ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

Coffee Break : 怨恨

 リド辺境伯領にあるスラム街に、酒に溺れその日暮らしを送る哀れな男が隠れるように暮らしていた。
 男はかつて望むものは何でも手に入れ、悠々自適な生活を送り、何不自由ない身分の男だった。


 王の信頼もそれなりにあり、仕事も卒なくこなし、多少の裏道は通ったもののそれ以外では至って普通の貴族だったと自負していた。


 それが変わり始めたのは10年以上も昔、ビセット公爵を始めとする主だった貴族を狩りへと招待した時だった。


 ビセット公の娘が使えなくなった猟犬を目敏く見つけ、ペットにしたいと言い出したその時から、周りの貴族が見る自分の目が変わり始めて行ったのだった。


 それはその時のビセット公の表情が明らかに不快を示しているのを他の貴族が目にしていた為で、以降ビセット公は案の定男の誘いを断るようになり、王の親族の中では影響力の強い男が離れて行ったとあって他の貴族からも疎まれるようになってしまったからだった。


 それでも男は領主であり続け、それなりの暮らしを送っていた。
 だが、決定的に排他となってしまったのは、またしてもビセット公の娘が原因だった。
 領地に住む半獣族の扱いが余りにも人道的ではないと自分の預かり知らぬ事でとがを受け、結果として爵位も、家族さえも失ってしまう事となってしまったのだった。


「あの娘さえ居なければ俺は…」


 トップルを瓶ごと煽り、一滴も入っていない事に気がつけば、男は瓶を目の前の壁へと投げつけた。
 見れば周りは同じように割れた瓶の破片や腐った残飯が散らかっている。


 金を失い、食べ物も買えず、着替えすらなく悪臭を放ちながらも男はただひたすら自分を追い詰めたビセット家と王族への怨恨を糧に生きていた。
 牢に入れられなかっただけましだと言う奴もいたが、冗談じゃないと男は怒りにまかせて地面を叩く。


 妻も愛人も子供も全て失ったんだ!たかだか犬ごときでだ!
 半獣族がなんだってんだ!虐待など珍しい事ではない。この付近の地域ならば何処でもやっていたことではないか!だというのに自分だけが科を受けたのだ!しかも直に関わっていない事にも関わらずだ!


 男はふらりと立ち上がり、酒場の方へと赴く。
 そしていつものように見知らぬ誰かへと酒をたかる。


「なぁ、あんた、俺を哀れと思ってくれるなら酒を一杯奢ってくれねぇか?」


 痩せ細り薄汚れた男を相手にするような人間は殆ど居ないが、稀に酒を奢る奇特な人間もいた為、男は毎日の様に酒場を訪れていた。
 酒場の主人も困り果て、憲兵につきだそうかと考えていた矢先、男の耳にふと興味深い噂が入ってきた。


「今レティアーナ様が国境付近の町や村を視察して回っているらしいな。その内リドにも来るのかねぇ」
「レティアーナ様ってあのワガママ姫かい?えらい美人だって聞くなぁ。リドに来んならその姿拝見出来るのかねぇ」
「さぁなぁ…しかしワガママってどれ位のもんなんだろうな実際。俺は美人でもワガママな女より従順な方がやっぱいいなぁ」
「馬鹿言えっ!振り回されるくらいが丁度いいんじゃねぇか。俺も10歳若けりゃなぁ〜…」
「それこそ馬鹿言え。お前みたいな醜男、姫君が相手にするわけねぇだろうが」
「ははっ違いねぇや!」


(ビセットの娘がリドへ来るだと?)


 これは復讐をするチャンスを天が与えてくれたのではないだろうか?
 男は思わずニヤリとほくそ笑む。
 ただ殺すのもつまらない。慰み者にして殺すか、それとも死よりも辛い絶望を味わわせるか。
 ニヤニヤと復讐の形を思案し男の心が俄かに浮き足立つ。
 フラフラと酒場を出て寝床にしている裏路地へと向かえば、誰かが捨てたのか、今朝方の新聞が足に絡まった。
 何気なしにその記事に目をやれば、男は更に楽しそうに不適な笑い声を上げ肩を揺らした。


「ッククク…コレだ……娘も、ビセットも、忌々しい王族共々苦しめばいい!!」


 不気味な笑い声を上げながら男は路地をフラフラと歩く。
 男の手の中にはリン・プ・リエンの内戦の状況を報せる記事が握りしめられた状態でぐしゃりと歪んでいた。
 その日以降、男がリドの酒場へと姿を現すことは無かった。

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