ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

一世一代のワガママ 2

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 山脈の頂上を越え、今度は山の反対側へと降りて行く。
 日は既に沈みかけていて、少し歩いたところでキャンプを張った。夏とはいえ雲に近い場所はかなり冷え込み、朝方も震える位寒かった。


 何時もならば既に日が登っている時間になっても、日は一向に上がってこず、朝の8時を過ぎた頃、漸く山間から朝日が顔を出し始めた。
 見渡せば東から西へとグルリと山脈が繋がっている。


 日が完全に顔を出した頃眼下を見れば、信じられない位大きなお城が平原の中に佇んでいた。
 これには流石のダニエルも言葉を失っていた。


「あれ本当に城ッスか?!」
 頭を抱えてウルフが叫ぶ。
 ゲイリーさんも唖然として立ち尽くしていた。


 どれくらいの大きさか?と言われれば、山脈と引けを取らない高さの山の様などっしりとした高い塔の城としか表現が出来ない。
 あのお城にたどり着いても、今度は王様の居る所まで行くのは大変なんじゃないかしら?


「僕も話には聞いていましたが、これ程までとは知りませんでした。あのお城の中は街になっていて国民がみんなあそこで暮らしているらしいですよ」
「えっ?じゃああのお城の奥にある土地には街や村は無いの?」
「えぇ。そう聞いています。もっとも僕が小さい時にレムナフに聞いた話ですし、竜の国に来る人なんて滅多にいないですから今でもそうなのかは解りません」


 こんなに広いのにお城のある所にしか人が住んでないなんてなんだか勿体無いわね。
 私と同じ事を思ったのかゲイリーさんが疑問を口にした。
「これだけ広大な土地があれば簡単に開拓できるものを…はて?何故我々の祖先はこの土地を開拓せずにわざわざ山脈を超えて国を作ったのでしょうか?」


 確かに…わざわざ山脈を越える位なら目の前の土地を開拓した方が効率的だわ。
 竜の国を出て山脈を越えて…どんなメリットがあったのかしら?
 皆で首を捻っていると「そんなの簡単だろ?」とダニエルが言った。


「山があれば登ってみたいじゃねぇか。その奥に何があるのか見てみたいって思うのが冒険家だ」
 ニカッと歯を出してダニエルは笑って言った。




 山脈を降りて、平原に辿り着く。さんさんと照る太陽の下には信じられない位沢山の見たこともないような野花が咲き乱れていた。
 花の中をかき進んで行けば見上げても頂上が見えないような城が目の前に立ち塞がる。
 外周を周り切るだけでもおそらく1日以上掛かる気がする。


「入り口は何処かしら?」
「僕ザッと見てくるのでここで待ってて下さい」
「いえ、殿下流石に何があるか判りませんから単独で動くのは止めて下さい」
「ゲイリーが止めるなんて不吉ですね…槍でも降って来なければいいですが」
「ん〜?槍は降って来ないみたいだが、なんかデカイの降って来てますよ?」
「「「え?」」」
 上を見上げるウルフに釣られて私とクロエ、ダニエルが見上げれば、大きな黒い影がこちらに近づいてくる。
 大きな翼に鋭い爪の4本足、長いしっぽまで鱗に覆われているそれは鋭いと目がキラリと光っていた。


「ド、ドラゴンだ!!」
「ちょっ!王様!ドラゴンはユニコーンに近寄れないんじゃなかったのかよ!!」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょう!?レティ!!僕に掴まって下さい!安全な場所に飛びます!」
マスター!俺たち見捨てる気ですか!?」
「勝手についてきておいて何言ってるんですか!自分の身ぐらい自分で守ってください!!」
「クロエ!」
「………」


 突然の出来事に各々がパニックを起こして騒ぎ立てる。クロエなんか放心状態だ。
 そんな中私とゲイリーさんだけが冷静にドラゴンを観察していた。
 テディは慌てて私に駆け寄って腕を掴むと転移魔法を発動させようとした。
「待ってテディ…あの子敵じゃないわ」
「えっ?」


