ウイニー王国のワガママ姫
名も無き森 1【フィオ編】
ウイニー王国から東の地、リン・プ・リエン王国。
ウイニーとほぼ同時期に建国されたこの国は、歴史から見ても些か好戦的な国であった。
幾度とない内乱と数え切れない侵略により国庫を豊かにしてきたのだ。
そして政権争いにより、多くの王朝が没落していった。
リン・プ・リエンの法典は今から300年ほど前に作られた。
その法典が出来た事によって、ようやく国の治世は落ち着きを見せていた。
中でも重要視されるのは、王の即位に関する事項だ。
王は王族の中から国民による選挙で決められる。
無論、貴族の選挙権が絶大なる力を持つこの国では、平等な選挙など行われてきてはいないのだが、それでもこの好戦的な国の平和に一役買っている取り決めである事は一目瞭然だった。
しかし数年前、病気を理由に前王が退位した後、選挙は行われなかった。
体の弱い王には3人の息子が居たが、一番上の息子以外はまだ成人していない事が理由だった。
だが、歴史を遡ってもそんな理由で選挙が行われなかった事は一度たりとも無かったのだ。
しかし、この理由に異を唱える者は誰一人居なかった。
この提案を行ったのは、現王であるエルネスト・バルフ・ラスキンだった。
国王の病気も理由に付け加え、早急に即位式を執り行ったのである。
実際に空席の期間は短い方がいいのは明白で、成人してもいない子供に政をやらせる事に誰もが不安だったのだ。
エルネストが即位した数週間後、前王は崩御した。
ーー国民が悲しみにくれる中、ただ一人、静かに意識を覚醒させた人物がいた。
=====
リン・プ・リエンから南に位置する開拓地に、僕は再び帰ってきた。
当初の予定では、ウイニーを経由して再びベルンを巡る筈だった。
しかし、ウイニーで思わぬ収穫を得たことによって再び開拓地へ舞い戻る事となったのだった。
ーーリン・プ・リエン王国 第三王子 フィオディール・バルフ・ラスキン
この国にいる間は、皆が僕をそう呼ぶだろう。
テディと言う名の武器商人も吟遊詩人もはここには居ない。
第1地区と名付けた北東に位置する開拓地へ赴くと、地区の最高責任者であるゲイリー騎士団長が、慌てて出迎えに来た。
ゲイリー・オ・ガ・ジャミルは夢想騎士団の団長で表向きでいえば副団長に当たる、ベルン連邦国のイスクリス国貴族の血を引いたハーフだ。
肌の色は少しだけ浅黒く、目は濃い青色で髪は鴉のように艶のある黒をしていて、顔には髪と同じ色の短い顎髭を生やしている。歳は27だ。
「殿下!随分お早いご帰還ですね。丁度よかった、報告しなければならない事がございます」
大方、盗賊をやっていた半獣族の件だろうと予想する。
「もう少し周ってから帰るつもりだったんですが、少し思いついたことがあったので帰還しました。ここではなんですから、城へ移動しますか」
僕が歩き出そうとすると、ゲイリーは腕を掴んで耳打ちをした。
「いえ、ここからでは遠いので砦へ移動しましょう。間者の情報でリオネス様がこちらへ赴くかもしれないとの報告が御座いました」
「兄上が?」
第二王子リオネス・バルフ・ラスキン。
兄王エルネストに命じられて、一緒に南の開拓を行う筈だった二番目の兄だ。
もっとも、その兄は早々に仕事を放棄したのだが。
「そうですね、その件は後でじっくり聞きましょう。では砦へ移動しましょう」
砦は第1地区を囲む石壁に併設する形で作られていた。
けして強固とは言えない形ばかりの石壁に形ばかりの砦なので、地区の中では"最も危険な安全地帯"となっている。
この地のモンスターに石壁だけではあまりに頼りない。
それにはそれなりの理由があるが、この地区の責任者のゲイリーと、第5地区にいる人間以外はその理由を知らない。
砦の中はとても簡素に出来ているが、会議場や執務室等、重要設備はキチンと兼ね備えている。
僕は執務室に入ると、城から宰相を呼ぶように通達する。
城はここからかなり離れた第5地区にある。
「宰相が来るまで報告を頼みます」
「ッハ。一週間ほど前になりますか、第18地区に殿下からの手紙と地図を所持した、犬型の半獣族達が80名程押し寄せてきまして、現在では第22地区の開拓地へ移動してもらっております」
第18地区はウイニー王国にほど近い場所にある。
あの辺りは比較的安全な地域だ。
僕が彼らをそこに誘導したのは、彼らが犠牲を払わずに開拓地へ移動できるようにする為だった。
僕はその人数を聞いて目を見開く。
あの時の盗賊はせいぜい12〜3人位しか居なかった筈だ。
「80名ですか?随分多いですね。僕が声を掛けた時は10名弱といったところだったのですが、これは嬉しい誤算です」
ゲイリーはコクリと神妙に頷く。
「しかし、第22地区ですか。出来れば第5地区に近い場所に、新たに彼らの拠点を作りたいですね」
