ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

帰国の末 6

 フェンスの中央広場の高級ホテルが建ち並ぶこの一角も、2年の間に随分様変わりした印象を受けた。
 確かにあの頃も豪華だったんだけど、なんかもう、外観が完全に王都の老舗ホテルよりも煌びやかで足を踏み入れるのにも躊躇してしまうような建物ばかりになってしまっていた。


 2年前はピンキリでそこそこ差があった筈なんだけど、今はそんなに差はなさそう。
 しかも幾つか宿が併合した節があって、建物の数は全体的に減っているのだけど、一軒一軒の大きさが半端ないのだ。


(外にいるのにまるで王宮の中を歩いているようだわ)
 と、少々辟易しながら宿へ入る。


 選んだのはその中でも一番安そうなホテルだったのだが、内装も赤やら金やらクリスタルやらで居心地が悪い。
 アルダに泊めてもらったアパートの方が落ち着きがあって私は好きだわ。


 荷物は既にメルが宿をとりに行った時に運んでもらっていたので、鍵を受け取るだけとなっていた。
 鍵を受け取り、4階にある客室へ向かう。
 中へ入ると意外にも落ち着きのある絨毯とソファーが出迎えてくれた。


 はぁ…と溜息を吐き出した後、荷物から便箋を取り出し、日課となった手紙をしたためる。
 お父様にお兄様、ヒルダにアルダ、クロエにテディにダニエルにリヴェル侯にレイ、それにライリ女王に師匠と旅が進むに連れて送る相手もだいぶ増えて、1日の間で手紙を認める時間が一番長いような気がして来ていた。
 かと言って苦でも無いんだけど。


 毎日全員に送っているわけでは無いけれど、テディにだけは毎日欠かさず手紙を書いていた。
 私が旅で移動している所為もあって、返事が返ってくる訳でも無いんだけど、歪んだ運命の事がまだ何処かで気になっていたし、なにより人に縁がないと寂しそうだったテディがずっと気になっていたのだ。


「魔法は盗んで覚えろ」の師匠の精神論によって、今では自分自身で魔法使い便を送れるようになっていた。もっとも、往復便は習得出来ていないのだけど…


 一通り手紙を書き終えて、何通か送り出した所で部屋の扉からノックがする音がした。


「はい」
 と返事をして扉を開けると、勢い良くガバッと誰かに抱きしめられた。


「あんたは!まったくあんたって子は!いつまで経っても心配かけて!!」
 胸元が空いた真っ赤なドレスに長い黒髪と翡翠の目。その顔は相変わらず歳を感じさせない艶やかさがあるが、2年前より少しだけ小皺が増えた様な気がしないでも無い。


 口では怒っているけれど、その目尻は薄っすらと赤くなっていて今にも涙が顔を出しそうだった。
「久しぶりねアルダ。また会えて嬉しいわ」
 にっこり笑ってみせれば、またギューっと強く抱きしめて、その後両頬をがっちり掴まれてしまった。


「随分とまぁ美人になって…あんたまだ家に帰らずフラフラしてんだって?しかもなんだいその格好は。お嬢様がするような格好じゃないよ!しょうがない子だねぇまったく。まぁ、元気そうでなによりだよ」


「ほにかふ、なかにふぁいっへ」
 なかなか離してくれないアルダを部屋の中に入るように促す。
 メルもその様子を苦笑しながらアルダの後ろから眺めていた。


 アルダをソファーへ誘導するとメルが早速お茶の用意を始めたので、私はアルダの向かいに座って待つことにした。


「メルが手紙で薬を頼んでくれてたみたいで、すぐに取りにいければ良かったんだけどやることが多くって。遅くなってしまってごめんなさい」
 肩を竦めて申し訳なさそうにアルダに謝罪した。
 アルダはケラケラと笑って嬉しそうに話し掛けてくれた。


「いいんだよメルから事情は聞いてるさ。あんたもまた大変な事をやってるねぇ。あたしに協力出来ることがあればいつでも言っとくれ。ヒルダもいるんだから、この街や王都なら存分に手助け出来るさ」