 近づいてくる漆黒のドラゴンに私は感動して頬が紅潮するのを感じる。
 昔伯父様から聞いていた通りのその姿は威風堂々としていて空の王者に相応しい威厳を放っていた。


「あれが、王の竜…」
 竜の国の国王だけが使役を許された特別な、ドラゴンの中のドラゴンの王。伯父様から何度もせがんで聞いた話に出てきたドラゴンが目の前に迫って来るのを息をするのも忘れて見つめていた。


 ドラゴンは着地寸前に太陽に身体を反射させたような眩い光を放つ。
 眩しさに目を瞑っていると、目の前に漆黒の服を纏った人にしてはかなり背の高い中年の男性が現れた。
「客人だな?歩いて来たのか。珍しい事もあるもんだ……ん?なんだそこの娘、ウイニー王家の者か」
「えっ、あ、はい。一応そうです。母が王家の直系でした」
 男性は私に近づいてクンクンと匂いを嗅ぐように鼻を鳴らすと、フンッと息を吐き捨てた。
「お前、随分と神獣に好かれてるな。まぁ、ウイニーの姫なら仕方ないのかもしれんが。で、隣のお前はユニコーンの主か。よくあの馬を飼いならせたな」


 男性はテディに向き直ると少し小馬鹿にしたような目でテディを見下ろした。
 テディはちょっとだけムッとした様子でニッコリ笑顔で答えてみせた。
「割と気が合うんです。僕も気が長い方では無いので。そんな事よりこの国の国王にお会いしたいのですが、入り口は何処に在るんですか?このお城」
 テディが問えば男性は片眉を釣り上げてさらに馬鹿にしたような顔でニヤリと笑った。


「入り口だと?そんなものはない。下から入りたいなら適当にその辺の壁壊して中に入れ。出て行きたい奴は皆そうしてる。もっとも下から行けば王のところへ辿り着くのにひと月かかるがな。それが嫌なら俺の背に乗れ」
「「「「「「ひと月!?」」」」」」
 大きい城だとは思っていたけれど、まさかそんなに大きい城だとは誰も想像していなかった様で皆で驚いた声を上げた。


 男性は私たちから少し離れると、再び光に包まれてドラゴンの姿へと変わった。
『早く乗れ。落ちたくなければしっかり掴まる事だな。後そこの、懐中時計は持っててもいいがユニコーンは出すなよ?絶対だからな!』


 漆黒のドラゴンはぱしんぱしんと尻尾をしならせながらテディに言った。
 どうやらユニコーンが苦手なのは本当の事みたいね。


 皆おそるおそるドラゴンの背に乗る。テディに手を引かれながら何とか背中を登り切ると、ドラゴンはゆっくりと羽ばたき始める。
 城を旋回しながら徐々に高度を上げて行くと、花畑に浮かぶ綺麗な城の全貌が見えてきた。
 城の南側もずっと花畑が続いていて、一面が花の海の様だった。


「凄い…綺麗ね。もしかして、お花を潰してしまうのが勿体無かったから開拓しなかったのかしら?」
「そうですね。これだけの花畑。流石に潰してしまうのは気後れしますね」
 私達が感動していると、ドラゴンはフンッとまた鼻を鳴らした。


『あの花は我らの主食だ。滅多に食事はせんが腹が減った時にあれがなければ困る。大量に食すからな』
「じゃあ城の中以外に人が住まない理由はそこにあるのか?」
『さぁな…』
 ダニエルが問えば興味なさげにドラゴンは答えた。


 空気がだいぶ薄くなりまた寒さに身震いし始めた頃、ドラゴンは城の上部にある広い空中庭園へと降り立った。
 庭園には地上に生えていた様々な野花が至る所に植えられていた。
 庭園の端にあった噴水からは湯気が立ち上っていて、触ってみれば水ではなくお湯がちょろちょろと流れ出ている事がわかった。


 ドラゴンは私達を降ろすと尻尾で庭園の奥を指して言った。
『中に入れば誰か来るだろう。そいつに案内してもらえ。俺の案内はここまでだ』
「ありがとうございます。助かりました」
『かまわん。ユニコーンさえ出さなければな』


 フンッとまたまた鼻息を吐いてドラゴンは再び翼を広げて今度は山脈の方へと飛んで行った。
「ゼイルとドラゴンの間に一体何があったのかしら?」
「さぁ…でも流石に僕も気になってきました」


 少々うしろ髪を引かれながらも私達はお城の中へと入って行った。

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