ウイニー王国のワガママ姫
名も無き森 8【フィオ編】
木から降りると不安そうな兵士達の顔が一斉にこちらを見た。
僕は神妙な面持ちで、眉間にシワを寄せ顎に手をやり、考えるような仕草をする。
「方角はわかったのか?」
兄上はおそるおそる僕に問いかける。
「あ、えぇ。方角は判りました。しかし…」
うーん…と僕は更に深く考えてみせる。
「何かあったのか?」
ただならぬ僕の様子に兄上は顔を顰めた。
「北東の方角…そう遠くない距離だと思うんですが、煙が上がってました」
僕の言葉を聞いて、兄以外の兵達も難しい顔をした。
「狼煙、ならいいんですが…煙の量が多いんですよね。大量に何かが焼けている様な…」
厳しい表情で僕は言う。
その場にいた全員が顔を強張らせる。
「ここに居ても仕方が無いだろう。方角がわかっているのなら、その煙の上がっている場所に向かうぞ。…嫌な予感がする」
兄上が青い顔で言うと、僕は神妙にコクリと頷いて煙の方角に歩き出した。
=====
徐々に焦げ匂いが鼻を掠める。
その方角に歩みを進めると血の匂いが混じって居る事に気がつく。
「武器を」
と、兄上と兵に指示を送る。自分も斧を握り絞め、慎重に前へ進む。
不意に視界が開け、砦が姿を現す。
「「「「!!!」」」」
「……」
雪狐と兄上は目の前惨状に愕然とする。
強固に見えた石壁はボロボロに崩れ、駐屯所のあった場所には木片が散らばり、
至る所に斬りつけられたフォレストラプトルの死体と、砦に残った雪狐の兵の無残に横たわった姿が確認出来た。
「なん…だ……?これは………」
「擬態を得意とする緑色のラプトル種…ですね。僕たちはフォレストラプトルと呼んでますが」
「そういう事を聞いてるんじゃない!」
苛立たしげに兄上が叫ぶ。目視で確認できる範囲で言えば、雪狐の兵はここにいる3人だけという事になるからだろう。
兄上は前回よりも倍以上の兵を連れて来たにもかかわらず、前回よりも多大な被害を負ったということになる。
「干渉に浸って気を抜かないで下さい。ここは血の匂いが多すぎる…ラプトルが居なくなっていたとしても、他のモンスターが寄ってくる可能性が高い」
「っく」と唇を噛み、兄上も雪狐も真っ青になりながら身構える。
立て続けに起きた悲劇に、誰もが絶望の表情を浮かべていた。
「殿下!」
奥からゲイリーが走ってこちらへ向かってくるのが見えた。
僕はホッとした顔で、ニッコリ笑ってゲイリーに手を振ってみせる。
「殿下!ご無事で!皆さんも!申し訳ありません。はぐれた事に気が付くのが遅れてしまいました」
「酷いですゲイリー。自分の主人を置いてサッサと逃げるなんて。夢想の兵は皆薄情で、僕は泣きそうです」
さも悲しいという顔をして見せる。
「薄情なのは主人に似てしまったので諦めてください。それより、すぐにここから立ち去った方が良いかと思います。生き残った雪狐の兵は既に森の入り口に待機させています」
「生存者が居るのか?!誰が残っている?!」
兄上はゲイリーに掴みかかって必死に問い詰める。
「流石、と言いますか。17名です。と言っても重傷な兵も多くいるので急いだ方が良いでしょう」
「すまない…!」と兄上はゲイリーに頭を垂らして唸る。
「殿下…宜しいですね?」
と神妙な面持ちでゲイリーは僕をジッと見つめる。
僕は目を伏せて、深呼吸をすると静かに頷き、宣言した。
「直ちに拠点を破棄し、王都へ帰還する」
=====
あの惨劇から数時間後、外はすっかり暗くなって空には月が顔を出していた。
開拓地からしばらく進んだ村の宿で、僕はぼんやりレティの帽子を握りしめていた。
(やっぱり君は僕の運命の人なんだね。ありがとうレティ)
そっと目を閉じレティに語りかける。
瞼の裏でいつも彼女は元気に笑っている。
「何ニヤついているんですか。気持ち悪いですよ」