 ただねぇ…とアルダは浮かない顔をしてみせる。
「あんたがウイニーを出てから2年の間に、ただでさえ少なかった半獣族は徐々にではあるけど数を減らしつつあるって聞いているよ」
「数を減らしてる…?」
 アルダの言葉に私は眉を顰めた。


 一体どういうことだろうか、少なくとも2年の間にレイや叔父様がそれなりに政策に乗り出して環境も緩やかではあるけど改善していると手紙にも報告があったし、ブールに至っては半獣族が街を闊歩している様子も見て取れた。
 少なからずこの半月で回った南の地域では逃げる程の酷い虐待は見て取れなかった。


「それは北地域の方に住む半獣族とかなのかしら?あの辺りの地域は虐待が酷いって聞いたわ」
 そうじゃないよ。と、アルダは首を横に振った。


「確かにあの辺の地域は酷いと聞いたことがあるけど、2年間の間にそういった地域の首領は王様や皇太子様が総入れ替えさせて大分ましになっているはずなんだ。勿論隠れてそういう事をしている地域もあるらしいけど死に追いやる程の事例は今の所噂に流れてきていないよ」


 ならば何故…?と首を捻る。
  アルダは少しだけ身を乗り出して、耳打ちするような小声で話し始めた。


「これはウチの客の話なんだけどね?東の国の方でどうもきな臭い動きがあるみたいで、一部の半獣族が仕事を求めてそちらに移住しているらしいんだけど、それ以外にも、もっと深刻な原因があるみたいなんだよ」


 東の国といえばリン・プ・リエンしかない訳だけど、仕事を求めて一部が移住?
 テディの領地に移ったザック達の噂を聞きつけてって流れなのかしら?
 それならあり得ない話じゃないけど…


「深刻な原因って?」
 お茶を持ってきたメルが私の横に座りながら、怪訝そうにアルダに尋ねた。
「それこそ主に北の方なんだろうけど、どうも海の外へ流されている半獣族が居るみたいなんだよね。大抵が子供や女性だって聞いてる。最近では現地住民だけでなくたまたま旅にやって来た何も知らない他国の半獣族も巻き込まれてるって聞くし、穏やかじゃ無いだろう?」


 私は驚いてメルと顔を見合わせる。
 それってもしかして、売られてるって事?!


「アルダ、それって流石に何処に流れてるか迄は判らないわよね?」
 アルダは申し訳なさそうに首を振る。
「流石にね。ただ神隠しに遭う場所は大体決まっているみたいだよ」
「それでいい!知ってるなら教えて!」
 喰い掛かる様にアルダに詰め寄ると、メルもアルダも驚いて私を止めに入った。


「あんたまさかそこに行く気じゃないだろうね?!ダメだよそんな危ない場所!あんた一人で行ったところでどうにも何ないんだから止めときなよ」
「そうですよ!お嬢様!いくらなんでもボクたちの手には余りますよ!アベル様や王子様に相談するならともかくお嬢様が動くのには反対です!」


 ここまで話を聞いてどうして無視する事なんて出来るだろうか。
 お兄様達が動くのを待っていたらきっとその間に犯人は逃げてしまうわ。
 そうなったら今度は他の地域で人攫いが出て来てしまうかもしれない!


「…レイにはちゃんと報告する。でも私も動く。待ってて手遅れになったら耐えられないもの。お願いアルダ!私は皆を助けたいの。犠牲は増やしたくない!それに私もメルも2年前とは違って少しは魔法が使えるようになったわ。そう簡単にやられたりはしない筈よ」


 やりたい事があれば逃げずにとことん説得する。
 それが出来なきゃ誰も助けられない。
 最後にレイに会った時に教わった事だ。
 二人が折れるまで私は説得してみせる。


 ジッと目を逸らさずにアルダを見つめると、アルダは困った顔でメルに目線を送る。
「こういう時のお嬢様は絶対に引かないから…」
 はぁ〜…とメルが嘆息すると、アルダも頭を抱えて同じように溜息を吐き出した。


「やれやれ、こんな事なら話さなきゃよかったよ。まったく本当にあんたって子は……場所はウイニーの北西、フォールズより北東のノートウォルドだよ」

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