ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

交渉と対話 1【フィオ編】

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 謁見室へ入ったのはひと月振りぐらいだろうか?
 あの時のエルネストは心底機嫌が悪く、その罵倒をただ一身に受け続けるだけだったのだが、今日目の前にいる兄王は機嫌良さげに気味の悪い笑みを浮かべている。


「フィオディール。会議の結果開拓計画の破棄が決定したぞ。お前は晴れて自由の身というわけだ」
 自由の身かどうかはさておいて、ゲイリーが言った通りに動きやすくはなった…のか?
 そもそも計画を言い出したのは目の前の兄王であって、計画頓挫に喜ぶとは気味が悪い意外の何ものでもない。


 "良い子"のフィオディールとしてはここは不快を現しておくべきなんだろうか?


 少しだけ眉を寄せ訝しんでみせて、エルネストに尋ねてみる。
「陛下はそれで宜しいんですか?5年の歳月をかけて莫大な費用と人員を失いました。計画が頓挫したとなれば下の者が不満を口に不敬を働く畏れは無いのでしょうか?計画の指揮は確かに僕やリオネス兄上が取りましたが、最高責任者は陛下ご自身ですので…その、陛下の身に危険とか起きないですよね?」


 さも心配だというまさに兄思いの弟を演じてみせる。
 するとエルネストは「お前は馬鹿か?」とでも言いたげに鼻で笑ってみせた。


「確かに俺が最高責任者だが、計画の指揮自体はお前達がやった。いや、実質お前だけでやったような物だ。リオネスは今、東の開拓に飛ばしたからそれを追ってまで不満を言う奴は居ないだろう。だがどちらかと言えばお前が1番危ないと言えるのではないか?」


 クックックと、さも楽しそうにエルネストは笑う。
 そーですね。確かに真っ先に僕が狙われるでしょうねー。と心の中で棒読みで答える。


 しかし望んでるのはそんな反応では無い事は重々承知なので、少し驚いたように目を見開いて、ブルブルと震えてエルネストに助けを求めてみせる。
「あ、あにうえっ、まさか、僕を切り捨てるつもりなんですか?!ぼ、ぼくはリオネス兄上が居なくても兄上のお役に立てる様にって、ずっと頑張ってきたのに…うっ…うぅ……」


 基本僕、泣かないのでこの手の演技は苦手だ…
 なんとか涙腺を絞り出してさめざめと泣いてみせると、なんて可哀想な弟なんだ!と言わんばかりの表情でエルネストがイヤァな笑みを浮かべる。


「フィオディール。お前もいい歳の男だろう。そう簡単に泣くものではない。だがお前の心配も良く分かるし、この兄もお前がとても心配だ。そこでお前に一つ仕事をやろうと思う」
 エルネストはそう言って、玉座から立ち上がると、ゆっくりと僕に近づき肩を叩くと、他の兵に聞こえないように耳打ちをした。


「ーー!!」
 驚いて思わず後ろに仰け反る。
 顔面蒼白の僕の顔を満足そうにエルネストは見下ろした。


「あ、あ、あ、あにうえ…いま、なんて………?」
 激しい動揺を見せる僕に、氷河にある氷の様な冷たい目でフンッと馬鹿にしたような微笑を浮かべる。
「2度は言わん。お前が忠誠を俺に誓っているさまを証明する事だな。さすればお前の身の安全は保証してやろう」




 これで2度とここに帰って来ることはない。
 そう確信した瞬間だった。






 =====






 重い足取りで自室に戻り、扉近くにある机の前の椅子にどかりと座り込み、突っ伏す。


 ーーあの愚王の最後の命令。
 馬鹿だとは思っていたが、ここまで思慮に欠けるとは本当に同じ血が半分入っているのかと疑いたくなる。




『リオネスは今、東開拓を放棄して北西アスベルグに隠れている。裏切り者の首を持ってこい』




 お前の行動は筒抜けだと言われているような気がしないでもないが、首をとまで言われたのであれば半信半疑と言ったところなんだろうか?


 どちらにしても、兄上の首を持ち帰った所で難癖付けて処刑されるのがオチだ。
 これはもう城から出てって2度と帰って来るな。と言ってるような物だ。
 僕はともかく雪狐まで簡単に切り捨てるとは愚かとしか言いようがない。
 兄上や僕さえいなくなれば騎士団なんてどうとでもなるとでも思っているんだろうか。


「さて、どうするか」


 この際兄上の首を本当に持って行ってどんな反応をするのか見てみたい気もしないでもないけど、どうせなら僕が死んでしまった方がより動きやすい気もする。
 かと言ってそれで兄上が追い回されるのもこちらとしてはやりにくい。


「ん〜〜〜〜〜〜〜」
「何唸ってるんですか?便秘でお悩みですか?」


 パッと振り返るとゲイリー。
 …いや、鯨波の偵察に行ってたのになんで転送陣から出てくるんだ?


