ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

一世一代のワガママ 5

「さて。長旅で疲れただろう。夕餉の時刻迄ゆるりと休まれるがいい。王冠を用意せねばなるまいし、暫くは滞在するんだろう?馴れ初めなど色々と聞きたい。そうそう妻も紹介しないとな」
 クロンヴァール王は楽しそうに目を細めて私達を侍従に預けると、退室を促した。
 最後に改めてお礼を言えば気さくに頷いて私達を見送った。


 客間へと案内され、私はすぐにお風呂に入れないかと侍従に声を掛けた。身体が冷えていたし、何より長旅で汚れた体を綺麗にしたかった。
 驚いた事にお風呂はいつでも入り放題で、お湯は地下から自然に湧いているものを使っていると侍従の人から教えられた。
 私は個室にあるお風呂ではなく、クロエを誘って大浴場へ行き久々のお風呂を2人で満喫した。乳白色のお湯から上がれば驚く程肌がつるつるになって思わずにんまり綻んだ。


 部屋に帰ればまだちょっとだけ落ち込んでいたテディが持って来ていたほうじ茶を1人で寂しそうに堪能していた。


 個室のお風呂を使ったのかテディの髪も少しだけ濡れていた。髪を拭いてあげると気持ち良さそうに目を瞑って、
「随分長かったですね」
 と、ちょっとだけ恨めしそうに言われてしまった。
 うーん。何だかすっかり拗ねてしまってるみたい。


「やっぱり皆で来るのは嫌だった?」
 王族の新婚旅行って思えばかなり少人数だと思うのだけど、私もテディも今までかなり自由にしてたからやっぱり窮屈に感じるのかしら?
 私が問えば、テディは椅子に座ったままギュッと私の胸に顔を埋める様に抱きついてきた。


「別に嫌じゃないですけど…もっと2人だけで過ごしたいです。国に帰ればまたお互い落ち着くまでは忙しいですし」
 抱きついて離れなくなってしまったテディの頭を撫でながら、なんだか小さな子供みたいだなとクスクス笑う。


「でもそれが私たちが選んだ道だわ。んー。じゃあ、今度旅行に行く時は2人だけで行きましょう?テディの故郷と、海の向こうの国ね。あ!それにライリ女王陛下の所にも行かなくちゃ」
 笑いながら私が言えばテディはやっと機嫌を直したのか抱きついたまま私を見上げていつもの笑顔を見せてくれた。
「いいですね。約束ですよ?……んー、ラハテスナの女王陛下の所へは帰りに行きましょうか。こっそり2人で」
「帰りに?こっそり?レムナフさんとゲイリーさんが怒らないかしら…」
「大丈夫ですよ。新婚旅行ですし。ちょっと帰りが遅くなるだけです」


 僕と一緒に駆け落ちして下さい〜!と言いながらテディは頭をグリグリと擦り付けてくる。
 お腹に当たるテディの顔が擽ったくて声をあげて笑えばテディも楽しそうに声を上げて笑った。
 それから私達は晩餐に呼ばれるまで2人で他愛のない会話をしながら穏やかに過ごした。




 =====




 クロンヴァール王との会食は実に有意義なものだった。
 私達の馴れ初めから国の事等引っ切り無しに質問攻めにされたけど、同じくらい私も王に質問をした。
 クロンヴァール王の隣にいた王妃様も素敵な方で、私達の話に始終笑顔で耳を傾けていた。


「しかしいいな新婚!新妻!しかも大恋愛!」
 らんらんと目を輝かせて言うクロンヴァール王に私とテディは頬を真っ赤にして思わず俯く。すると、隣にいた王妃様が呆れた顔でクロンヴァール王を窘めた。
「ヨルマ…少し落ち着いて下さい。声も大きいです。ごめんなさいね。悪気は無いのだけど、始終うるさくって嫌になるでしょう?」


 ゲンナリとして言った王妃様にクロンヴァール王は少々大袈裟に片手で目を塞いで天を仰いでみせた。
「これだ!昔は可愛らしく何をしても頷いてくれたのに!最近では小言ばかりが増えてうるさくて敵わん。レティアーナ殿、どうかこうはならないでくれ」
「まぁ!一番うるさい人にうるさいだなんて心外です!フィオディール様、どうかこんな王にはならないで下さいね」
「え、ええっと…王妃様も陛下も素敵な方だと思いますわ…」


