ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

Coffee Break : TOSS

 家を出てから8ヶ月ほど経った頃、私はお兄様の結婚式に出席するために再びウイニーへ戻ることになった。
 王都へは式のひと月ほど前に辿り着き、黒くなった肌の色を戻す努力に日々追われた。


 そしてあっという間に結婚式当日、私は教会へ向かう馬車に乗り込む前に、お兄様とお姉様にニッコリ微笑みながら声を掛けた。


「お2人にお願いがあるのですが聞いてもらえます?」
 なんだか嫌な予感がするなぁという2人の顔を無視して要件を突き付けた。


「後でブーケとガーター、ワタクシに下さいな」
 両手を合わせ、首を傾げてお願いしてみせる。
 やっぱり嫌な予感がしたんだよな…とお兄様が苦笑を漏らし、お姉様はガーターと聞いて顔を真っ赤にしてしまった。


「ブーケはともかく、ガーターは男が受け取る物だろう?それに人前で花嫁のスカートを捲るのはちょっとなぁ…」
「別に投げる必要は無いですわ。後でこっそり私に下されば良いんです。だからブーケも投げずに下さい」


 お願いしますと深々と頭を下げる。
「その代わりと言ってはなんですが、サムシングフォーの一つをワタクシからお姉様に差し上げますわ」
 それは私が唯一持っていたお母様の形見のネックレスだった。
 シルバーの花飾りのシンプルなネックレスだけど、花びらの1枚に小さなダイヤが埋め込まれていて可愛らしいデザインの物だ。


「レティ、それ母上の形見じゃないのか?」
「えっ?!」
 お兄様も流石に気がついて驚いた顔をして見せた。


「そんな大事なもの受け取れません!ブーケと引き換えにしてはあまりにも釣り合ってませんよ」
「んー。でも、"何かひとつ古いもの"ってお母様かお婆様の物でしょ?そうなると私から上げられる物はこれしかないわ」
 でも!とお姉様が抗議の声を上げる。


「貰って下さい。お父様には昨日話してこれを渡すって決めたんです」
 押し付けるようにお姉様にネックレスを握らせる。
 困った顔でお姉様がお兄様を見上げると「言い出したら聞かないから」と言って、お兄様はお姉様の肩に手を乗せた。
 お姉様も諦めて、申し訳なさそうに私に言った。
「ありがとうございます。絶対大切にしますから」


 私はその様子に満足して、うんうんと頷いた。
「じゃあ、交渉成立ですわね!ブーケとガーター!忘れないで下さいね」
 お兄様は最後まで「なんでガーターも…?」と首を捻るばかりだった。






 式が無事終わると、私は約束通りお兄様とお姉様からブーケとガーターを貰い受けた。
 他の来賓客がパーティー会場へ向かう中、私はこっそり抜け出して、堂々とお城の正門をくぐり抜けた。


 公爵家の嫡男の結婚式とあって、お城で働いている貴族や兵士もいつもより出払っていて閑散とした印象を受けた。


 そういえばここに来るのもかなり久しぶりな気がするなぁと、感慨に耽っていると、正面から叔母様がやって来るのが見えた。


「ご機嫌よう叔母様。お久しぶりですわ」
「あらまぁ、レティアーナ!本当にお久しぶりね。少し背が伸びたかしら?聞きましたよ。貴女お家を飛び出してベルンまで行ったんですって?あまりお父様やお兄様に心配をかけないようにしないと」
 ころころと笑いながら叔母さまは私の頭をくしゃっと撫でた。


 銀に近い金髪は綺麗に編み込み纏められていて、品のある微笑みは王家の血が流れている私やレイよりも王家に相応しいと毎回ながら見惚れてしまう。
 こういうのを王妃の貫禄とでも言うのだろうか。


「そうだわ叔母様、ワタクシ今ちょっと面白い事思いついてしまったんですが協力してもらえます?」
「あらまぁ何かしら?」と首を傾げる叔母さまにコソコソと耳打ちをすると、頬を染めて嬉しそうにウンウンと頷いた。




 普通に渡して帰るだけにしようと思っていたんだけど、折角叔母さまに出会ったので協力してもらう事にした。
 近くにいた兵に頼んで、中庭までクロエを呼び出して貰う。
 暫くすると、何も知らないクロエがこちらへやってくるのが見えた。


「クロエ!」
 と私が声を掛けると、クロエも私に気が付いて、笑顔で私に駆け寄って来た。
「姫!お久しぶりです。今日はどうなさったんですか?確か兄君の結婚式ではありませんでしたか?」
 不思議そうに首を傾げるクロエをニンマリと見上げる。


