ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

交渉と対話 3【フィオ編】

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 母上の記憶は殆どと言っていい程無い。
 子が出来ぬという理由で権力争いによって王妃から側室へ追いやられた母は、僕が生まれるまでは健康で朗らかな人だったと母の近衛をしていたレムナフは語る。


 微かに残る記憶では幼かった頃の僕は母さえいれば満足だった。
 実に普通の子供だったと言える。


 その僕が変わり始めたのは、母が亡くなった7歳の時だと言える。
 そして丁度その頃から、王妃が僕に毒を盛るようになり、体に異常をきたすようになっていた。


 思えば母もいつの頃からか寝たきりになり、顔を合わせても辛くなるだけだからと合わせて貰えなくなっていた。
 この状況は母も同じだったのだと気が付くのにそう時間はかからなかった。


 レムナフの協力の元、僕はユニコーンと契約を果たし、夢幻を味方につけ、父王に王妃の画策を突き付けた。
 結果王妃は城から追い出される事になり、夢想監視下の元、2年後には病死した。


 その様は実に滑稽だったとしか言いようがない。
 復讐などという言葉は虚しいだけで、何かを得られる訳でも、母が帰ってくる訳でも無かった。
 王位などというものにも全く興味は無かったし、全てが終わると母の記憶を求めて僕はアスベルグの祖父の元で暮らすようになった。


 父王が病気になるまでの数年間は穏やかに暮らしていたと言える。
 父王が病気という知らせを受けた時、まさかという思いに駆られたのをよく覚えている。
 慌てて登城し、数年ぶりに面会した父の姿は痩せこけて目の下は黒ずんでいて、それでも力なく微笑みかけてくれていた。
「お前の母にも、お前にも、本当に申し訳ない事をしたと思っている。これはおそらくその報いなのだろう」


 ーーお前はお前の思う様に生きなさい


 それが父が僕に向かって最期に言った言葉だった。


 父が床についている間、僕は不思議と冷静だった事をよく覚えている。
 父は全てを知っている。それでも家臣達の不敬とも言える対応を甘んじて受け入れていたし、エルネストの暴挙も見逃していた。


 僕はこの時、人の動きを観察している間に、全てを理解してしまったのだ。




 この国は実に馬鹿らしい、と。


 王妃という地位に固執した王妃も、子が生まれないだけで側室に成り下がり最終的に殺された母も、甘んじて全てを受け入れ死を選ぶ父王も、権力に魅入られる家臣やエルネストも、巻き込まれまいと自室にこもる兄上も、そしてこの状況にも関わらず怒りも悲しみも何の感情も湧かない自分にさえも、なにもかも全てが馬鹿らしいと激しい嫌悪感が僕の中に生まれた。


 血を分けた親だろうが兄弟だろうが親愛なんて情は存在しない環境。
 血塗られた歴史。


 こんな国、僕は要らない。


 そこから全てが始まったのだ。




 そして今、様々な因縁を抱えて、僕は再びアスベルグへと帰って来た。




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 ジールシード領アスベルグ。


 祖父亡き今、実質この領地は僕直轄の領地と言っていいだろう。
 北の海に程近いこの領地は今まさに極寒の地と化す季節で、秋までに蓄えた僅かな備蓄と、時折垣間見える晴れて穏やかな天候の日に限って行われる漁猟で厳しい冬に耐えている。


 領地に足を踏み入れたこの日も静かに雪が降り積もっていた。
 幸いなのは吹雪く程の天候では無かった事だろうか。
 真っ白な外套とローブに身を包み、雪の中を進んでいく。
 後ろを振り向けば夢想の精鋭が数人ついて来ている。


「嫌な天気ですね。まず季節が最悪です。キツネにこんなに有利な条件は無いですよ」
 タートルネックを鼻まで掛けているため、声がくぐもってしまい必然的に声が小さく聞こえてしまう。神獣雪狐はその名の通り、雪を司る神獣だ。
 いざリオネスと対峙することになってしまった場合、この天候では夢想に勝ち目は殆どないと言える。


「別に殿下が来る必要も無かったと思うんですけどね。私情を挟むなとあれほど言っているのに貴方は聞かない」
 雪焼け対策の大きなゴーグル越しでも、ゲイリーが呆れた様に目を細めている雰囲気が手に取るようにわかる。


「一つくらい良心があってもいいじゃないですか。腹は違えど血を分けた兄弟ですし。それに臆病な所さえ無ければ割とまともな部類の人間ですよ。兄上は」


 兄上を匿っている屋敷は町外れの林の奥にひっそりと佇んでいる。
 侯爵家の屋敷の一つでありながら、療養地でもある屋敷はこじんまりとした小さな屋敷で、町の富豪が持つ屋敷よりも格段に小さく素朴な作りとなっている。
 幼い頃にあの場所で過ごしていた所為か、今でも広々した豪華な部屋より狭い部屋の方が好きだったりする。


 林の前までくると、夢想を二手にわけて街道を避けるように指示を出す。
 僕はゲイリーと一緒に街道をひた歩く。
「まともな部類というより、奇跡的にまともでしょうね。レムナフの話でしか私は知りませんが、殿下の育った環境を思えばあの方に野心が無いのが不思議でなりませんね」
「あの環境だったからこそなんじゃないですか?考えても見てくださいよ、側室から王妃に昇格した腹黒い実母はわずか7才の腹違いの弟に報復されて、それに懲りない実兄は父を手にかけて。そんな板挟みの環境僕でも耐えられませんよ」
「成る程。しかし、板挟みという意味では以前より今の方があの方にとって厳しい環境な気がしますが」
 お気の毒に…とゲイリーは高空を仰ぐ。


 フンッとそんなゲイリーに向かって薄ら笑いを浮かべてみせる。
「今のこの状況は自業自得でしょう。まったく。本当に厄介な人です。全て片付いたら生きている事を壮大に後悔させてやりますよ」
 壮大に後悔って…とゲイリーは苦笑する。


 林から然程遠くない屋敷の前で立ち止まると、少し警戒しつつ夢想の気配を確認する。
 ふーっと小さく息を吐き出すと、雪に埋れた錆びかけた鉄の大きな門に手を掛ける。
「今の所追っ手は居ないと判断しますが、万が一の時はよろしく頼みますよ」
「御意」


 白く熱い2つの吐息が空中に溶け込むように後ろへ流れる。
 雪が徐々に激しさを増す中、僕とゲイリーはゆっくりと屋敷の中へ突き進んだ。

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