第22地区は1番新しい地区だ。
第18地区からも第5地区からも離れた、南東の方にある。
ゲイリーは少しだけ驚いた顔をする。
新参者は今まで中央拠点から程遠い場所に割り当ててきた。
それが中央拠点からすぐの場所に彼らを置くというのだ。
驚かないわけはない、か。
「彼らはそこまで信頼に値する一族なのですか?」
ゲイリーは疑わしげに質問をしてくる。
「信頼、ですか。それはこれから彼らと築いて行かなければならないものでしょうね。僕が彼らを側に置きたい理由は別にあります」
「と、仰いますと?」
フフフと僕は微笑を浮かべる。
ゲイリーはそんな僕の様子を不思議そうに見ている。
「まぁ、それは宰相が来てから話します。兄上がこちらに来ると?」
ゲイリーはすぐに気持ちを切り替え、報告を続ける。
「間者によると陛下から直々に視察へ向かうように命令が下されたそうです。今現在は、渋々でしょうが準備を行っている段階です。」
「ふむ」と僕は机の上に手を伸ばし、体を伸ばす様にして背もたれに寄りかかる。
「ゲイリー。君はどう思う?」
口調を少しだけ硬くしてゲイリーに問いかける。
するとゲイリーは整った短い顎髭を撫でながら何か考え始める。
ゲイリーは僕が言いたいことを正確に捉え、口を開いた。
「この間の人員要請で兄王への忠誠信を疑われて派遣された。という所でしょうな。またどうせ直ぐ帰るでしょう」
「ゲイリー…本気で言ってるなら、僕は君に対する評価を改めるよ?」
僕がじとりと睨みつけると、ゲイリーはヒョイっと肩を竦めた。
以前の報告から僕は既に、兄王…エルネストがこちらの動きにかなり敏感になっていると判断していた。
あの時、側近は確かにこう言ったのだ。
『上々です。諜報の者の報告では、気取られている様子もなく、相変わらずこちらの報告を鵜呑みにしているとか』と。
『間者』ではなく『諜報の者』と言う時は、兄上の部下という事になる。
「殿下は冗談が通じませんね。エルネストの息のかかった兵士なんて望んではおられない癖に、必要のない人員要請を行って、エルネストを煽ったのは貴方ではないですか。では、反対にお聞き致しますが、何故このように相手にわざわざ疑われるような事をなさるのです?」
「………僕は兄上を殺す気は無い。ただ、真意が見えないだけだ」
「私情を挟むと足元を救われますよ」
「違うっ!」
これではそうだと言っているようなものだと言った後で気がつく。
僕はバツが悪くなって思わずゲイリーから顔を背けた。
ウイニーとほぼ同時期に建国されたこの国は、歴史から見ても些か好戦的な国であった。
幾度とない内乱と数え切れない侵略により国庫を豊かにしてきたのだ。
そして政権争いにより、多くの王朝が没落していった。
リン・プ・リエンの法典は今から300年ほど前に作られた。
その法典が出来た事によって、ようやく国の治世は落ち着きを見せていた。
中でも重要視されるのは、王の即位に関する事項だ。
王は王族の中から国民による選挙で決められる。
無論、貴族の選挙権が絶大なる力を持つこの国では、平等な選挙など行われてきてはいないのだが、それでもこの好戦的な国の平和に一役買っている取り決めである事は一目瞭然だった。
しかし数年前、病気を理由に前王が退位した後、選挙は行われなかった。
体の弱い王には3人の息子が居たが、一番上の息子以外はまだ成人していない事が理由だった。
だが、歴史を遡ってもそんな理由で選挙が行われなかった事は一度たりとも無かったのだ。
しかし、この理由に異を唱える者は誰一人居なかった。
この提案を行ったのは、現王であるエルネスト・バルフ・ラスキンだった。
国王の病気も理由に付け加え、早急に即位式を執り行ったのである。
実際に空席の期間は短い方がいいのは明白で、成人してもいない子供に政をやらせる事に誰もが不安だったのだ。
エルネストが即位した数週間後、前王は崩御した。
ーー国民が悲しみにくれる中、ただ一人、静かに意識を覚醒させた人物がいた。
=====
リン・プ・リエンから南に位置する開拓地に、僕は再び帰ってきた。
当初の予定では、ウイニーを経由して再びベルンを巡る筈だった。
しかし、ウイニーで思わぬ収穫を得たことによって再び開拓地へ舞い戻る事となったのだった。
ーーリン・プ・リエン王国 第三王子 フィオディール・バルフ・ラスキン
この国にいる間は、皆が僕をそう呼ぶだろう。
テディと言う名の武器商人も吟遊詩人もはここには居ない。
第1地区と名付けた北東に位置する開拓地へ赴くと、地区の最高責任者であるゲイリー騎士団長が、慌てて出迎えに来た。
ゲイリー・オ・ガ・ジャミルは夢想騎士団の団長で表向きでいえば副団長に当たる、ベルン連邦国のイスクリス国貴族の血を引いたハーフだ。
