ウイニー王国のワガママ姫
復讐と真実 8
何が起こっているのか理解するのに時間がかかった。
目の前にあるものが別の船の船首部分だと気がつくと、咄嗟に私は呪文を唱えた。
「障壁の理!!」
泣き叫ぶように呪文を唱えると、突貫工事で作られた部屋に結界が貼られる。グラグラと大きく揺れる戦艦に怯えていると、頭上からは沢山の男性の足音と剣戟の音、そして海に落ちる何人もの兵士の姿が窓の外に映し出された。
「あ……あぁ…」
状況を理解してガクリとその場になだれ落ちる。船が襲われている。目の前の船から移乗してきた兵士がこの船に攻撃を仕掛けてきている。
(もう嫌だ!帰りたい!!助けてお父様!!お兄様!!)
耳を塞ごうとした時、脳裏に嫌な言葉が思い浮かんだ。
『ーーお主は渡さなければならなかった。しかしもう全て遅いのじゃ』
全て、遅い…?
 ふと、目の前に落ちたキャスケットが目に入る。心音が早鐘のように耳の側まで聞こえて来る中、震える手でそれを掴んで抱き抱える。
外の戦闘は依然衰えを知らず人が倒れ込むような衝撃が伝わってきていた。
しかし段々とその音も耳に届かなくなる。
やがて置かれた状況を把握すると、恐怖でいっぱいだった私の頭の中が酷く冷静に冴え渡ってきていた。
このまま、外に出れば私は死ぬのだろうか?
海に落ちて行った兵士達の中には確かにあの時テディの船に乗っていた兵士達が着ていた鎧の人の姿も混じっていた。
何処かの騎士団のような立派な鎧ではなく、既製品の…その辺の旅人が来ているような鎧。
海賊なんかじゃないし勿論敵でもない。でも、テディやリオの兵士達が私の顔を知っているとは限らないし、リオ達が乗ってるとも限らない。
外へ飛び出して出会ったのがこの船の船員以外だったら…事情を知らない兵士だったら私はきっと殺されてしまう。
ヘレゼンの言うようにこの船は勝って逃げ切るだろうか?
ううん。船の船首がこの部屋まで突き破ってきているんだもの。このままここに隠れていても船はきっと沈んでしまう気がする。
ウズマファスと呼ばれたあの要塞は彼らの、海軍の為の基地なのだと思う。
ヘレゼンはあの場所がまだ攻略されてないから安全だって言ってたし、港を出た船は多分この船だけだわ。
夜に隠れるようにして出航したのだから目立つような数で動かない気がするし、それでも安全な船旅だってヘレゼンが言ってたのは王都へ向かう方向にはテディ達の船が無いからだと思う。
それなのにテディ達の船がここまで来たという事はつまり要塞を突破されたって事なんだわ。
ここまで来た船が一艦である筈が無い…
他の船を奪おうにも白兵の数が足りているとは思えない。普通に考えて勝ち目も逃げ場も無いわ。
再び手に握ったキャスケットを見つめる。初めてテディと約束した時の思い出の、お気に入りの帽子。
「ふふ…」
なんだ、そっか…そういう事なんだ。
思わず笑みが漏れる。決して気が狂ってしまったわけじゃない。やっと理解出来たのだ。
理解して、漸くまた周りの音が耳に入ってくる。背後の扉からドンドンと扉を懸命に叩く音がする。扉の向こうからヘレゼンが私に向かって何かを叫んでいる声が聞こえてきた。
振り返って立ち上がろうとした時、カツンと膝に何かが当たる。
先程叩きつけられた衝撃でポケットからライリ女王陛下から送られてきたガラスの瓶が転がっていた。
ーーこの時だと思った時に使いなさい
あの紙に書かれていた言葉。
ただ漠然とガラスの瓶に手が伸びた。
蓋を開けるとガーデニアの甘い花の匂いが鼻を突いた。
ガーデニアの匂い…あえて薬に配合された匂い。本来なら無味無臭の、ある種の薬に使われる。それは間違えて飲用しない為につけられる匂い。いざという時王族が使う為の薬に付けられるーー
「ライリ女王陛下…ごめんなさい。ありがとうございます」
不思議と怖くはなかったし、一縷の望みなのだと思えば迷いも無かった。
(ヘレゼンがいてよかった。彼が近くにいれば私を放って撤退することは多分無いだろう)
板張りの隙間から剣を手に取るヘレゼンの姿がチラリと見えた。その姿を確認して私は一気に瓶を飲み干す。
喉を駆け抜ける液体は焼けるように全身をあっという間に駆け巡り、その熱さと圧迫するような苦しさに思わず胸を掻き毟る。手に持っていた瓶とキャスケットが床に散らばる。
バタリと大きな音を立てて床に倒れ込むと必死でその苦しみに耐えて、落としたキャスケットに手を伸ばし強く握り締めた。
(これで、これでいい。遺体に傷が無ければテディ達の所為にはならない筈)
ごめんなさい…お父様、お兄様。と薄れゆく意識の中で謝罪する。
目もかすみ、何も見えなくなった時、安堵とともに一筋の涙が零れた。
(夢で見たのが、テディじゃなくて良かった……)
外でヘレゼンが誰かと戦闘を始めた時には、私は既に息をしていなかった。
目の前にあるものが別の船の船首部分だと気がつくと、咄嗟に私は呪文を唱えた。
「障壁の理!!」
泣き叫ぶように呪文を唱えると、突貫工事で作られた部屋に結界が貼られる。グラグラと大きく揺れる戦艦に怯えていると、頭上からは沢山の男性の足音と剣戟の音、そして海に落ちる何人もの兵士の姿が窓の外に映し出された。
「あ……あぁ…」
状況を理解してガクリとその場になだれ落ちる。船が襲われている。目の前の船から移乗してきた兵士がこの船に攻撃を仕掛けてきている。
(もう嫌だ!帰りたい!!助けてお父様!!お兄様!!)
