ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

帰国の末 1

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 ウイニー王国の港街ブール。
 ウイニーの玄関口とも言われるこの港は、いつもと変わらず異国の人々で溢れかえっている。
 船乗り達は忙しそうに荷を積んだり下ろしたりを繰返し、漁師は魚を市場へ卸し終えると真っ昼間だというのにウイニー名物トップルを煽り陽気に歌う。


 変わったことと言えば半獣族が堂々と街の中を歩くようになったことだろう。
 差別が消えたわけで無いけど、緩やかに歩み寄りは進んでいると言えるのではないだろうか?
 これもひとえにレイや叔父様のおかげと言える。
 勿論私もそれなりに助言と称して、手紙をレイに送りつけていたので少なからず尽力出来たはずだ。


 船を降りると、背中まで伸びたハチミツ色の長い金糸が海風に攫われる。
 街の様子を満足気に見渡し、腕を組んでウンウンと私は頷く。


 ーーあれから2年。私は18歳になっていた。




 クロエが言った通り…とまでは言わないけれど、ベルンで過ごしていた間にメルだけでなく、私の背もだいぶ伸びたし、それなりに出るところも出て、引っ込むところも引っ込んだ……と思う。
 少なくとももう家を出た時の服は着られるサイズでは無くなっていた。
 肩掛け鞄もだいぶ綻びてきていて、旅の過酷さを物語っている。


 この2年間の私の成果というと、
 まずあの後お兄様の結婚式までの間に、私はテディに出来うる限りの薬を魔法使い便で送りつけ、ダール経由でウイニーへ戻り、結婚式に参加した後、直ぐにまたイスクリスへ戻った。
 イスクリスへ戻った後は、少し怪しいけど腕は確かな半獣族の魔法使いに弟子入りして、必死になって魔法を習得し、西回りでベルンを巡り、今再びウイニーへ帰ってきたのだった。


 2年で問題が全て解決できたとは言い難いけれど、半獣族の件に関してはもう一押し私にも出来ることがあると確信していた。


「お、お嬢様…少し休みませんか?」
 背中で金糸を一つに束ねたメルはすっかり大人の男になっていた。
 声も少しだけあの頃よりは低くなり、その美貌は更に磨きがかかってると言えるし、女性に間違えられるような事はもうないだろう。
 ただ相変わらずの性格で、今も情けない事に船から降りたというのに船酔いが冷めず、地面にへたり込んでいた。


「情けないわねぇ。今日はダニエルの家にでも寄ってみようと思ってたのに、休んでたら今日中には辿り着けないわ」
 腰に手を当てメルを見下ろすと「冗談でしょう?!」という顔でメルは私を見上げた。
「まさかと思いますがこの格好であの男の家を訪ねる気では無いですよね?!」


「この格好」が意味するところはイスクリスの民族衣装だ。
 外套を羽織ってはいるものの、中の衣装は踊り子さながらの薄い生地でヘソだしビキニの様なこの格好はウイニーではかなり注目を浴びる上に、攫ってくれと言っているようなものではある。


「そうは言うけど、メルも私もこの2年ですっかり日焼けしてしまってるから元の肌色に戻るまではウイニーの服はどれを着ても似合わないと思うわ。んーせめてそういう薬があればいいんだけど…」
 肩掛け鞄の中をゴソゴソと漁っていると、メルが「チッチッチ」と得意げに人差し指を振って見せる。
「お嬢様、師匠の口癖をお忘れですか?無ければ自分で作れ!ですよ」


 イスクリスでお世話になった魔法使いの師匠は結構な老齢のラコア族で、毛は長いけど短い丸みを帯びた耳が頭から生えていて、黒く細長い爪を持ち、同じく黒く長い鼻を持った女性の半獣族だった。
 教えるといっても見て盗めの勢いで、修行の殆どが雑用で人使いが荒かったんだけど、厳しくも的確な指導をして下さったお陰で、ある程度は自分で薬や魔法を開発するくらいの腕前になっていた。


「それまでブールで過ごしていたら時間が勿体無いわよ。帰る前に他の地域だって回りたいんだから。ほらメル。諦めて立って!じゃなきゃ置いていくんだから」
 グイッとメルの腕を引っ張ると、ヨロヨロと力無く立ち上がった。


「ううう〜真っ直ぐ帰らないつもりなんですね…なんとなくそんな気はしてましたが、せめて服買ってから行きませんか?」
「ダメよ。…というか私たち今そんなお金ないじゃない!はぁ、しょうがないわね。まずは両替してから少しここで稼いで食料調達から始めましょう。一泊決定ね」


 私ががっくり肩を落とすと、メルは逆に嬉しそうにはしゃぎだした。
 ウイニーの薬事法は厳しいから薬を売るわけにはいかないけど、マジックアイテムなら今の所制限はないはずだし、売ればヴェルを演奏するより稼げる筈だわ。


 まずは宿をとってそれからメルにアイテムを売りに行ってもらって、私は宿で肌が白くなる薬を…


「お嬢様!何やってるんですか?早く行きましょうよ!」
 私が考え込んでいる間にメルはいつの間にか大通りの方まで進んでいた。


 まったくゲンキンなんだから…と苦笑しながら私はブールの街を駆け出した。

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