ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

ナンパと旅行記 2

 私は驚いて、慌ててドアを開ける。
「メル!?どうしたの!?」


 するとベッドの上で、見知らぬダークブラウンの髪の男が、メルを組み敷いている姿が目に飛び込んできた。


 私は顔を赤くして眉をつり上げ、相手の男に持っていたコップの水をぶち撒けた。


「ぶわっ!何しやがる!」
「それはこっちのセリフよ!メルに何をする気なの?!メルを離して!」


 私はグイグイと男の背中を叩きながら引っ張って、必死でメルを助けようとする。


 男は慌てて、私の腕を掴み、
「痛い、わかった!わかったから!落ち着け?俺が悪かったから!」
 と私を宥めた。


 男がメルから離れたのを確認すると、私はキッと男を睨みつけ、腕を振りほどいた。


「貴方、一体どういうつもり?!病人を襲うなんて!正気の沙汰とは思えないわ!」


 まぁまぁと男は両手を上げ、悪びれもせずにニヤニヤ笑いながら私に言い訳をする。


「ボウズの姉ちゃんが余りにも魅力的で、つい間が差したんだ。ホント、反省してっから!許してくれ!」
 と男は両手を重ねて謝る。


 …………って、ボウズ?
 誰のことを指す言葉なのか、理解するのに暫く時間が掛かった。


 今の、私の、この格好を、どこをどう見たら、男の子と間違えるって言うのよ!


 因みに今日の格好は、青のバンダナと、紺色のコンビネゾンに、白いシャツなのだけど、ふわっとしたミニスカート型のコンビネゾンを着ている。


 かぁっと頭に血が上る。
 私は顔を真っ赤にさせ、涙目になりながら腰からショートソードを引き抜き、男めがけて振り下ろそうとした。


「うわぁ!謝ってんじゃねえか!落ち着け!落ち着けって!ホント悪かったから!もうしないって!」
 男は慌てて剣を避ける。


「五月蝿い!黙れ!その首斬り落として、海に投げ捨てて、魚の餌にしてやる!」


 ブンブンと剣を振り回していると、蒼い顔をしていたメルが慌てて後ろから私の両手首を掴む。


「お、お嬢様!ボクは大丈夫ですから!落ち着いて下さい!殺生沙汰は流石にマズイですって!」
「メル!離して!コイツ、海に捨てないと私の気が収まらないわっ!」


 真っ赤な顔で、ぼろぼろと涙を流しながら、メルの腕の中で半ば宙吊状態の私はジタバタと暴れた。


「お嬢様……?」
 と男は私の顔をしげしげと覗き込み、眉をひそめ顎に手をやり首を傾げる。


「…因みにボクは"姉ちゃん"ではないです。れっきとした男です」
 辟易としたメルの声が頭上から聞こえた。


 小さい頃からその整った顔と綺麗な金髪の所為で、メルは度々女性に間違えられる事があった。
 もう慣れた。と言った感じだ。


 男はその言葉に顔を青くしてメルを凝視する。


「う……そだろ?!こっちの顔の整ったのが男で、こっちのちんちくりんなのが女だって?!」
 くあぁぁぁあ!っと、静かにしていた私は再び暴れ出す。


「ち、ちんちくりんですって!?もう絶対に許さないわ!切り刻んでやる!!」
「お、お嬢様、ボクもコイツ殴ってやりたいですが、殺生はダメですって!落ち着いて下さい」


 男は私を見て、腕を組み、「うむむ〜」と唸ってから「分かった!」と手を叩いた。


「とりあえず、その剣を納めてくれねぇか?俺は逃げも隠れもしねぇから」


 私は訝しみながら、コクリと頷く。
 メルはホッとして、そっと私の腕を離した。


 私が剣を納刀したのを確認すると、男は頷き、バッと両手を大きく開いた。
 私とメルは予期していなかった男の行動に、ビクッと肩を竦ませる。


「よし!気が済むまで俺を殴れ!それで許してくれ!」


 私とメルは男のあまりの潔さに、暫くぽかんと口を開けていた。
 男はその私達の様子に首を傾げた。


「なんだ?殴らねぇのか?」
 男の言葉にハッとして、私はフンッと腕を組み、ふんぞり返る。


「いいわ。それで許してあげる。けど、ここは狭いから甲板に出なさい」
 私がそう言うと、男はほっと息をついて、神妙に頷いた。


 私とメル、そして、無礼千万極まりない男は、甲板に出ると向い合って立ちすくむ。
「さぁこい!」
 と男はガニ股で両手を広げる。


 周りで景色を楽しんでいた乗客が「なんだなんだ?」と集まってくる。
 海風に煽られながら私は腕を組み仁王立ちして、目を細くして口角を上げ、男を見据える。


「後悔しても遅いんだから!覚悟なさい!!」


 言うが早いが、その瞬間、私は甲板を蹴り飛ばすと、高く跳躍して男の鳩尾みぞおちめがけて足を伸ばす。


 その高さ、二階客室のある甲板の鉄作に届きそうな距離。
 落下してくる私に、男の顔がみるみる青く変化する。


「ごふぉっ!!」っと男の呻き声が聞こえたのは、勿論私が着地したのと同時だ。
 綺麗に入った私の蹴りに、男が泡を吹いて仰向けになる。


「メル。ちょっと体支えてあげて?」
 メルが慌てて男に近寄り体を起こすと、私は男の背中をバンバンと叩き、男の意識を呼び戻す。


「大丈夫?」
 と、私が声をかけると、男は苦しそうに呻きながら、コクコク頷きフラフラと立ち上がった。


「そう」
 と、私はニッコリ男に返事をするやいなや、今度は男の脇腹めがけて回し蹴りをお見舞いする。


「いっ!!」
 と、男は蹴られた脇腹を押さえて、2,3歩後ずさる。


 まだまだと言わんばかりに、お腹を押さえた男の腕をガシッと掴み、男を背負うようにしてバッターーンと投げ飛ばして、パンパンと手を払った。


 さて次はどうしてやろう?と腕を組んで男を見下ろしていると、男は慌てて起き上がり「ま、待った!」と声を上げた。


「…何?」
 私はジトリと不満げに男を見上げる。


「お、俺は好きなだけ殴れとは言ったが、蹴っていいとも投げ飛ばしてくれとも言ってねぇ!」
「貴方に拒否権があるとでも?」
「ぅ…悪かったって!もう2度としねぇから、もう、勘弁してくれ!」
 男はガバッと土下座する。


 私は「ふぅ…」と溜息を吐き出すと、しゃがんで男の顔を覗き込んだ。
「本当にもう2度としちゃ駄目よ?後、言葉には気をつけなさい?」


 子供に諭すように私が言うと、男は顔を上げずにコクコクコクと必死に頷いた。


 甲板に居た野次馬は、始終のやりとりに唖然とし見ていた。


「メル、行くわよ」
 と踵を返し、部屋へ帰ろうとした私の後ろから、
「本当に、女、か……?」
 と男がぼそりと呟いた声が耳に入り、私はもう一度男に飛び蹴りを喰らわせたのだった。

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