耳を塞ごうとした時、脳裏に嫌な言葉が思い浮かんだ。
『ーーお主は渡さなければならなかった。しかしもう全て遅いのじゃ』
全て、遅い…?
 ふと、目の前に落ちたキャスケットが目に入る。心音が早鐘のように耳の側まで聞こえて来る中、震える手でそれを掴んで抱き抱える。
外の戦闘は依然衰えを知らず人が倒れ込むような衝撃が伝わってきていた。
しかし段々とその音も耳に届かなくなる。
やがて置かれた状況を把握すると、恐怖でいっぱいだった私の頭の中が酷く冷静に冴え渡ってきていた。
このまま、外に出れば私は死ぬのだろうか?
海に落ちて行った兵士達の中には確かにあの時テディの船に乗っていた兵士達が着ていた鎧の人の姿も混じっていた。
何処かの騎士団のような立派な鎧ではなく、既製品の…その辺の旅人が来ているような鎧。
海賊なんかじゃないし勿論敵でもない。でも、テディやリオの兵士達が私の顔を知っているとは限らないし、リオ達が乗ってるとも限らない。
外へ飛び出して出会ったのがこの船の船員以外だったら…事情を知らない兵士だったら私はきっと殺されてしまう。
ヘレゼンの言うようにこの船は勝って逃げ切るだろうか?
ううん。船の船首がこの部屋まで突き破ってきているんだもの。このままここに隠れていても船はきっと沈んでしまう気がする。
ウズマファスと呼ばれたあの要塞は彼らの、海軍の為の基地なのだと思う。
ヘレゼンはあの場所がまだ攻略されてないから安全だって言ってたし、港を出た船は多分この船だけだわ。
夜に隠れるようにして出航したのだから目立つような数で動かない気がするし、それでも安全な船旅だってヘレゼンが言ってたのは王都へ向かう方向にはテディ達の船が無いからだと思う。
それなのにテディ達の船がここまで来たという事はつまり要塞を突破されたって事なんだわ。
ここまで来た船が一艦である筈が無い…
他の船を奪おうにも白兵の数が足りているとは思えない。普通に考えて勝ち目も逃げ場も無いわ。
再び手に握ったキャスケットを見つめる。初めてテディと約束した時の思い出の、お気に入りの帽子。
「ふふ…」
なんだ、そっか…そういう事なんだ。
思わず笑みが漏れる。決して気が狂ってしまったわけじゃない。やっと理解出来たのだ。
理解して、漸くまた周りの音が耳に入ってくる。背後の扉からドンドンと扉を懸命に叩く音がする。扉の向こうからヘレゼンが私に向かって何かを叫んでいる声が聞こえてきた。
振り返って立ち上がろうとした時、カツンと膝に何かが当たる。
先程叩きつけられた衝撃でポケットからライリ女王陛下から送られてきたガラスの瓶が転がっていた。
ーーこの時だと思った時に使いなさい
あの紙に書かれていた言葉。
ただ漠然とガラスの瓶に手が伸びた。
蓋を開けるとガーデニアの甘い花の匂いが鼻を突いた。
ガーデニアの匂い…あえて薬に配合された匂い。本来なら無味無臭の、ある種の薬に使われる。それは間違えて飲用しない為につけられる匂い。いざという時王族が使う為の薬に付けられるーー
「ライリ女王陛下…ごめんなさい。ありがとうございます」
不思議と怖くはなかったし、一縷の望みなのだと思えば迷いも無かった。
(ヘレゼンがいてよかった。彼が近くにいれば私を放って撤退することは多分無いだろう)
板張りの隙間から剣を手に取るヘレゼンの姿がチラリと見えた。その姿を確認して私は一気に瓶を飲み干す。
喉を駆け抜ける液体は焼けるように全身をあっという間に駆け巡り、その熱さと圧迫するような苦しさに思わず胸を掻き毟る。手に持っていた瓶とキャスケットが床に散らばる。
バタリと大きな音を立てて床に倒れ込むと必死でその苦しみに耐えて、落としたキャスケットに手を伸ばし強く握り締めた。
(これで、これでいい。遺体に傷が無ければテディ達の所為にはならない筈)
ごめんなさい…お父様、お兄様。と薄れゆく意識の中で謝罪する。
目もかすみ、何も見えなくなった時、安堵とともに一筋の涙が零れた。
(夢で見たのが、テディじゃなくて良かった……)
外でヘレゼンが誰かと戦闘を始めた時には、私は既に息をしていなかった。
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