ウイニー王国のワガママ姫
レディとプリンセスの狭間で 5
=====
翌日の新聞を見ると、早速というべきか…
見出しの記事は『ワガママ姫、皇太子と婚約間近か?!』になっていた。
正式な話ではないとお父様は言っていたが、目敏い新聞記者にげんなりする。
居間にあるソファーに仰向けで寝転がりながら、今ある問題を頭の中で整理する。
半獣族の問題、テディの難民の問題、私の縁談の問題。
新しい家庭教師の問題はお父様が諦めたのか、今の所私の所に話は来ていない。
しかしお姉様の事があるので、そう遠からずに新しくやって来るだろう。
半獣族の問題はひとまず叔父様やレイに任せていい気がする。
私は政治家ではないし、王城で働いている訳でも無いので、悔しいけれどこれ以上は今は何も出来ないと思う。
テディの難民の問題…せめて薬の調達位は手伝えれば良いのだけど、やっぱりこれも今の私の手に余ってしまう。
縁談の問題は……
「逃げたい」
誰もいない部屋でボソリと呟く。
一ヶ月前、クロエとテディと旅した時はとても大変だったけど、
あの数日間は、私の16年というまだ短い人生の中で一番楽しかった時間だと思う。
自分を偽ることなくいられたし、知らなかった事をいっぱい知ることが出来た。
「そうか………逃げちゃえばいいんだ」
私は舞踏会の直後の出来事を思い出した。
あの時はレイに濡れ衣を着せてダールへ向かったけど、今回はそのまま"縁談がイヤ"で逃げればいいじゃない!
ついでに旅先で、半獣族とテディの為に何か出来ることはないか探せば良いのよ!
私はソファーから起き上がると早速書庫へ向かい、例の旅行記とめぼしい書物を手にして部屋へ戻った。
=====
私は前回の教訓から入念に準備を行った。
先ずは街に出て資金の調達、物品の買い出し、そしてお父様に没収された武器の回収。
旅程の計画に、体力強化etc…
そして最後の仕上げは『かかとの折れたハイヒール亭』にあった。
数日かけて練りに練ったこの計画を胸に、まだ草木も眠っている午前3時に私は屋敷を飛び出した。
向かったのは王都にある『かかとの折れたハイヒール亭』
フェンスに住むアルダの姉、ヒルダが経営する本店だ。
最近ではだいぶ日が沈むのも早くなって来て心なしか涼しくなっていたので、服装は七分袖の白いシャツに、セーラー柄の濃い紺色の短パン型のコンビネゾンを合わせ、下には黒いスパッツ、靴は赤いスポーティーなショートブーツを履いている。
頭にはクロエから何枚か貰ったうちの一つで、赤いバンダナを被っている。
髪もあの時は耳が隠れる位しかなかったのに、今では首辺りまで伸びている。
一足の折れた赤い靴の飾りがついた扉をそーっと開けると、カランカランと心地のいい音が店内に響き渡った。
既に客足は疎らで、閉店準備に取り掛かる所だった。
「今日はそろそろ閉店だよ」
と、カウンター越しに後ろを向いて片付けをしていた、長いウェーブの入った黒髪の女性が声を掛ける。
「こんばんわ!」
と私が声を掛けると、彼女はギョッとして後ろを振り返る。
私は彼女にニッコリ笑ってカウンターに駆け寄った。
「レティ、あんた、こんな時間になに考えてるんだ?何度も言うけど、お姫様が居ていいとこじゃないよ?」
女性にしてはハスキーな声のヒルダは髪こそ長いものの、アルダと違って服は紳士服を着ている。
ヒルダの口癖は「男に生まれたかった」だ。
「頼んだもの、出来てるでしょ?それを取りに来たの」
カウンターに肘をつきながらニッコリ笑いながら彼女に言うと、ヒルダは肩を落としながら「はぁ…」と大きく溜息をついた。
「あんた、本気で海を渡る気か?あんたに頼まれた航路はまだギリギリ内海に当たるけど、それでも危険なんだよ?」
私が彼女に頼んだのは、渡航許可証だった。