目を開けて扉の方を見ると、そこにゲイリーが立っていた。
「…君はどうしていつも僕の事を覗きに来るんですか?」
真っ赤になって、じとりとゲイリーを睨みつける。
「私はちゃんとノックもしましたし、声も掛けましたよ。それよりこの先どうするんですか?」
ゲイリーの言葉に僕は顔を顰める。
「どうするんですかって、君が拠点を破棄するって言ったんじゃないですか。聞きたいのは僕の方ですよ」
僕は拗ねたように口を尖らせゲイリーに言い返す。
森でレイスに遭遇し、はぐれてしまった事以外は全て計画通りだった。
ブラッディグリズリーは第13拠点で以前捕獲し、訓練用に飼育していたモンスターだった。
予め通達を行い、ゲイリーがあの場所の近辺に熊を放したのだ。
ただ、気掛かりなのはレイスがあの場に居た事だ。
放った兵が襲われていなければ良いのだが…
僕の考えが解ったのかゲイリーが口を開く。
「夢想なら大丈夫ですよ。アレは転送実験も兼ねて飛ばしたモノでしたから。結果はおそらく成功でしょうね」
ゲイリーの言葉にほっと息をつく。
「しかし、レイスでこちらも多大な被害を負いました…砦は砦で、アレでもちゃんとそれなりに重要な場所だったんですよ?結局、非戦闘員も巻き込んでしまいましたし」
砦を襲ったフォレストラプトルは半獣族によるものだった。
東のダミー拠点で待機させ、彼らの能力を実験的に測ったのだ。
勿論、一番の目的は兄上の疑いを晴らす事にある。
「陣さえ残っていればまたいつでも再建できるでしょうに。雪狐の実力も判りましたし良しとして下さい」
はぁ〜と僕は大きく嘆息する。
「簡単に言わないで下さい。何でもかんでもタダじゃないんですよ?資金は余裕どころか赤字だというのに、どっから出せと言うんですか」
ゲイリーは得意げに背で腕を組むと、しれっと言い放った。
「今回の騒動はそもそもリオネス様の強行によるものが原因なのですから、雪狐に出させれば良いじゃないですか。きっと罪悪感で喜んで出して下さいますよ」
…ゲイリーはやっぱり宰相の方が合ってるんじゃないだろうか。
「君が僕の部下で良かったです。絶対敵に回したくないですね」
僕がそう言うとゲイリーはニッコリ笑って、
「お褒めに預かり光栄です」
と言った。
僕は呆れた顔でゲイリーを見た後、今後の事を話した。
「当面は王城で過ごすことになりますね。資金繰りと兵集めを理由にまたフラフラしに行こうとも思いますが…少し試したい事もあります。拠点再建まで長期に渡って王城が拠点になるかとは思います。半年か、1年か…それ以上か」
膝の上で手を組んで、部屋の壁を見据える。
どうせ王城に戻るなら、この機に出来ることは全部やってしまおうと画策する。
おそらく第1拠点が再建されれば、王城へ戻るチャンスはもう無くなるだろう。
ゲイリーは顎髭を撫でながら首を傾げる。
「試したい事、ですか。そうですね…私も少々気になる事があるので、いい機会かも知れません。しかし、あちらの管理はどうなさるおつもりですか?王城へ戻れば連絡を取り合うのは難しくなるのではないでしょうか」
あちらというのは本陣の第5拠点の事だ。
全拠点の管理と市政を担っている。
「そのためのホルガーじゃないですか。君もあちらの指揮と管理はレフナムに任せればいいでしょう。連絡手段は追い追い考えます」
レフナム・クーベは夢想騎士団の副団長だ。
元団長なのだが、老齢を理由にホルガーにその席を譲った。
団の中でも最年長で、僕が生まれる前からそばにいる家臣だ。
老齢、と言ってもまだ50代の現役バリバリなのだが…
「では、そのように。ところで殿下」
と、ゲイリーは「思い出した」という顔で、顎髭を撫でながら目を細めて僕を見下ろす。
「懐中時計は早急に返してもらって下さいね」
僕は目を見開いた後、ニッコリ笑ってゲイリーに返した。
「考えておきます」
