ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

Coffee Break : カモ

 レムナフ・クーべという老騎士を一口に説明しようにもゲイリー以上に難解な男と言わざるを得ない。


 部下達曰く一見堅物、フィオディール殿下曰く小姑、ゲイリー殿曰く喰えない老君、ホルガー様曰く尊敬する大先輩。
 実に多種多様な顔を持ち合わせるご老人だ。いや、ご老人などと言うと後が怖い。


 夢想兵達から散々色々な噂を聞かされ、バシリー・エッカートは対面の時を緊張の面持ちで雪狐を引き連れ今か今かと待っていた。
 実の所バシリーは、かの御仁に憧れて剣を握るようになったという。
 元女王の謀反を暴き、更に古い時代には戦線で類稀なる歴戦を繰り広げ、リン・プ・リエンでは彼をモデルにした小説が幾つも出回っているお陰で、夢想兵に志願したいと願う若者は後を立たなかったのだ。


 もっとも、バシリーは夢想の厳しい試験には残念ながら不合格となってしまったのだが…


 ガチャリとドアが開き、夢想を引き連れた初老の男性が姿を現す。
 バシリーは慌てて立ち上がり敬礼をすると、レムナフは朗らかに片手を上げて制止した。


「やぁやぁ、そんな畏まらずに。バシリー殿ですな。レムナフ・クーべです。お噂はかねがね殿下やゲイリーから聞いておりますよ。こんな年寄りを寄越されてお困りでしょうが精一杯協力致しますのでお手柔らかに宜しくお願いします」
 なんとも愛嬌のある笑顔でレムナフはバシリーに向かって手を差し出した。
 バシリーは更に慌てて握手を返すと、少々裏返った声で挨拶を交わす。


「お会い出来て光栄ですレムナフ様!私は殿下から雪狐の総括を任されておりますバシリー・エッカートと申します!右も左も分からない若輩者で恐縮では御座いますが、何卒…」
「いやいや、堅苦しいのは抜きにして、団長という点では貴方の方が立場は上なのですから私の事は部下とでも思って適当に使って下さればいい」
「いや、しかし…」


 挨拶を言い終える前にレムナフに言葉を切られ、バシリーは困惑する。
 ゲイリー殿に、今現在レムナフ様は副団長ではなく補佐として活躍中だとは伺った。
 しかしながら彼は国の英雄で、長年密かに憧れ続けた存在だ。その憧れの人を"適当に使う"などという事があってはならないだろう。


「バシリー・エッカート君!」
「は…はっ!」
「殿下は何故夢想の兵からではなく雪狐の兵の中から貴殿を団長に選んだのだとお思いか?」
「そ、それは…偶々自分が目の前に居たからで…」
「馬鹿者が!!」
「!!」


 唐突に始まったレムナフの怒号と問答にバシリーは勿論、雪狐の兵達に動揺と緊張が走る。
 ただし、夢想の兵達は何故か後ろから溜息を漏らしていた。
 手厚い洗礼を受け、バシリーは動揺しつつも内心感動に打ちひしがれ頬を紅潮させている様子を見て、夢想兵達が心の底から彼に同情していた事に誰1人として気付かなかった。


「殿下は決して浅慮な方ではない!たとえ即決であったとしても、そこには必ず確信があるからこそ決断が出来るのだ。君はもっと殿下から任されたという誇りを持ちなさい。雪狐は今ここからが正念場なのだ。君の全身全霊を持ってして、この作戦の成功を我が主君に捧げて見せるよう努めなさい!」
「ハッ!!」


 恍惚として目に感動の色を浮かべるバシリーと雪狐の兵を見て、レムナフはこっそりニヤリと口角を上げる。
 その一瞬の表情に気がついたのは長年レムナフの下で働いてきた夢想兵達以外には勿論居ない。


 レムナフは感動するバシリーの肩を労うようにポンポンと叩き、
「では、仕事の話を。お互い情報交換からです」
 と、席に着くように促す。
 まずは言われるままバシリーから説明を始める。


「11艦隊のうち今回は7艦隊が本作戦に参加予定です。ゲイリー殿と話し合った結果、各艦には数名の夢想兵と雪狐兵が混合で乗り込みますが、第3艦隊のみ夢想兵を多めに配置予定です」
「成る程」
「第3艦隊には基本的に上陸して拠点内の破壊と攻撃を、他艦隊は外側から島を囲む様に攻撃致します」
「ふむ」
「上陸に際し、拠点内の激戦が予想される場合は第3艦隊から連絡役の夢想兵が転移を行い、第6艦隊に乗っている兵が後発隊として上陸し拠点制圧を行います。制圧を確認次第島には火をつけ生き残りがいない事を確認次第、撤退予定です」
「偵察隊の派遣は行わないのですか」
 レムナフが疑問を口にすると「うっ」とバシリーは口ごもる。


「偵察は恐らく殿下本人がなさるだろうと…その……ゲイリー殿が…」
 モゴモゴと言い淀むバシリーに、レムナフは「はぁ…」と嘆息を吐き出す。
「まぁ、そうなるでしょうな…そろそろ主君としての落ち着きを見せて欲しいものなのだが…困ったお方だ」
 自分が悪い訳では無いのに、バシリーはつられて「すみません…」とレムナフに謝った。
「いやいや、私は助力以外に何もする事が出来ませんから。ゲイリーや貴殿がそれでいいと納得したのであれば何も言いますまい。大体の流れはこれで全部ですか?」
「はい。現地に行ってみなければなんとも言えない事もありますが、基本はこの布陣で行きたいと思っています」


 成る程とレムナフは頷く。
「では、私が得た情報を幾つか話すとしましょうか」
 と、レムナフはウイニーから偵察兵が潜伏している情報、そこから得た半獣族の詳しい情報をバシリーや他の兵に説明する。
「そうなると、戦艦の方に視覚・聴覚遮断魔法壁の他に幻術防御壁もつけた方が良いですかね?」
 夢想兵の1人がレムナフとバシリーに提案すると、2人はコクリと頷く。
「第6艦隊の後発隊も代替案を考える必要がありますね。まぁ、その辺は貴殿にお任せ致そう」
「えっ?!」
 一緒に考えてくれるんじゃないのか?!と、バシリーの目が不安に泳ぐ。


 レムナフはニコリと微笑んで、ポンポンと肩を叩くと、
「貴殿は殿下のみならず、ゲイリーにも認められて今やの実力は折り紙付きと言える。老輩として私も期待しておりますぞ」
「…ッハ!」


 はぁ…と夢想兵達から大きな溜息が漏れる。
 後にバシリーはこの時の溜息の意味を身を持って思い知る事となる。


 曰く、レムナフ・クーべは太鼓持ちの老獪ろうかいである。

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