ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

約束の深意 6

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 それから4日後に私はウイニーへ戻る事になったのだけど、驚いた事に連れて行かれた先はテディの部屋で、部屋の中には転送用の魔法陣が設置されていた。
 この事を知らなかったらしいリオは驚き半分呆れ半分と言った感じで溜息をついていた。


「この転送陣ももう後一回しか使えないですからね。だったらレティの為に使うのが妥当というものです」
 と、テディは言って私の手を引いた。
「リオ…また会えるわよね?」
 私が問えばリオは微笑みながら頷いて答えてくれた。


「あぁ、少なくともお前達の結婚式には呼んでくれるのだろう?」
「えっ!?あのっ…結婚って……そんなっ…」
 まだ気持ちを確かめたばっかりなのにどうして周りばっかり気が早いのかしら?!


 真っ赤になって俯けば、今度はテディが私の肩を抱いて、にこにこと嬉しそうにリオに答えていた。
「勿論です兄上。式は僕の国で盛大にやりましょう!その時は兄上にも僕の国をご案内しますよ」
「それは楽しみだな」
「ま、まってよっ!2人とも勝手に……テディの国って?」
 勝手に進む2人の会話に目を白黒させていると、テディはやっぱり嬉しそうに私を見下ろして「すぐにわかりますよ」と言った。


 そのままリオやゲイリーさん達にお別れを言って魔法陣を使えば、また、見た事もない様な部屋の中へと移動していた。
 案内されるまま外へ出ればうっそうとした森の中に大きなお城が建っていた。
 聞けばテディが森を開拓して一つの国を作ったという事だった。
 場所もウイニーとリン・プ・リエンのすぐ近くで、テディと一緒に見た妖精の森と繋がっているという話だった。


「テディは王子様じゃなくて王様だったのね…」
 唖然として呟けば、テディは少し苦笑しながら「正確にはまだなんです」と私に言った。


 森の中とは思えない程華やかな町並みを案内しながらテディは少し照れたように頬を掻いて説明する。
「既に国として成り立っては居ますが、ここが一国で僕が王になるにはまだ条件を満たしていないんですよ」
「条件?」
 法律かなにかで取り決めがあるのかしら?
「こればかりは僕が主張してもどうにもならないんです…幾つか条件があってですね、一つは近隣諸国に認めてもらう事。これはもう既にクリアしたと言ってもいいんですが、正式に訪問したわけでは無いので改めてウイニーや兄上の所へ行く必要があります。そしてもう一つが…」


 テディはピタリと足を止めて、少し言いにくそうに頬を染めた。
 どうしたのかしら?と見上げれば、そっと私の頬に触れて苦笑しがちにテディは言った。


「…覚えてますか?僕と2年…いえ、3年前に約束した事を」
「約束?」


 テディとはいっぱい約束をしているから、正直どの約束のことを言っているのかわからない。
 悩んでいれば少しだけガッカリしたようにテディは肩を落とした。


「竜の国へ一緒に行く話です。覚えてませんか?」
「ああ!ええ。勿論覚えているわ。クロエと3人で行くって約束したもの!あの山の向こうよね」
 町の奥を見上げれば、森の中にそびえ立っているかのような竜の山脈が見える。
 あの時よりも近い位置に見える山脈はまるで私達に迫ってくるかのような迫力があった。


 私がそう言うと、テディはまたちょっとだけガックリして、
「そうですけど…とりあえずクロエさんは忘れましょう」
 と、私に言った。何故かしら?と首を傾げればふぅ…とテディは小さく嘆息を吐き出した。


「…少し昔話をしてもいいですか?」
 戸惑いがちに私がコクンと頷けばテディが山脈を見上げながら私に話し始めた。
「母が亡くなって暫くした時の事です。僕は王城を離れて祖父の住むウイニーのリドに近いジールシード領で暮らすようになっていました」


 お母様を亡くし、更に自分にも毒を盛られた事実を知ったテディは随分と落ち込んで、人を簡単に信用する事が出来なくなってしまったと語る。
「それはもしかしたら王族にとって必要な猜疑心だったのかもしれませんが、祖父はそんな感情だけで生きていく僕をよしとは思わなかったんです」


 母は心穏やかな人でした。とテディは言う。
 そんなお母様の面影を残したテディに人を疑って生きていく様な人間になって欲しくないとテディのお爺様はテディをウイニーの王都へ連れて行ったそうだ。


「初めのうちは正直馴染めませんでした。外へ出れば知らない人でも気軽に話しかけて来るし、友達でも無いのに僕の手を引いて遊びに連れ出そうとする子供達に戸惑うばかりだったんです。そんな中で出会ったのがレイでした」
「レイ?!」


「僕が言うのもなんですが、初めはまさか街中を普通に皇太子が走り回っているとは思いませんでしたよ。命を狙ってくれって言ってるようなものじゃないかと僕は驚いてレイを責めたんです」
 そしたらレイはなんて言ったと思います?と楽しそうにテディは笑いながら言う。


「"俺の親父は民に恨まれるような王じゃない。俺も民に恨まれるような事はしていない。もし殺される様な理由があるのであれば甘んじて受け入れてやる!だが、その前にここにいる民が俺を必要としてくれているなら俺を必ず守ってくれるだろう"って」
「なにそれ!」
 傲慢なのは知っていたけどどれだけ傲慢なのよレイは!人に説教する癖に自分の危機管理能力が一番足りてないんじゃないかしら!?


