ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

進む道歩むべき道 5

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 その後、測ったかのようなタイミングでジャハー様を連れてメルが私の部屋を訪れた。
 やはりと言うかなんというか、私が口を開く前にジャハー様は『こちらへ』と、私達を宮殿の奥へ案内した。


 連れていかれた場所には、仄暗く青い光が灯った大きな魔法陣が描かれていた。
『転送陣です。ただし、国際法によりベルン連邦国内までしか転送が許されておりませんので、ダール国境ギリギリまでしかお送りすることが出来ません』


 転送魔法は陣にしろ別に形にしろどの国でも基本的に国内限定でしか使用が許されていない。
 それは他国への侵略や戦争を防ぐための防衛策だ。
 国や地域によっては転送魔法自体が禁止という場所もある。
 馬を用意してもらえればと思っていたんだけど、イスクリスの隣国とだけあって魔法設備は充実しているようだ。


『いえ、ダールまで行ければ何とかなりますから、急にすみません。ありがとうございます』
 私がジャハー様に頭を下げると、ダニエルも慌てて頭を下げた。
「お…私個人の為にここまでして頂いてありがとうございます」


 ダニエルの言葉をジャハー様に訳すと、ジャハー様はニコリと微笑み、
『気になさらないで下さい。それよりも急がれた方が良いでしょう。私どもが出来ることは限られていますが、貴方様が出来ることはまだあるはずです』
 と言って、魔法陣へ進むようにダニエルを促した。


 ダニエルは魔法陣の前まで進んだ所でクルリとこちらに振り返り、私の目の前までツカツカと戻って来てから、私をギュッと抱きしめてから、私の頬…というか唇に殆ど近い場所にキスをした。


「だ、ダニエル?!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
 私は触れた部分を抑えて真っ赤になり、メルが頭を抱えて絶叫すると、ダニエルは不敵な笑みを浮かべ、私達を交互に見やった。


「さっきの返事だ。ハニーこそ覚悟しとけよ?俺は執念深いんだ。今の所お前の中に入り込めてねぇかもしんねぇが、あっという間に入り込んで掻っ攫ってってやるからな」
 ぐしゃぐしゃと私の頭を撫で回して見つめる瞳は、少しだけ寂しそうに揺らいでいた。
 ダニエルは多分気付いているんだろう。どうしても私がそういう対象として彼を見れないって事を。


 私も私なりにこの旅の間中、彼を真剣に見て来た。
 口は悪いし、空気読まないし、非常識だし…
 でもとても努力家で、素直でバカ正直ないい人って事はすごく良く分かった。
 良い所も悪い所も理解した上で、それでも彼に恋愛感情を抱く事は無いと私の中で結論が出てしまっていたのだ。


 だからこそ、目の前の問題に進んでもらう為に、私はあえてこんな言い方をする。
 完全に突き放してしまえば、今の彼は前へ進めないだろう。


「そうね、でも私が先に誰か素敵な人を見つけても恨まないでね?…それでも見つけられなかったら観念する事にするわ」
 少しだけはにかんでダニエルを見上げて言うと、メルもダニエルも驚いたような顔で私を見つめた。
「お、お嬢様?!」


 メルが声を上げる中、ダニエルはニヤリと笑い、ビシッと私を指差した。
「今の言葉、忘れんじゃねえぞ?そんな奴が出てきそうになったら捻り潰してやるからな」
「ふふふ。忘れないわ。でも、私の正体を知ったら貴方きっと後悔するわよ?」
 意味深に笑って見せると、少しだけダニエルは顔を顰める。
 そして少しだけ微笑を浮かべると、今度こそダニエルは力強い足取りで魔法陣の中へ進んだ。


「お前はいい女だ。後悔なんてする気は無いね!…じゃあな!ウイニーでまた会う時はもっといい男になってるから覚悟しとけよ!」
 ダニエルが手を振る中、魔法陣の青い光が強さを帯びる。
 私はギュッと胸元で拳を握ると大きな声でダニエルに向かって声をかけた。
「ダニエル!貴方と旅が出来て楽しかったわ!ありがとう!手紙書くわ。どうか元気で」


 薄っすらと消えゆく驚いた彼の顔は、消える瞬間満面の笑みに変わり、いつもの様に豪快な「おう!」という返事だけを残して完全にそこから姿を消したのだった。


「…行ってしまいましたね」
 ポツリとメルが呟いた。
「賑やかな人だったから、居なくなったら居なくなったで少し寂しくなるわね」
 私の言葉にメルはこくんと頷く。


 始めは迷惑でしかなかった相手でも長いこと一緒にいたことで、一定の愛情が生まれるのだと初めて知ることが出来た。
 それは恋愛とはおそらく違う感情だと思うけれど、離れてしまえばやはり寂しいと感じる。
 この先の旅でも、ううん、この先の人生でもきっと好きな人、嫌いな人、色んな人と出会って、別れて、繰り返していくんだろう。


 ーー私の願い。今なら確信出来る気がする。


 ダニエルが去った後の魔法陣から目線をずらし、近くにいたジャハー様に目を向ける。
『ジャハー様、女王陛下にお目通りを願えますか?』
 ジャハー様はフッと緩やかな笑みを浮かべると、恭しく深くお辞儀を返した。

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