ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

黄金の瞳 3【フィオ編】

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 王都へ到着する頃には雲ひとつなかった空には、いつの間にか大きな灰色の雲が空を包み込んでいた。
 前日に間者から報告を受けていたのだろう。街の門は硬く閉ざされ、鯨波の兵士が門前と外壁の上からこちらの様子を伺っていた。騎馬隊と白兵の数はこちらが上回っていた。


(無駄な事を)


 往生際の悪さに溜息を漏らすと、弓兵に合図を送り、書状を括り付けた矢を飛ばす。
 大人しく投降し、王の首を差し出せば命までは取らないと形ばかりの警告をした。


 鯨波の返事を静かに待つ。長い静寂に耐えきれず俺は舌打ちをして悪態をついた。
「まどろっこしい…もう突っ込むか」
「待てフィオ、約束の時間にまだ早い。それに雪狐からの合図もまだだ」
 そう言って慌てて兄上は俺の腕を掴み引き止める。
「ッチ」ともう一度舌打ちをつくと兄上はポツリと「これじゃぁいつもとまるで逆だ…」と呟いて顔を伏せた。


 どれほどの時間が経っただろうか、おそらくそう長い時間では無かった筈だが、俺には半刻は待った様な長さに感じられた。
 灰色の雲は街を覆い包む大きさにまで広がり、やがて季節外れの雪がハラリと降り始めた。
 キツネの合図だ。あちら側も説得に失敗したのだろう。
 こちらも返事が返って来る様子はなかった。


「交渉決裂だ。突撃の合図を送れ」
 近くにいた号令係に指示を送る。号令係は大きく息を吸い込むと角笛を思い切り吹き鳴らし低い音を轟かせた。
 先陣を切ってウルフの傭兵団が、その後に続くように雪狐騎士団が馬を走らせる。
 傭兵団が鯨波の騎馬隊へと突撃し、後ろから雪狐の弓兵が馬上から弓を射る。負けじと鯨波の騎士達も外壁の上から弓を使って応戦していた。
 鯨波の騎馬隊の隊列が崩れ始め、傭兵団、雪狐、鯨波が乱戦に突入したのを見計らい、俺は待ちに待った衝動を抑えることなく、馬を降りて待機していた夢想兵達に怒号を放った。


「夢想騎士団攻撃開始!」
 号令と共に夢想兵達は短距離転移を行い外壁へと侵入する。
 俺も先陣を切って外壁へと転移すると、煮えたぎった油を眼下へと投げようとしていた鯨波兵達にに斬りかかる。下を見れば既に傭兵団の幾つかの隊が門のすぐそばまで到達していた。


「ウルフ達が既に到着している!開門を急げ!」
 声を張り上げ兵を急かす。大将狙いの鯨波兵を斬り捨てながら門の真上の外壁まで移動すると門と繋がった大きなハンドルを回している夢想兵に加勢する。
 大きな鎖が巻き上げられると、僅かばかりに開き始めた門の隙間から傭兵達が雪崩れ込んだ。


 城下街の中へと続々と侵入する兵達は四方に散らばり城を目指す。
 城下の至る所には鯨波の2陣が控えており、やがて町の至る所から煙や火の手が上がるのが見えた。


 手の空いているものを従えて俺も屋根伝いに城を目指す。
 うっすらと積もり始めていた新雪に真新しい無数の足が屋根の上に後を残して駆け抜ける。
 傭兵や雪狐兵と付かず離れず進み援護する。
 本来居るべき街の住人は既に避難をしたのだろう。街の中は戦闘が行われている場所以外は閑散としたものだった。


 徐々に近づく石造りの城に胸が高鳴る。頬は紅潮し自然と笑みらしきものが浮かび上がって来るのが分かった。
「エルネスト…兄上。今行きますから待っていて下さいね」
 堪えきれず声を上げて高らかに笑う俺に城壁の中から弓矢が放たれる。
 火の付いた無数の矢を見上げ立ち尽くしていると、背後から慌てたような兄上の叫び声が聞こえてきた。
「フィオ!」


 駆け寄ろうとする兄上を無視し、手にしていた剣を火矢に向かって弧を描くように振り払う。
 弧を描いた先から突風が吹き抜け、轟音と共に放たれた矢は空中で分解し堀の中へと落ちて行った。
 突風はそのまま城壁へとぶち当たり、石造りの壁に大きく深い斬り傷が抉ったように出来ていた。


「っく…ハハハハハ!何処だエルネスト!早く出てこい!城の中か?出てこないなら俺から出向いて差し上げますよ兄上!」


 唖然とする気配が辺りを包む。
 こちらへ走り寄ろうとしていた兄上も足を止め愕然とした表情を浮かべていた。


(気に入らないな。何故皆そんな顔をする)


 ついさっきまでいい気分だったというのに向けられる眼差しにイラつく気持ちが浮上する。
 箭眼せんがんの隙間から戸惑いの視線を感じ取りそちらを見上げると、1人の鯨波の弓兵と目が合った。
 口角を上げて微笑むと目があった兵士は怯み、奥へと後ずさるのを感じ取る。


「いいでしょう。気晴らしに相手をして差し上げますよ」
「待て!フィオ!!」


 兄上の制止する声を無視しそちらへ転移をする。
 暗い城の塔の中へ侵入すると弓兵が振り向く瞬間を狙って斬りつけた。
 胸から鮮血が勢いよく流れだし俺を歓迎するかのように返って来る。
 しかし心は全く満たされず苛立ちが増すばかりだった。


「気にいらない…呆気なさすぎる。もっと骨のある奴は居ないのか?」
 塔の螺旋階段を登り鯨波兵を探す。カツンカツンと響き渡る靴の音に合わせるようにヒタヒタと血の滴る音が後をついてくる。


「ひっ!」
 喉が詰まるような悲鳴を聞き見上げれば、怯えた顔の鯨波兵がブルブルと弓を構えていた。
 その姿に思わず顔を顰める。
「そんな状態で俺と戦うつもりか?話になんねぇな…これ以上上には人の気配がないし、しょうがねぇ戻るか」


 踵を返し戻ろうと階段を降り始めると、ぎりりと弓を引く音が耳に入り、ビンッと弦を弾く音と同時に転移し後ろに居た弓兵の胸に剣を突き刺した。
「見逃してやったのに。つまんねぇ奴」


 絶命した兵から剣を引き抜くと再び階段を降りて行く。
 それから暫く殲滅対象の気配が消えるまで、城の外壁から外へ向けて兵士の悲鳴が途切れる事なく響き渡った。

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