 驚きの声をあげた私にまたテディがくすくすと笑い出す。
「でも、僕は関心したんですよ。実際にその場にいた街の人達は笑いながらレイに"頼りにしてますよ王子様"ってレイの頭を撫で回したり背中を叩いたりしてたんです。リン・プ・リエンではとても考えられないような光景でした」
 そう言って目を細めるテディを見て、私は少し胸を痛める。


 ウズマファスと呼ばれたあの砦へ連れて来られた時に感じた心が凍てつくような感覚。
 誰かを信じて動いているのではなく、人を道具としてしか見ないヘレゼンの目。
 リン・プ・リエンの本質があの目にあるならテディの生きてきた世界はとても辛くて寂しいものだったに違いないわ。


 私の気持ちを察したのか、テディはにっこり笑って私の頭をポンポンと軽く撫でてきた。
「僕はウイニーが大好きです。だから僕もいつか大人になったら、ウイニーの様な民と王が肩を並べて笑いあえる国を作りたいって思ったんです。リン・プ・リエンをそういう国に出来れば良かったんでしょうが、その後父の事があって…僕はとうとうリン・プ・リエンを好きになれなかった」
 自分で国を変えると貴族達に言える程強くもなく、お兄様達を憎んでも憎みきれなかったとテディは俯く。


「エルネスト…一番上の兄上の事は小さい頃は本当に憧れて慕っていたんです。父の事があっても、切り捨てられても、心の何処かではずっと迷っていました。結局最期まで兄弟らしくはいられませんでしたが」
「テディ…」
 それはやっぱり私の所為、なのよね。テディがまた我を失った話はリオから聞かされていた。
 もし、私が死ななければ…何か違った道があったのかもしれないのに……


「そんな顔しないで下さい。レティの所為じゃありません。例え僕が正気を失わなかったとしても、あの兄上とは話し合う余地は無かったんです。亡くなった王妃様に似て野心の強い方でしたから。僕が言うのもなんですけどね」
 クスリとテディは力無く笑う。


「レティ、僕はリン・プ・リエンの王にはなれませんでしたが、僕は僕の思う国を作る事が漸く出来そうな気がするんです。ウイニーにはまだまだ及びませんが、町を歩けば幸せそうな人々の笑顔が溢れる国になればと思っています」


 見渡せば、確かに街の人達は皆活き活きと動き回っている。リン・プ・リエンで見た人達の冷たい視線とは程遠い雰囲気だと肌で感じる事が出来るのは、テディがずっと頑張ってきたからなんだろう。
 一周して再びテディに目を戻せば、テディはいつになく真剣に私の両手を握って言った。


「レティアーナ、改めて言わせて下さい。僕と一緒に竜の国へ行ってくれませんか?決まりがあるんです。新しい国を作った場合、国王が王妃を伴って自ら竜の国へ赴いて竜の国の国王に報告するという義務が。そこで認めて貰えれば僕はやっと本当の意味で一国の主になれるんです」
「テディ…それって……」


 握られた手にじんわりと汗が沸いてくる。
 あの時言われたあの約束は…もしかして、プロポーズのつもりだったのかしら……
 リオが前に行ってた言葉を途端に思い出す。テディは初めてあった時から私の事が好きだったのだと…


「ごめんなさい…私、全然気が付かなくって……そんなに大切な意味があったなんて知らなかったわ…」
 胸がいっぱいになって、ギュッと手を握り返せば、テディの手にも力がこもる。
 ふと見上げれば息を飲んで私を見つめるテディの顔がそこにあった。
「私で…いいの?私、ワガママだからきっと今以上にテディを困らせるわ」
 私が戸惑いがちに言えば、テディは満面の笑みでハハッと笑い声を漏らした。


「それは僕のセリフです。僕はレティ以上にワガママですし、嫉妬深いですし、それにそんなにいい人でもありませんから…またきっと君を傷つけてしまうかもしれないです。でも僕は、それでもレティと一緒に居たいんです。断らないでくれませんか?」
「…そんな言い方、ズルいわ。はいって答えるしかないじゃない!」


 涙を溜めて恨めしげに上目遣いで見上げれば、笑いながらテディが額に瞼に頬にとキスを降らせてくる。
「て、テディ!人が見てるわっ!」
 真っ赤になって抗議すれば、更にテディは私を抱きしめてやっぱり嬉しそうに笑っていた。
 気がつけば、周りで見ていた街の人達からお祝いの歓声と拍手が沸き起こった。
 あまりに恥ずかしくてテディの胸に顔を埋めていると、「僕を選んでくれてありがとう」と、涙まじりの掠れた声が耳元で聞こえてきたのだった。


 テディと結婚してから暫くはこの事を街の人達にからかわれる羽目になるのをこの時の私は当然まだ知る由も無かった。

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