「そうよ。だからここに来たのよ。クロエ、頑張って受け取ってね?叔母さま!良いですよ!」
 私が植木の裏に隠れていた叔母さまに合図を送ると、叔母さまはひょこっと顔を出してこちらに嬉しそうに手を振る。


「妃殿下?!」
 クロエが驚いて声を上げると、叔母さまはクルリとこちらに背を向けて、クロエに向かってブーケを放り投げた。
 花嫁のブーケは白いリボンを靡かせながらクルクルと宙を舞い、訳も判らない状態で反射的にクロエはそれを受け取った。


「きゃー!成功した?成功した?私の結婚式は一般庶民のそれと全く異なってたから、まさかブーケトスを経験出来るなんて嬉しいわ!」
「成功ですわ叔母さま!やっぱりブーケは投げた方が盛り上がりますものね!」
 私は叔母さまに駆け寄ると、2人で両手を握ってその場で飛び跳ねて喜んだ。
 きゃっきゃと勝手に盛り上がる私達を、クロエは呆気に取られた状態でこちらを見つめていた。


「あの、これは一体…?」
「お姉様からブーケをもらって来たの。クロエの為にね」
 そう言って私はウインクしてみせる。
 状況をようやく理解したクロエは苦笑しながら肩を落とし、
「私の為にわざわざありがとうございます」
 と言ってお辞儀を返してきた。


 私はクロエの様子にウンウンと満足すると、
「叔母様、次行きましょう!」
 と言って、叔母様の手を引いて今度は執務室へ向かった。




 執務室の扉を開けると、なんともタイミングがいい事に叔父様とレイが何やら一緒に話し合いの最中だった。


「母上に、レティアーナ?なんですこんな所に」
「おぉ、おぉ、レティ!ワシを許しておくれ。お前がまさか逃げ出す程レイと結婚するのが嫌だとは思っていなかったんだ」


 かたや嫌な予感で訝しげにこちらを見てくるレイと、かたやギュウギュウと私を申し訳無さそうに抱きしめる叔父様を交互に見ながらニンマリと笑って見せる。


「叔父様、ごめんなさい。殿下が嫌なわけではないんです。レイが嫌なんです」
「おい、お前それどういう意味だっ!大体なんでお前今ここにいる!今日はアベルの結婚式だろうが!」
 少し大げさに溜息をついて見せ、いつも通りにレイにあいさつ・・・・をする。


「どういう意味って言葉通りの意味ですわ。お兄様の結婚式ならちゃんと出席しましたし。あとはパーティーだけでしたから抜けてきましたの。ワタクシお届け物があってこちらに来たんですのよ?」
 ますます眉間にしわを寄せるレイを尻目に「叔父様、叔父様!」とこっそり叔父様に耳打ちをする。


 叔父様はフンフンと頷きながら話を聞くと、目を輝かせて嬉しそうに叔母様の手を引いて執務室の椅子に叔母様を座らせた。
 私はレイの横に立つと楽しげにその様子を伺う。
 レイは眉尻を片方だけ上げてジトリと私を見下ろした。


「お前、今度は一体何を企んでいるんだ?」
「まぁまぁ、ほら、もう終わるわ。しっかり受け取るのよ?」
「なに……が?」


 レイが言ったと同時に、レイが持っていた書類の上に花嫁のガーターがヒラヒラと舞い降りて来た。
 何だこれ?と眉間にシワを寄せてレイはガーターを摘まんでみせる。


 対して、叔父様と叔母様は大興奮して、
「成功か?これでいいのか?!」
「あなたっ!成功ですわ!嬉しいわ〜。これが世の中の結婚式ですのねっ」
 と言いながらひしっと2人で抱きしめあって熱烈なキスを交わしていた。


 ウンウンと私はまた満足げに2人を見ていたのだけど、私の隣にいた2人の息子は状況を理解するや否や、ふるふるとガーターを握りしめてから、真っ赤な顔でソレを床に叩きつけた。


「どこの世界に親が脱ぎ捨てたガーターを受け取って喜ぶ息子がいると思ってるんだっ!!」
「酷いわっ!私がそれを手に入れるのにどれだけの犠牲を払ったと思っているの?!そんなんだから貴方結婚できないのよ!」
「五月蝿い!何が犠牲だ!変なもん押し付けやがって!お前だって結婚してないじゃないか!俺に構ってる暇があったらとっとと相手を見つけてきやがれ!」
「何ですって?!」


 開けっ放しの執務室の扉から誰もいない閑散とした廊下へ、私とレイの言い合いがほぼ一年ぶりに賑やかに響き渡っていた。

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