣かないで下さい。僕その顔苦手なんですよ…なんて本が無くなったんです?」
 僕が頭を撫でて聞けば、クスンと鼻をならしてレティは答えた。


「ダニエルのウイニー旅行記よ。私が大事にしてるのをメルは知ってるから持って行く筈は無いと思うんだけど…もしかしたらそれを知らない誰かが気を使って直してしまったのかも知れないわ……」
「…………」


(あの男ダニエルの……ウイニー旅行記、だって!?)


 まさかレティがあの本を持ってくるとは想定していなかった。そう言えば初めてあった時もあの本を持ち歩いていたし、よく考えればそれ位容易に想像がつくのに!!


 サーッと顔を青ざめて冷や汗を垂らす僕にレティは不安げに僕を見つめてきた。
「テディ?」


 また涙で揺らぐ蒼い瞳に見つめられれば、うっ…と息を飲むしか無かった。
「だい……丈夫ですよ。ええ、すぐに見つかりますよ。僕も一緒に探して上げますから。だから泣かないで下さい……」
「テディ…ありがとう」
 嬉しそうに微笑む彼女を見てまた良心がグサリと痛む。


(言えないっ!ダニエル著書の本は発売禁止にした上で持ち込んだ者に厳重な処罰を与える触書を出しただなんて絶対に言えない!!)


 引きつった笑みを浮かべて部屋を出ると、まずは可能性のある場所を探した。
 もし、メルさん以外の人があの本を目にしたのであれば、慌てて焼却炉に持っていく可能性がある。もしくは厨房か暖炉のある場所…とにかく火を使う場所に行って本を燃やした形跡がないか調べ回った。


 自分だけでは手が回らないので渋々ながら道中で見かけた夢想兵にも声を掛けた。
 まさか自分の嫉妬で出した触書がレティを悲しませる事になってしまうなんて想像していなかった。
 あんな顔させたくないのに、結果としていつも僕がさせてしまっている…


 執務の間を縫って必死で探したものの、その日は何の情報も得られず本のホの字すら見当たらなかった。
 ションボリとするレティを慰めながら夕飯を共にして、床に就く。
 明日には必ず!と思ったものの、結局2日経っても3日経っても本の行方は判らなかった。


「テディ…もういいわ。出しっ放しにしていた私が悪いんだもの。ありがとう。お仕事大変なのに。ごめんなさい」
「レティ…」
 力無く笑う彼女の笑顔が仕事をしていても剣をふるっても離れる事は無かった。
 もやもやと顔を顰める僕に気がついて、とうとう4日後には執務室で一緒に仕事をしていたホルガーが恐る恐る僕に声を掛けてきた。


「殿下…何かあったんですか?最近妃殿下も元気が無い様ですし。まさかもう喧嘩でもしたんですか?」
「違います!僕は…僕は酷い男なんです!!」
「で、殿下?」


 わぁっと顔を伏せてホルガーに事情を話せば、呆れた顔でホルガーは僕を見下ろしてきた。
「それは…流石に私も同情しかねます……あの触書は私の反対を押し切って殿下が出されたものですから、自業自得としか…」
「そんな事は判ってます!ですがレティが傷つく必要は無いんです!!あんな顔をさせたまま一生過ごすなんて僕耐えられません!!」
「一生って、そんな大袈裟な……」
「決めました…ホルガー!勅命です!レティが失くしたのと同じウイニー旅行記をどんな手段を使ってでも入手して下さい!」
「それは…いえ、判りました。ですが同じものが今手に入るかどうか…発刊されてからだいぶ経ってますし…」


 発刊された本が限られたものなのは百も承知だ。一冊作るだけでかなりの時間がかかるしそれだけの値段もするのだ。容易でないのは分かりきった事だったが、背に腹は代えられない。


「手に入れてくれればボーナスを支給しますから絶対に手に入れて下さい!」
 僕がそう言えばホルガーはもう何も言わずに溜息を小さく吐いて外に居た兵の1人に遣いを出した。


 祈るような気持ちで待つ事4日。時間が掛かると思われた割には早く本は手に入れる事が出来た。
 嬉々としてレティの所へ向かえば、思った通りにとても嬉しそうにレティは久しぶりに笑顔を見せてくれた。
「ありがとうテディ!何処にあったの?」
「えっ?ええと…何処でしたかね……聞くの忘れてました。でも、見つかって良かったですね」
「うん…私、もう失くさないわ」


 ギュッと本を抱きしめて僕の頬にキスをしたレティにまた少しだけ罪悪感を感じつつもこれで良かったのだとホッと息をついたのも束の間、翌日にはまた悲しそうな顔でレティがその本を持って僕に手渡して来た。
「どうしたんです?」
「違ったの…この本私の本じゃ無かったわ……」
「えっ…」


