ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

恋とか愛とか 2

 頭の中ではシナプスが完全にショートしていた。
 ダニエルがここに来て冗談を言っている訳では無いのは目を見れば明らかで、いつもの調子で返そうかとも思ってみたものの、流石にそれは失礼な状況であって……


 でも、なんて答えればいいの?!
 正直、私はこういう状況に慣れていない。
 社交界デビューしたばかりだというのもあるけれど、基本的にはお兄様やお父様、レイのいずれかがそばに居た所為か、ここまで情熱的な告白は初めてだった。
 …いや、ヒースを含めればそうでもないのかもしれないけど、とにかくこういうのは対処法が判らないわ!


 思わずパッと目線でメルに助けを求めるが、情けない事に首をブンブンと横に振って拒否されてしまう。


 酷いわ!それでも私の小間使いなのかしら?!
 真っ赤な顔でメルを睨みつけて見たものの効果は無かった。


「だ、ダニエル、落ち着いて、話し合いましょう…?貴方、今まで誰にも説教をされた事が無いから、刷り込みでそう思い込んでいるだけかもしれないわ。大体貴方初めにあった時私を男の子と勘違いしてたし、女と分かっても子供としか見ていなかったでしょう?貴方の理想は私とは掛け離れているはずよ?」


 心臓が飛び出るかと思う位五月蝿い胸を必死で押さえ、なるべく冷静を装ってダニエルに話しかける。
 しかしダニエルは首を横に振り、引くどころか一歩手前に歩み寄り話を続ける。


「俺は至って落ち着いているし本気だ!ハニーが城に行っている間中ずっと考えていたんだ。見た目の事を気にしているなら気にする必要はない。理想は理想であって、心を奪われればそれ以上に魅力的だ」


 叫びたくなるのを必死で我慢して、ずずずっと後ろに下がる。
 それでもダニエルは手を離してくれる気は無いらしく、逆にギュッと握られてしまう。
 その反応にさらに私は戸惑ってしまう。
 私は動揺してうわずった声で必死でダニエルを説得する。


「まままままって!それ以前に私達は身分が違いすぎるのよ。メルも言ってたけど、本来なら私は貴方にとっては雲の上の存在なのよ?お父様が許すわけがーー」
「大事なのはお互いの気持ちだろう?ハニーが俺を好いてくれれば俺はそれに見合う努力を惜しまない!」


 私が言い終わる前にダニエルはグイグイ押してくる。
 押しが強い人なのは分かっていたけれども、ここまでとは思っていなかった。
 というか、ここまで好かれるとは思ってもいなかった。


「今すぐ返事をとは言わない。俺もすぐに変われると思ってないし…ただ、真剣に考えて欲しいんだ」
 辛辣にダニエルは見つめてくる。
 ここまで言われたら、考えない…ってわけにはいかないわよね…


「わ…………かったわ……ただ、その、こういうのは慣れてないから、返事とか、直ぐには無理だと思う…」


 顔を背けつつ、茹蛸状態の私は声を小さくして何とか答えた。
 それでもダニエルは嬉しかったのか「おう!」といつもの返事で返してくれた。




 =====




 真面目に考えると言った手前、何をどう考えていいのかさっぱり判らない。
 そんな状態が続いて既に3日も経ってしまった。
 今はラハテスナにほど近いペンサという町に来ている。明日にはラハテスナだ。


 ダールを出てからのダニエルはと言うとやはり所々に無理をしている様子が見て取れたんだけど、それは決して表面で繕おうとしているだけのものではない事がありありと伝わって来ていた。


 朝も早いし誰に言われるまでもなく食事の準備をするのはもちろん、町につけば自ら情報収集に当たって旅程を的確に組む。
 お酒も辞めたらしく一口も口にしなかったし、何より私だけでなく、町の人に対する態度も礼節を重んじだいぶ柔和になっていた。


(ホント、どうしたらいいのかしら…)


 情報収集に当たっているダニエルを少し離れたところから膝を抱えてぼんやり眺める。
 黒く染めた髪が夕日に照らされて揺らめいている。
 お兄様の髪とはまるで違う人工的な黒。
 それも全て私の言葉に翻弄されたものだと思うと、何だかいたたまれなくなってくる。