この国では海を渡るには乗船チケットの他にこれがどうしても必要になる。
しかし渡航許可証の発行には身分を提示しなければいけないので、屋敷を抜け出そうとしている私が手に入れるには少々厄介だった。
そうなると必然的にここに頼る他無かったのだ。
「本気。陸路で行く手も考えたけど、徒歩だとどうしても追っ手に捕まるリスクが高いんだもの。許可証貰ったらそのまま港へ向かうわ。ヒルダにはちゃんと報酬も渡した。今更渡せないなんて言わないでよ?」
やれやれ。といった顔で、ヒルダは渋々カウンターの下から、手のひらサイズの渡航許可証を出した。
許可証にはハニエル・エボンスキンと名前が書いてある。
表を見たり、裏返して見たりする。
「許可証自体は本物だ。提示した身分証は偽物だけど、船乗るだけならそっちはいらないだろう?」
私はコックリ頷いてヒルダにお礼を言った。
「十分よ。あとは自分で何とかするし。ヒルダに頼んで良かったわ。アルダだったら全力で止めるもの」
「ああ、あの子はね…私は客を贔屓しないだけだ。報酬さえあれば誰であろうとキチンと仕事はする。だけどね、家族がちゃんと居るんだからあまり心配はかけちゃダメだとも思う」
「よく考えな」とヒルダは言う。
確かに私は突発的に行動するし、前回の事もあるからもうちょっと考えた方が良いのかもしれないとも思うんだけど。
それでもやっぱり今はこの方法しか思いつかないのだ。
もしかしたらこの理由すら大義名分で、自分は本当は旅に出たいだけなのかも知れない。
許可証を見つめたまま考え込んでいた私はヒルダを見上げると真っ直ぐその目を見つめ宣言した。
「私は行くわ。もっと自分の知らない事を知って、自分に出来る事を探すの。家族に心配を掛けるって言うならお互い様よ!だってお父様は海外赴任ばっかりだし、お兄様は一応兵士よ?いつ死んでもおかしくないわ」
ふんっと鼻で息を吐いて胸を張って見せる。
ヒルダは苦笑して「屁理屈だ」と呟いた。
「あたしは何も見てない。許可証なんて知らないさ。店じまいの邪魔だよ。とっとと出て行くんだね」
ヒルダはシッシと手を追い返すように振ると、クルッと後ろを向いてまたグラスを片付け始めた。
「ありがとう!行ってきます!お手紙書くわ!」
ヒルダが後ろ手に手を振るのを確認すると、私は店を後にした。
翌日の新聞を見ると、早速というべきか…
見出しの記事は『ワガママ姫、皇太子と婚約間近か?!』になっていた。
正式な話ではないとお父様は言っていたが、目敏い新聞記者にげんなりする。
居間にあるソファーに仰向けで寝転がりながら、今ある問題を頭の中で整理する。
半獣族の問題、テディの難民の問題、私の縁談の問題。
新しい家庭教師の問題はお父様が諦めたのか、今の所私の所に話は来ていない。
しかしお姉様の事があるので、そう遠からずに新しくやって来るだろう。
半獣族の問題はひとまず叔父様やレイに任せていい気がする。
私は政治家ではないし、王城で働いている訳でも無いので、悔しいけれどこれ以上は今は何も出来ないと思う。
テディの難民の問題…せめて薬の調達位は手伝えれば良いのだけど、やっぱりこれも今の私の手に余ってしまう。
縁談の問題は……
「逃げたい」
誰もいない部屋でボソリと呟く。
一ヶ月前、クロエとテディと旅した時はとても大変だったけど、
あの数日間は、私の16年というまだ短い人生の中で一番楽しかった時間だと思う。
自分を偽ることなくいられたし、知らなかった事をいっぱい知ることが出来た。
「そうか………逃げちゃえばいいんだ」
私は舞踏会の直後の出来事を思い出した。
あの時はレイに濡れ衣を着せてダールへ向かったけど、今回はそのまま"縁談がイヤ"で逃げればいいじゃない!
ついでに旅先で、半獣族とテディの為に何か出来ることはないか探せば良いのよ!