 な、仲があまりよろしくないのかしら?チョットだけ険悪になってしまった空気に戸惑っていると、テディが助け舟を出すかのようにニッコリ笑って私の言葉に便乗する形で2人に言ってみせた。
「ええ、本当に素敵なご夫婦です。僕は父と母が一緒にいる所を見た事が無かったので夫婦というものがいまいち分かっていませんでしたが、お二人のように何でも言い合える夫婦になれたら僕達もきっと幸せになれるんでしょうね」


 えっと…助け舟なのよね?
 若干空気が重くなった気がするんだけど…


 ニコニコと羨ましそうに言うテディ特有のあどけない笑みに、クロンヴァール王と王妃はチョットだけバツが悪そうな顔をした。
「ごめんなさい。フィオディール様はとても苦労なさったのね…ダメね私ったら、お客様の前でこんな小さな事で…貴方がたのお手本になれるような夫婦になれるように努力すべきね」
「ニーナ…悪かった。私も確かに五月蝿いと自覚はしているんだ。すまないな…フィオディール殿、見苦しい所を見せてしまった。貴殿らの生い立ちの事は多少なりとも知っておったのに配慮が足りなかった」


 クロンヴァール王と王妃がぺこりと頭を下げれば、テディは慌てて頭を振った。
「いえっ、そんな!本当に羨ましいと思っただけですから。ね?!レティ?」
「えっ!?えぇ…そう、ね。私もいつかテディと喧嘩する日が来るのかしら?」
「どうでしょう?想像出来ませんね」
 2人で首を傾げれば、クロンヴァール王と王妃様はやっと柔らかい笑顔を見せてくれた。


「本当に仲がいいのだな。羨ましい…そうだ!新婚祝いに何か欲しいものは無いか?竜の国にある物などたかが知れているかもしれんが…何か送りたいな」
「そうですね、折角ここまで来て下さったのですから。あらやだ、貴方、建国のお祝いも忘れないで下さいよ?」
「うむ。貴殿ら何か無いか?」


 唐突に言われてテディと2人で顔を見合わせて困ってしまう。
 気持ちだけで充分だと思うんだけど…そう言ったら失礼になるのかしら?
 私達がそれぞれ悩んでいると、焦れた様にクロンヴァール王が私達に促す。


「物で無くとも願いでも良いぞ?そうだな。うん。それぞれ一つづつ叶えてやろう。無理難題は困るが大抵の事は出来るだろう」
「それなら、僕はレティと2人で街を散策させて欲しいです。竜の国の文化にとても興味があります」
「なんだ…貴殿案外欲がないな……そんなもの滞在中に好きなだけ回ればいいだろうに。私の許可など要らんものは却下だ」
 クロンヴァール王にアッサリ言われてテディは困った顔でまた私を見た。


 物でなくて願い。と言われて私は一つだけ思い浮かんだ事があった。
 新婚祝いにしては大それたお願いの様な気がしたけれど…


 言おうかどうか躊躇していた私に気がついて「何か思いついたんですか?」とテディが私に聞いてきた。
「何だ?なんでも良いぞ?遠慮なく申してみよ。多少の無礼も許すぞ」
 クロンヴァール王に促されて、躊躇いつつも、ハッキリと私は一世一代のワガママを口にした。


「私の願いはーー」


 その願いを口にした時、クロンヴァール王も王妃もテディでさえも驚いて目を大きくして私を見つめていた。
 やがてクロンヴァール王は目を細めて私を見るととても嬉しそうに頷いて返事を返してくれた。
「よい…実にいい願いだ……。まさか建国以上の歴史的瞬間に立ち会える事になろうとは!その時が楽しみだな!」
「貴方、その時は私も一緒に連れて行って下さいよ?」
「勿論だとも!貴殿ら歴史に名を残すいい国王と王妃になるであろう。フィオディール殿は良い妃を娶ったな」


 クロンヴァール王が感動した様に目を潤ませながらそう言えば、テディは嬉しそうに微笑んで「有難う御座います」とお礼を言って、テーブルの下で私の手をギュッと握り締めたのだった。

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