 がっくりと肩を落としていると、不意に後ろからメルが話しかけてきた。
「お嬢様、どうするんですか?流石にあれが本気だというのはボクにもわかります」
 メルを振り返らずにボーッとダニエルを観察し続けるので一生懸命な私は、メルが今どんな顔をしているのか判らないけど、声色からは心底困っている様子が伺えた。


「きっかけを作ったのはメルじゃない。私もこういう事は初めてだから判らなくて困ってるのよ。ねぇ、なんて返事したらいいと思う?」
 くるっと振り返りメルを見上げると、申し訳なさそうな表情の中に少しだけ呆れたような感情を併せ、緑色の瞳が私を見下ろしていた。


「確かにボクがきっかけを作っちゃいましたけど…でも、そもそもお嬢様はあの男の事をどう思ってるんですか?」
 メルの質問に、うっ…と言葉を詰まらせる。
「判らないから困ってるのに…それなりに紳士的に優しく対応されて、しかも相手が自分に好意を持っていると思えば悪い気はしないでしょ?だけど、それは恋でも愛でもないような気がするし…」
 答えたところでメルが首を捻る。


「でもお嬢様?ヒース様もそれなりに紳士でお嬢様に好意を持っている方に違いありませんよね?」
 メルにそう言われて私は顔を顰めて顎を引いた。
「それは…そうかもしれないけど。ヒースはそもそも話が通じない上に生理的に無理だから論外な訳で…ダニエルもそういう部分はあるけど、話してみればそれなりに話は通じる方だと思うのよ」


 少なからず右から左に話が流れている訳でもないし、都合のいい解釈だけしているわけではない。
 …と思う。


 むむむーと今度はメルが眉間に指を当てる。
「じゃあ、あの男が他の女性と仲良くなるのが嫌だとか、話しかけてると辛いとかそういう感情はありますか」


 ダニエルに嫉妬をするか?って事かしら。
 う〜ん…


 なんとなくダニエルに視線を戻す。
 見ればいつの間にか若い女性に囲まれていた。


「………ない、わね。また口説いてるのかしら?と呆れはするけど」
「ならそれが答えなんじゃないんですか?」
 とメルは憮然としながら答える。


 そ、うかしら?
 そもそも好き嫌いの前の段階なのだから嫉妬しようがないとも思うんだけど…


「仮に私が嫉妬する段階まで後々好きになったとして、そうなったらメルならどうする?」
 私が膝に肘をつきながらそう言うと、
「好きになる予定なんですか?!」
 と、なんともメルらしい予想通りの反応が返ってきた。


 考えるのも疲れてきていた私は、少々八つ当たり気味にメルに答える。
「仮に、って言ってるでしょ?この先のことなんて判らないわよ。好きになるかもしれないしならないかもしれないわ」


 こんな事を聞いたところで答えが出る訳では無いんだろうけどそもそも身分の問題もある。
 公爵の娘で国王の姪という立場で、果たしてそれを捨てる覚悟で彼を好きになれるのだろうか?


 私の悩みを知ってかしらずか、メルは嫌そうに吃りながら答えた。
「ボクは、正直あの男今でもそんなに好きじゃないです。ですがお嬢様があの男を好きだと言うのであれば…ボクは全力でお嬢様を支援すると思います」


「そう…」と小さく返事を返す。
 メルは本当に小間使いにしておくのが勿体無いわ〜と問題から逃げるようにそんな事を考える。


 お父様は爵位も国も、全て捨ててでもきっとお母様と一緒になりたかったんだろう。
 お兄様もお姉様も死を覚悟してでもお互い添い遂げたいと思ったんだろう。
 ダニエルの覚悟もそれに近い気がする。


 じゃあ私はどうなんだろう…?




 結局答えは出ないまま、情報収集を終えたダニエルがこちらに向かって走ってくる。
 仕事を終えたダニエルの笑顔とは裏腹に、私の心は依然複雑なままだった。

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