ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

相入れぬ者 2

 レムナフさんの合図で次々と扉の外へ兵士達は出て行く。
 中に残っていた丸腰の半獣族達は驚いて慌てて逃げ惑う。
 兵達は容赦無く彼らを確実に仕留めていく。
 首や胸から流れ出す鮮血は私達に流れるそれと同じものだ。


 私は目を逸らさずにグッと奥歯を噛み締めてその光景を目に焼き付けていた。
 ポンッと肩に大きな手が添えられる。
 振り向くとニコリとテディがこちらを見ていた。
「メルさんを探しましょう?おそらくピアさんと一緒にいると思います」


 ボーッとしている場合じゃないわ。私には私のやる事がある。
 ぱしりと両頬を叩いて、テディに頷く。


「私1人で探すわ。テディはテディのやる事があるんでしょう?私は大丈夫だから見てて!」
 二ッと笑って見せると、テディは驚いた顔をしてから、コクリと頷いた。
「判りました…心配ですが、レティを信じる事にします。ユニコーン!レティをちゃんと守って下さいよ!」


 ぽうっと呼応するように懐中時計の入ったポケットが暖かくなる。
 私はそっとポケットを押さえて扉の外へ駆け出した。


 部屋をぐるりと見渡すと、室内の異変に気がついた魚人の半獣族が武器を持って駆けつけていた。
 私は既に倒れこんでいる魚人を見つけ、そこから刀を拾い上げ、まだ扉が開かれていない部屋を一つ一つ見て回った。
 すれ違う魚人と時折刃を合わせ、隙をついて麻痺の呪文を唱える。
 刀をギュッと握り締めるものの、やはり斬る事は出来ず、そのまますり抜けるように次の部屋へ向かう。
 メルを探すのが優先だから。と、誰に言うわけでもない言い訳を心の中で唱える。


 粗方の部屋を見て回った所ではたと気がつく。




(おかしい、何処にも居ないわ…外?)


 ピアやメルは勿論、あの時アグラオと呼ばれた半獣族の姿も無かった。


「レティ!下は殆ど片付きましたよ!メルさんは見つかりましたか?」
 と、下の方からテディの声がする。
 踊り場から下を覗き込むと、手を振るテディの姿が見える。
「メルはこっちにはいないわ!ピアも!それにアグラオって呼ばれてた女の子も!」
 テディに向かって声を上げる私の背後で、ゆらりと大きな影が揺らめく。
「レティ後ろ!!」


 テディの声にハッとして振り返ると、そこには先程麻痺の呪文を掛けたはずの魚人半獣族が刀を振り下ろそうとしていた。
 刹那、私は反射的に刃を交える。寸出の所でキィンと甲高い刃の交じり合う音が室内に響き渡る。
 ギシギシと刃が音を立てて、両手から腕にかけて痺れる様な振動が伝わる。


(刀が重い!このままじゃ弾かれてしまうわ!)


 とった受け身からなんとか体勢を戻したいと思うものの、私のすぐ後ろは柵になっていてこのままでは身動きが取れない。
「…っく!」
 っと声を漏らすと、一か八かで魚人の腹めがけて思い切り蹴りを入れる。
 魚人は思わず腹を抑えて仰け反り、その隙に私は右脇から抜け出て体勢を立て直す。


 あの時迷ったからこうなったんだ。
 誰かじゃなくて、私がやらないといけないんだ。


 これはケジメだ。と目を伏せて、刃を握り直す。
 その瞬間、隙を見たという勢いで魚人が私に再び斬りかかる。
 パッと目を開けると、大振りでガラ空きになった胸が目に飛び込んでくる。


 私は迷うことなくそこへ飛び込み、湾曲した刃を急所目掛けて振り下ろした。




 ザクリと手に伝わる肉を断つ感触と、視界を横切る赤い飛沫の鉄の匂い。
 振り返り、刀を構え直すと、徐々に失われて行く魚人の目の光が頭の中に焼き付いた。


 ただ呆然とその光景を見ていると、階段を駆け上がってきたテディが私の肩を抱えて顔を覗き込んだ。
「レティ、怪我はありませんか?」
 心配そうに揺らぐ瞳を見つめながら、
「大丈夫、メルを探さないと…」
 と、漠然と私は答えた。


 テディは少し顔を顰めて、刀を握っていた私の手をほぐすように開いていった。
 カランと音を立てて血のついた刀は床に転がり落ちる。
 白く冷たくなった手はテディに触れられるまで硬直していた事に気がつかなかった。
 驚いて手を見つめていると、テディはギュッとその手を優しく包み込んで、
「無理はする必要無いんですよ。やっぱり僕、着いてますから。もっと頼って下さい」
 と静かに言った。

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