僕は神妙な面持ちで、眉間にシワを寄せ顎に手をやり、考えるような仕草をする。
「方角はわかったのか?」
兄上はおそるおそる僕に問いかける。
「あ、えぇ。方角は判りました。しかし…」
うーん…と僕は更に深く考えてみせる。
「何かあったのか?」
ただならぬ僕の様子に兄上は顔を顰めた。
「北東の方角…そう遠くない距離だと思うんですが、煙が上がってました」
僕の言葉を聞いて、兄以外の兵達も難しい顔をした。
「狼煙、ならいいんですが…煙の量が多いんですよね。大量に何かが焼けている様な…」
厳しい表情で僕は言う。
その場にいた全員が顔を強張らせる。
「ここに居ても仕方が無いだろう。方角がわかっているのなら、その煙の上がっている場所に向かうぞ。…嫌な予感がする」
兄上が青い顔で言うと、僕は神妙にコクリと頷いて煙の方角に歩き出した。
=====
徐々に焦げ匂いが鼻を掠める。
その方角に歩みを進めると血の匂いが混じって居る事に気がつく。
「武器を」
と、兄上と兵に指示を送る。自分も斧を握り絞め、慎重に前へ進む。
不意に視界が開け、砦が姿を現す。
「「「「!!!」」」」
「……」
雪狐と兄上は目の前惨状に愕然とする。
強固に見えた石壁はボロボロに崩れ、駐屯所のあった場所には木片が散らばり、
至る所に斬りつけられたフォレストラプトルの死体と、砦に残った雪狐の兵の無残に横たわった姿が確認出来た。
「なん…だ……?これは………」
「擬態を得意とする緑色のラプトル種…ですね。僕たちはフォレストラプトルと呼んでますが」
「そういう事を聞いてるんじゃない!」
苛立たしげに兄上が叫ぶ。目視で確認できる範囲で言えば、雪狐の兵はここにいる3人だけという事になるからだろう。
兄上は前回よりも倍以上の兵を連れて来たにもかかわらず、前回よりも多大な被害を負ったということになる。
「干渉に浸って気を抜かないで下さい。ここは血の匂いが多すぎる…ラプトルが居なくなっていたとしても、他のモンスターが寄ってくる可能性が高い」
「っく」と唇を噛み、兄上も雪狐も真っ青になりながら身構える。
立て続けに起きた悲劇に、誰もが絶望の表情を浮かべていた。
「殿下!」
奥からゲイリーが走ってこちらへ向かってくるのが見えた。
僕はホッとした顔で、ニッコリ笑ってゲイリーに手を振ってみせる。
「殿下!ご無事で!皆さんも!申し訳ありません。はぐれた事に気が付くのが遅れてしまいました」
「酷いですゲイリー。自分の主人を置いてサッサと逃げるなんて。夢想の兵は皆薄情で、僕は泣きそうです」
さも悲しいという顔をして見せる。
「薄情なのは主人に似てしまったので諦めてください。それより、すぐにここから立ち去った方が良いかと思います。生き残った雪狐の兵は既に森の入り口に待機させています」
「生存者が居るのか?!誰が残っている?!」
兄上はゲイリーに掴みかかって必死に問い詰める。
「流石、と言いますか。17名です。と言っても重傷な兵も多くいるので急いだ方が良いでしょう」
「すまない…!」と兄上はゲイリーに頭を垂らして唸る。
「殿下…宜しいですね?」
と神妙な面持ちでゲイリーは僕をジッと見つめる。
僕は目を伏せて、深呼吸をすると静かに頷き、宣言した。
「直ちに拠点を破棄し、王都へ帰還する」
=====
あの惨劇から数時間後、外はすっかり暗くなって空には月が顔を出していた。
開拓地からしばらく進んだ村の宿で、僕はぼんやりレティの帽子を握りしめていた。
(やっぱり君は僕の運命の人なんだね。ありがとうレティ)
そっと目を閉じレティに語りかける。
瞼の裏でいつも彼女は元気に笑っている。
「何ニヤついているんですか。気持ち悪いですよ」
目を開けて扉の方を見ると、そこにゲイリーが立っていた。
「…君はどうしていつも僕の事を覗きに来るんですか?」