私はソファーから起き上がると早速書庫へ向かい、例の旅行記とめぼしい書物を手にして部屋へ戻った。
=====
私は前回の教訓から入念に準備を行った。
先ずは街に出て資金の調達、物品の買い出し、そしてお父様に没収された武器の回収。
旅程の計画に、体力強化etc…
そして最後の仕上げは『かかとの折れたハイヒール亭』にあった。
数日かけて練りに練ったこの計画を胸に、まだ草木も眠っている午前3時に私は屋敷を飛び出した。
向かったのは王都にある『かかとの折れたハイヒール亭』
フェンスに住むアルダの姉、ヒルダが経営する本店だ。
最近ではだいぶ日が沈むのも早くなって来て心なしか涼しくなっていたので、服装は七分袖の白いシャツに、セーラー柄の濃い紺色の短パン型のコンビネゾンを合わせ、下には黒いスパッツ、靴は赤いスポーティーなショートブーツを履いている。
頭にはクロエから何枚か貰ったうちの一つで、赤いバンダナを被っている。
髪もあの時は耳が隠れる位しかなかったのに、今では首辺りまで伸びている。
一足の折れた赤い靴の飾りがついた扉をそーっと開けると、カランカランと心地のいい音が店内に響き渡った。
既に客足は疎らで、閉店準備に取り掛かる所だった。
「今日はそろそろ閉店だよ」
と、カウンター越しに後ろを向いて片付けをしていた、長いウェーブの入った黒髪の女性が声を掛ける。
「こんばんわ!」
と私が声を掛けると、彼女はギョッとして後ろを振り返る。
私は彼女にニッコリ笑ってカウンターに駆け寄った。
「レティ、あんた、こんな時間になに考えてるんだ?何度も言うけど、お姫様が居ていいとこじゃないよ?」
女性にしてはハスキーな声のヒルダは髪こそ長いものの、アルダと違って服は紳士服を着ている。
ヒルダの口癖は「男に生まれたかった」だ。
「頼んだもの、出来てるでしょ?それを取りに来たの」
カウンターに肘をつきながらニッコリ笑いながら彼女に言うと、ヒルダは肩を落としながら「はぁ…」と大きく溜息をついた。
「あんた、本気で海を渡る気か?あんたに頼まれた航路はまだギリギリ内海に当たるけど、それでも危険なんだよ?」
私が彼女に頼んだのは、渡航許可証だった。
この国では海を渡るには乗船チケットの他にこれがどうしても必要になる。
しかし渡航許可証の発行には身分を提示しなければいけないので、屋敷を抜け出そうとしている私が手に入れるには少々厄介だった。
そうなると必然的にここに頼る他無かったのだ。
「本気。陸路で行く手も考えたけど、徒歩だとどうしても追っ手に捕まるリスクが高いんだもの。許可証貰ったらそのまま港へ向かうわ。ヒルダにはちゃんと報酬も渡した。今更渡せないなんて言わないでよ?」
やれやれ。といった顔で、ヒルダは渋々カウンターの下から、手のひらサイズの渡航許可証を出した。
許可証にはハニエル・エボンスキンと名前が書いてある。
表を見たり、裏返して見たりする。
「許可証自体は本物だ。提示した身分証は偽物だけど、船乗るだけならそっちはいらないだろう?」
私はコックリ頷いてヒルダにお礼を言った。
「十分よ。あとは自分で何とかするし。ヒルダに頼んで良かったわ。アルダだったら全力で止めるもの」
「ああ、あの子はね…私は客を贔屓しないだけだ。報酬さえあれば誰であろうとキチンと仕事はする。だけどね、家族がちゃんと居るんだからあまり心配はかけちゃダメだとも思う」
「よく考えな」とヒルダは言う。
確かに私は突発的に行動するし、前回の事もあるからもうちょっと考えた方が良いのかもしれないとも思うんだけど。
それでもやっぱり今はこの方法しか思いつかないのだ。
もしかしたらこの理由すら大義名分で、自分は本当は旅に出たいだけなのかも知れない。
許可証を見つめたまま考え込んでいた私はヒルダを見上げると真っ直ぐその目を見つめ宣言した。
「私は行くわ。もっと自分の知らない事を知って、自分に出来る事を探すの。家族に心配を掛けるって言うならお互い様よ!だってお父様は海外赴任ばっかりだし、お兄様は一応兵士よ?いつ死んでもおかしくないわ」
ふんっと鼻で息を吐いて胸を張って見せる。
ヒルダは苦笑して「屁理屈だ」と呟いた。
「あたしは何も見てない。許可証なんて知らないさ。店じまいの邪魔だよ。とっとと出て行くんだね」
ヒルダはシッシと手を追い返すように振ると、クルッと後ろを向いてまたグラスを片付け始めた。
「ありがとう!行ってきます!お手紙書くわ!」
ヒルダが後ろ手に手を振るのを確認すると、私は店を後にした。
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