「違いますよ。僕は至って健康でお腹の調子も悪くないです。鯨波の偵察に行ってた人間がなんで陣から現れるんですか。寿命が縮まるのでやめて下さい。そして冗談言ってる暇はないので報告を手短にお願いします」
 皮肉を言われる前に先手を打つ。
 エルネストの事だおそらく明日にでも出て行けと言いかねない状況だと認識している。
 今の僕に皮肉を返すような余裕なんてない。


 苛立ちを見せる僕の様子に「何かあったな…」とゲイリーは目を細める。
「大まかな鯨波の今の人数と戦艦の種類と数、砲弾の数、必要な情報は粗方手に入れたかと思いますが、訓練をしている様は全くと言っていい程見受けられなかったのでどれ位出来るのか判断に悩む所です」


 ッハ!と投げやり気味に失笑して見せる。
 流石にゲイリーも僕の態度に顔を歪めた。


「肝心なところのボロは出さないってことか。それともなにか?あのバカは兵よりクジラの力さえあれば何でも出来るとか思い込んでんのか?いっそあいつの懐中時計を海に投げ捨ててやりたいね」
「…殿下?」


 臆面もなく本性をさらけ出す僕にゲイリーも珍しく戸惑いを顔に表す。


 限界だ。本当に何もかも限界。
 思考を停止して全てを放棄して地の果てまで逃げてしまいたい。
 どうしてこう上手く行かないのか…
 せめてどちらか片方の兄が扱いやすければ気も楽になるというのに。


 両手で顔を拭う僕を見ながら、ゲイリーはおもむろに椅子の後ろから僕の肩を揉み始める。
「おや、だいぶ凝ってますね。まぁ、ここ数ヶ月忙しかったですからお疲れなのも判りますが、いいニュースもございますよ?」
「聞きましょうか?悪いニュースだったら僕冗談抜きで本当に国外に逃げます」
 ピタッと一瞬だけ肩を揉む手が止まったが「ふむ」とゲイリーは呟いてからまた肩を揉み始める。


「鯨波の偵察の後、こちらに寄ったんですが、殿下が不在でしたのでその足でそこの陣を使わせて頂きました。で、ホルガーにあちらの様子を色々聞いてきた所、ここ数ヶ月で第1拠点と第23拠点以外の全ての区画が完成したと宣言できると言っていました」
 驚いて思わず振り返るとゲイリーはニッコリ微笑んでみせた。


「いくらなんでも早すぎやしませんか?22なんてついこの間着手したばっかりなのに一体どんな魔法を使ったんですか」
 拠点ひとつに対して基礎が出来るのに大体3ヶ月掛かる。その後徐々に人口や物資を増やして村や町を整えて、最短でも1年〜2年は掛かるというのにあり得ないスピードだ。
「夢想の偵察とホルガーの人選のお陰でしょうね。殿下に言われたとおり使えそうな半獣族や他民族をホルガーが選別して引き抜いたらしいですよ。お陰でどの拠点もリン・プ・リエンに劣らないくらいにはなりつつあると。大まかに算出しても3万は超えているはずだとホルガーが言ってました」


 総人口3万越え…いよいよ現実味を帯びてくる数字に僕は感動を隠しきれない。
「5年でここまで!十分すぎる数です!ああ、ホルガーに何と感謝したらいいのか。俄然やる気が出てきましたよ」
「私にも感謝して欲しいものです。しかしこれだけ規模が大きくなったというのに、よくバレずにここまでやって来られたのか不思議でなりません。鯨波も雪狐も密偵を所有している筈なのに…」
 首を捻るゲイリーを見ながらフフフと笑ってみせる。


「隠密が得意な夢想ですからね。鯨波や雪狐の密偵ごときに遅れは取らないでしょう。そこにホルガーの策が加われば移民がどんなに多くても外に漏れることはありません」
 各地区の転送陣の管理は夢想の中でも優秀な者に任せている。密偵が入り込めばすぐに対応出来るようになっている。
 更に1度何処かの地区に入ってしまえば、許可と権限がないものは容易に出て行くことが出来ないのだ。


「"入るもの拒まず出るもの抹殺"ですか。私なら開拓計画が上がった段階で潜り込んでそれなりの地位を築き上げて飄々と出入りして見せますがね」


 ジトリとゲイリーを睨みつける。
 この男が言うと全くもってシャレにならないから困る。
 でも、まぁそんな優秀な密偵が鯨波や雪狐に居たのであればもっと早い段階で何かしらのアクションがあっただろう。
 その心配は杞憂と言える。


「私の報告は以上ですが、さて、殿下の方で起こった事をお聞き致しましょうか?」

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