真っ赤になって、じとりとゲイリーを睨みつける。
「私はちゃんとノックもしましたし、声も掛けましたよ。それよりこの先どうするんですか?」
ゲイリーの言葉に僕は顔を顰める。
「どうするんですかって、君が拠点を破棄するって言ったんじゃないですか。聞きたいのは僕の方ですよ」
僕は拗ねたように口を尖らせゲイリーに言い返す。
森でレイスに遭遇し、はぐれてしまった事以外は全て計画通りだった。
ブラッディグリズリーは第13拠点で以前捕獲し、訓練用に飼育していたモンスターだった。
予め通達を行い、ゲイリーがあの場所の近辺に熊を放したのだ。
ただ、気掛かりなのはレイスがあの場に居た事だ。
放った兵が襲われていなければ良いのだが…
僕の考えが解ったのかゲイリーが口を開く。
「夢想なら大丈夫ですよ。アレは転送実験も兼ねて飛ばしたモノでしたから。結果はおそらく成功でしょうね」
ゲイリーの言葉にほっと息をつく。
「しかし、レイスでこちらも多大な被害を負いました…砦は砦で、アレでもちゃんとそれなりに重要な場所だったんですよ?結局、非戦闘員も巻き込んでしまいましたし」
砦を襲ったフォレストラプトルは半獣族によるものだった。
東のダミー拠点で待機させ、彼らの能力を実験的に測ったのだ。
勿論、一番の目的は兄上の疑いを晴らす事にある。
「陣さえ残っていればまたいつでも再建できるでしょうに。雪狐の実力も判りましたし良しとして下さい」
はぁ〜と僕は大きく嘆息する。
「簡単に言わないで下さい。何でもかんでもタダじゃないんですよ?資金は余裕どころか赤字だというのに、どっから出せと言うんですか」
ゲイリーは得意げに背で腕を組むと、しれっと言い放った。
「今回の騒動はそもそもリオネス様の強行によるものが原因なのですから、雪狐に出させれば良いじゃないですか。きっと罪悪感で喜んで出して下さいますよ」
…ゲイリーはやっぱり宰相の方が合ってるんじゃないだろうか。
「君が僕の部下で良かったです。絶対敵に回したくないですね」
僕がそう言うとゲイリーはニッコリ笑って、
「お褒めに預かり光栄です」
と言った。
僕は呆れた顔でゲイリーを見た後、今後の事を話した。
「当面は王城で過ごすことになりますね。資金繰りと兵集めを理由にまたフラフラしに行こうとも思いますが…少し試したい事もあります。拠点再建まで長期に渡って王城が拠点になるかとは思います。半年か、1年か…それ以上か」
膝の上で手を組んで、部屋の壁を見据える。
どうせ王城に戻るなら、この機に出来ることは全部やってしまおうと画策する。
おそらく第1拠点が再建されれば、王城へ戻るチャンスはもう無くなるだろう。
ゲイリーは顎髭を撫でながら首を傾げる。
「試したい事、ですか。そうですね…私も少々気になる事があるので、いい機会かも知れません。しかし、あちらの管理はどうなさるおつもりですか?王城へ戻れば連絡を取り合うのは難しくなるのではないでしょうか」
あちらというのは本陣の第5拠点の事だ。
全拠点の管理と市政を担っている。
「そのためのホルガーじゃないですか。君もあちらの指揮と管理はレフナムに任せればいいでしょう。連絡手段は追い追い考えます」
レフナム・クーベは夢想騎士団の副団長だ。
元団長なのだが、老齢を理由にホルガーにその席を譲った。
団の中でも最年長で、僕が生まれる前からそばにいる家臣だ。
老齢、と言ってもまだ50代の現役バリバリなのだが…
「では、そのように。ところで殿下」
と、ゲイリーは「思い出した」という顔で、顎髭を撫でながら目を細めて僕を見下ろす。
「懐中時計は早急に返してもらって下さいね」
僕は目を見開いた後、ニッコリ笑ってゲイリーに返した。
「考えておきます」
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