ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

海の見えない船旅 4

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 目を開けると、どこか決まりが悪そうに座り込んでいるテディの顔が目に映る。
「おはよう」
 と、声を掛けると、少しだけ瞼を染めて「おはよう」と返してくれた。
 何を言うでもなく、身体を起こしてテディの隣に同じように座る。
 黙り込んで俯いてしまっているテディになんとなく声を掛けるのを躊躇っていると、近くに居た女性が「これ朝食…」と言って私達に水と少し湿気っているパンを手渡してきた。


「テ…お姉様、ご飯だって」
「うん、ありがとう」
 テディにパンと水を手渡すと、黙々とひたすら食料を口にする。
 周りに目をやるとまだ眠っている子も多く、中には船酔いをしたのか具合が悪そうな人もちらほら見受けられた。
 夢の中であった事が衝撃的だった所為か、漸くこちらが現実だと実感が湧いてくる。


「えっと、お姉様、さっき夢で最後に言ってた事最後まで聞けなかったんだけど、なんて言おうとしてたの?」
「んぐっ…ごっほごっほ!」
 黙ったままのテディにおずおずと申し訳なく思いながら聞いてみる。
 するとテディは飲み込みかけていたパンを喉に詰まらせて咳き込んでしまった。


「だ、大丈夫!?」
 トントンと背中を叩いてあげる。テディは涙目になりながら水を飲むと、苦しそうに胸を叩いた。
「忘れてくださいっ!勢いに任せてあんな場所でいう事でも無かったので。この件が落ち着いたらちゃんと言いますから」
「う、うん?ごめんなさい?」
「いえ…こちらこそ、すみません」
 真っ赤になって俯いて、その後もテディは何処か落ち着きなく食事を続けた。
 何だかよく判らないけど、悪い事をしてしまったみたい。
 テディが話したくなったら話すだろうと結論付て食事が終わった所で話題を変えてみる。


「えっと、一晩経ったけど、これから私達どうすればいいの?」
 私はメルにかけられた術を解く様に言われているけど、今の状態ではとてもそんな隙は無い。
 そもそも閉じ込められてしまっているのでどだい無理としか言いようがない。


「僕達が行動を起こすのはもう数日待たないといけないと思います。ちょっと待って下さいね」
 と、テディは胸元からゴソゴソと何か大きな紙を取り出すとランプのすぐ下で広げて見せる。
「海図です。解りにくいかもしれませんが…ええと、今多分この辺りです。丁度ノートウォルドから西に向かって、フォールズに入ろうという辺りですかね。この船はおそらく更に北西へ進むと思います」


 フォールズは王都から北西の広い地域。ダールと同じ時期にウイニーに加わった新しい地域だ。
 北の厳しい土地ではあるけど、厳しい土地を活かした軍事訓練や武者修行が盛んで、海外からも冒険者がこぞって集まるため、大きな闘技場があり、闘技大会が盛んな地域となっている。
 ダールは人の出入りに厳しい面があるけど、フォールズは対照的に多くを呼び込んで更に新しい戦闘技術を発展させようという印象がある。
 もちろんダニエル旅行記談だけど。


「更に北西って、フォールズよりもって事?その先はずっと海よ?」
 クロエの故郷と思われる島国はフォールズよりも北東方向にある。北西へ進んでしまうとその先はただただ海が広がるばかりだ。もっとも何処まで広がっているのかは未開と言える。


「いえ、よく見てください。所々に小さな島があるでしょう?彼らの本拠地はおそらくこの辺りの何処かにあると思うんですよ。もっともここに載っている島も不明瞭だったりするので正確な位置では無いですが」
 何分誰も行ったことがない海になりますから。と、テディは続けた。
 海図に記されている小さな島はテディが例の夢で見て大体の位置を書き込んだ島らしい。
 よく見ると確かに書かれている島々は地図に使われているインクとは別のものだった。


「彼らはフォールズよりも西の方の国で商売をしている為、必ず補給で本拠地に戻るらしいんですよ。最初は西に行くことを気取られないためのカモフラージュでフォールズから北へ進んでたらしいんですが、どうもそれだけじゃないと兄上達が調べた結果そういう結論に至ったと言っていました」
 ただこの船の速度がこの近辺にある船よりも速く、毎回撒かれてしまっていた為正確な場所までは突き止められなかったそうだ。


「つまり、その本拠地に着くまでは何もしないって事?」
「ええ、ですが正確には本拠地に着く直前に、僕の取り引き相手に合図を送らないといけないんです」
「合図を?どうやって?それに着く直前ってどうやったらわかるの?」
 首を傾げる私を見下ろして、テディはスッと右手で私のスカートのポケットを指差した。
「色々方法はあるんですけど、手っ取り早いのでそれを使います」
 と、テディはにっこり笑って私に言った。


 テディの言葉に呼応するかの様に、心なしかポケットの中が暖かく感じられた。
 私はそれをポケットから取り出す。手の中で懐中時計が仄かに銀色に光っている。
「ユニコーンに頼むの?そういえば、起きたら返すって約束したわね。遅くなってごめんなさい、長い間ありがとう」


 テディとユニコーン、両方に感謝の気持ちを込めてお礼を言う。
 そっとテディの手に懐中時計を乗せると、テディは首を振ってもう1度私に懐中時計を握らせ直した。


「いえ、近くにあれば使えますから。ハニエルが持ってて下さい。彼は随分ハニエルの事が気に入ってるみたいでしたし」
「ええ!?でも、お姉様がご主人様で本来なら私が持ってるべきじゃないのに」
 困惑してテディを見上げると、テディは苦笑気味に私に懐中時計を押し付けた。
「そのご主人が良いと言ってるからいいんです。…正直少し妬けますケド、何かあればハニエルを守ってくれる筈ですので預けます」
 頼みましたよ。とテディは懐中時計に語りかける。
 本当にいいのかしら…と悩みつつ私はまた時計をポケットに閉まった。


 それから寝食と他愛のない会話をするだけの日々が続く。
 時折テディは夢の中で雲の上から船の様子を伺っていた。
「僕は自分の意思でここへ来ることが出来ますから、何か知りたい事があればたまにこうやって下を見るんです。懐中時計がそばにないと出来ないですけどね」
 と、テディは言った。


 数日が経ちテディはその日、昼寝をすると言って何時もより長い時間眠っていた。
 他にすることもないのによく眠れるなぁと感心していると、パチリとテディは目を覚ます。
 勢いよく起き上がると、にこりと笑って私に言った。
「合図は送りました。もう間も無く上陸しますよ」
「上陸?じゃあいよいよ…」
 私はゴクリと唾を飲みこみながらテディを見上げると、テディはコクリと頷いて、
「作戦開始です」
 と宣言した。

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