 手渡された本をパラパラと捲り、おかしな所は無いか確認する。
 別段変わった所も無く、困惑していると、レティは本をパラパラと捲ってみせ、やがてあの男の絵の書かれた最後のページへと辿り着いた。


「このページにね、私の本にはダニエルが書いてくれたサインが入っているの。それに、旅先でちょこちょこメモを取っていたから…ごめんなさいテディ、折角見つけてくれたのに……きっとこの本を失くした人も困っているわ。どうか見つけて返してあげて?」
「レティ……僕の方こそすみません………」


 終わった…まさかそんな特徴のある本だなんて思っていなかった…量産された本でもレティにとっては世界に一つしかない特別な本だという事だ……
 あの男に言ってやりたい事は山程あるが、何より自分のしでかした事を呵責するしかなかった。


「テディが謝る必要はないわ。一生懸命探してくれたんだもの。その気持ちだけで十分だわ」
「う………」


 何も知らずに微笑みかけてくる笑顔が痛い。
 普段は癒される筈の笑顔がこんなにも突き刺さるものに変わるなんて誰が想像しただろうか。


「レティ…すみません。実は……」
 意を決して正直に話そうと口を開けば、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
 扉を開けるとそこにゲイリーが立っていた。


「おや、お取り込み中でしたか?失礼しました。たいした用件では無いのでまた後で顔を出します」
「いいの、ゲイリーさん。私に何かご用かしら?」
 いいんですか?と視線で僕に尋ねてくるゲイリーに頷けば、場の空気の重さに少々首を傾げながらゲイリーは遠慮なく部屋へと入って来て、レティに一冊の本を手渡した。


 レティはそれを受け取って驚いた顔で本を捲った。
 見れば中には先程言っていたあの男のサインがちゃんと書かれていた。
 間違いなくレティが探していた本だった。


「ゲイリー、何故君がこの本を持っていたんですか…?」
 俄かに殺気を放ちながらゲイリーを見れば、飄々とした様子でゲイリーは肩を竦めてみせた。
「数日前に殿下が仕事で遅くなるという旨を伝えに来た時、妃殿下がフラリとこの本を私に貸して下さったんですよ。内容が内容でしたからどうしたものかと思ったんですが断るのも何でしたので、読んでみればなかなか興味深く……お2人ともどうかなさったんですか?」


 まさか…と思い振り返れば、顔色を青くして呆然とするレティの姿が目に入った。
「覚えて無いわ……ゲイリーさんに本を貸した事も…テディが遅くなるって言われたことも……」
「……ゲイリー?」
「私は確かにお伝えしましたが…そう言えば妃殿下はとても眠たそうなご様子でしたから、既にお休みの所を起こしてしまったのかもしれませんね」


 困惑気味にゲイリーが言えばレティはフラリとよろけてしまう。
「レティ!」
「私…また…?もう治ったと思ってたのに……」


 涙まじりに言うレティの背中をそっと撫でてあげる。
 懐中時計はもうずっと僕の手元にあったし、離れる事もそうなかったので気にしていなかったが…
 病気というのはそう簡単に治るものじゃ無いのかも知れない。


「テディ…私ね、実は…」
「いいんですレティ。分かってますから。慣れない環境で少し疲れているだけですよ。本が見つかって良かったですね。そうだ、今日はお仕事をお休みして2人で過ごしましょう。僕ずっとレティに秘密にしてた話があるんですよ。聞きたいですか?」
「え、ええ……でも、急にお休みだなんて皆困るんじゃ…」
「ゲイリー。責任持って僕の分まで働いてくれますよね?」


 ジロリと睨めばゲイリーはヤレヤレと溜息をつく。
「殿下の分まで働く気はありませんがお休みなさるのは構いませんよ。ここの所詰めてますから倒れられるよりマシです」
「ゲイリーもこう言ってますから行きましょう!そうですねまずは庭を散歩してから…後で街に行って見ますか。久々にレティのヴェルが聞きたいですし」
「ヴェルを?じゃあ私もテディの歌がまた聴きたいわ」
 僕が提案すればようやくレティも可愛い笑顔を見せてくれた。


 その日僕はレティに初めてあった時の事を話して聞かせた。真っ赤になったレティの手を引いて街へと行けば久しぶりに元気なレティの口上が街に響き渡る。
 ヴェルとリュートを一緒に演奏すれば観客が集まり歓談を交わす。
 よほど楽しかったのか、その日のレティの寝顔はとても幸せそうな顔をしていた。


 後日、以前出した触書はこっそり撤廃したのは言うまでもない。

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