肌の色は少しだけ浅黒く、目は濃い青色で髪は鴉のように艶のある黒をしていて、顔には髪と同じ色の短い顎髭を生やしている。歳は27だ。
「殿下!随分お早いご帰還ですね。丁度よかった、報告しなければならない事がございます」
大方、盗賊をやっていた半獣族の件だろうと予想する。
「もう少し周ってから帰るつもりだったんですが、少し思いついたことがあったので帰還しました。ここではなんですから、城へ移動しますか」
僕が歩き出そうとすると、ゲイリーは腕を掴んで耳打ちをした。
「いえ、ここからでは遠いので砦へ移動しましょう。間者の情報でリオネス様がこちらへ赴くかもしれないとの報告が御座いました」
「兄上が?」
第二王子リオネス・バルフ・ラスキン。
兄王エルネストに命じられて、一緒に南の開拓を行う筈だった二番目の兄だ。
もっとも、その兄は早々に仕事を放棄したのだが。
「そうですね、その件は後でじっくり聞きましょう。では砦へ移動しましょう」
砦は第1地区を囲む石壁に併設する形で作られていた。
けして強固とは言えない形ばかりの石壁に形ばかりの砦なので、地区の中では"最も危険な安全地帯"となっている。
この地のモンスターに石壁だけではあまりに頼りない。
それにはそれなりの理由があるが、この地区の責任者のゲイリーと、第5地区にいる人間以外はその理由を知らない。
砦の中はとても簡素に出来ているが、会議場や執務室等、重要設備はキチンと兼ね備えている。
僕は執務室に入ると、城から宰相を呼ぶように通達する。
城はここからかなり離れた第5地区にある。
「宰相が来るまで報告を頼みます」
「ッハ。一週間ほど前になりますか、第18地区に殿下からの手紙と地図を所持した、犬型の半獣族達が80名程押し寄せてきまして、現在では第22地区の開拓地へ移動してもらっております」
第18地区はウイニー王国にほど近い場所にある。
あの辺りは比較的安全な地域だ。
僕が彼らをそこに誘導したのは、彼らが犠牲を払わずに開拓地へ移動できるようにする為だった。
僕はその人数を聞いて目を見開く。
あの時の盗賊はせいぜい12〜3人位しか居なかった筈だ。
「80名ですか?随分多いですね。僕が声を掛けた時は10名弱といったところだったのですが、これは嬉しい誤算です」
ゲイリーはコクリと神妙に頷く。
「しかし、第22地区ですか。出来れば第5地区に近い場所に、新たに彼らの拠点を作りたいですね」
第22地区は1番新しい地区だ。
第18地区からも第5地区からも離れた、南東の方にある。
ゲイリーは少しだけ驚いた顔をする。
新参者は今まで中央拠点から程遠い場所に割り当ててきた。
それが中央拠点からすぐの場所に彼らを置くというのだ。
驚かないわけはない、か。
「彼らはそこまで信頼に値する一族なのですか?」
ゲイリーは疑わしげに質問をしてくる。
「信頼、ですか。それはこれから彼らと築いて行かなければならないものでしょうね。僕が彼らを側に置きたい理由は別にあります」
「と、仰いますと?」
フフフと僕は微笑を浮かべる。
ゲイリーはそんな僕の様子を不思議そうに見ている。
「まぁ、それは宰相が来てから話します。兄上がこちらに来ると?」
ゲイリーはすぐに気持ちを切り替え、報告を続ける。
「間者によると陛下から直々に視察へ向かうように命令が下されたそうです。今現在は、渋々でしょうが準備を行っている段階です。」
「ふむ」と僕は机の上に手を伸ばし、体を伸ばす様にして背もたれに寄りかかる。
「ゲイリー。君はどう思う?」
口調を少しだけ硬くしてゲイリーに問いかける。
するとゲイリーは整った短い顎髭を撫でながら何か考え始める。
ゲイリーは僕が言いたいことを正確に捉え、口を開いた。
「この間の人員要請で兄王への忠誠信を疑われて派遣された。という所でしょうな。またどうせ直ぐ帰るでしょう」
「ゲイリー…本気で言ってるなら、僕は君に対する評価を改めるよ?」
僕がじとりと睨みつけると、ゲイリーはヒョイっと肩を竦めた。
以前の報告から僕は既に、兄王…エルネストがこちらの動きにかなり敏感になっていると判断していた。
あの時、側近は確かにこう言ったのだ。
『上々です。諜報の者の報告では、気取られている様子もなく、相変わらずこちらの報告を鵜呑みにしているとか』と。
『間者』ではなく『諜報の者』と言う時は、兄上の部下という事になる。
「殿下は冗談が通じませんね。エルネストの息のかかった兵士なんて望んではおられない癖に、必要のない人員要請を行って、エルネストを煽ったのは貴方ではないですか。では、反対にお聞き致しますが、何故このように相手にわざわざ疑われるような事をなさるのです?」
「………僕は兄上を殺す気は無い。ただ、真意が見えないだけだ」
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