ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

2章 プロローグ

 あの騒動から一ヶ月が経った。


 街ではあの数日間の噂が一気に駆け巡り、
『王子、ワガママ姫にフラれる!』
『ワガママ姫、西へ駆け落ち!』
『ワガママ姫、兄妹の間で確執か?』
 等、当たらずとも遠からずな見出しの記事が、暫くの間、出回った。


 幸いにも噂に統一性が無かった所為か、レイのあの二股疑惑も、
「あの温厚殿下に限って、そんな事はないだろう。ひがむ奴らの噂話だ」
 と、街の人たちに片付けられた。


 レイが結婚出来なくなったらどうしようと、罪悪感で一杯だった私は、ひとまずホッと息を着いたのだった。


 そして数日前、やっと謹慎が解かれ、お兄様の婚約者、リヴェル侯爵の娘、コルネリアが家に引っ越して来た。
 婚約式は3ヶ月後、結婚式は一年後だ。


 これから一年かけて、コルネリアは、ビセット家のしきたりを覚えるための花嫁修行をする事になっている。
 お父様に挨拶をし、私がコルネリア………お姉様を部屋に案内する。


 部屋は生前、お母様が使っていた部屋で、東館の日当たりのいい、2番目に大きな部屋だ。
 調度品はそのままだけど、ドレスや化粧類等、身の回りのものは新品を用意した。


「何か入り用な物が御座いましたら、なんでも仰って下さい」
 ニッコリ微笑んで、私はお姉様に社交辞令の挨拶をする。
 お姉様は目を輝かせ、部屋をキョロキョロと見渡した。


「流石、公爵家ですね…どれも洗練されてて、私が使って良いんでしょうか?」
 戸惑いながら申し訳なさそうにお姉様は言った。


 今日のお姉さまは、赤い髪を片方に寄せパーマをかけて一纏めにしている。
 ドレスも素朴ながら、綺麗なワインレッドと黒を基調にした、落ち着いた雰囲気のドレスを着ていた。
 誰がどう見ても貴婦人だ。


「お姉様が使わなくって、誰が使うと言うんですの?ワタクシはお兄様のお嫁さんにはなれないのですから、ちゃんとお姉様が使って下さいませ」
 顎を引き、冗談めいた口調でツンと済まして言ってやる。


 お姉様は、
「お、おねえさまだなんて…」
 と呟いて、顔を赤くして俯いてしまった。
 改めて確認されると、私も凄く恥ずかしくなり、カーッと顔に熱が駆け上がる。


「お、お姉様はお姉様です!わ、ワタクシは自室に戻りますので、後のことはお父様に聞いて下さい!」
 挨拶も早々に、西館の自室に慌てて戻った。


 ここまでのやり取りで終われば、微笑ましい将来の姉と妹のやり取りで、めでたしめでたしなんだけど、その後、自室に戻った私は、再びお父様に呼び出された。
 これが不運の幕開けだった。




 =====




「お呼びですか?お父様」


 書斎に入ると、ソファーに腰掛けた父が笑顔で出迎えた。
 因みにうちの書斎は西館の一階、私の部屋の真下に位置する場所にある。
 書斎の隣は書庫になっていて、続き扉がある一風変わった作りになっている。


「まぁ、そこに腰掛けてお茶でも飲みなさい」
 私はお父様の向かいに腰掛けると、既に用意されていたお茶をゆっくり味わった。


 ここ暫くは、謹慎で私も素直に大人しくしていた所為か、お父様のご機嫌はすこぶる調子が良かった。
 勿論この日もご機嫌の様子だった。


「知っての通りこれからアベルの婚儀までの間、コルネリアは家の作法や王宮での振る舞いを学ぶために様々な教育を受けなければならない。そこで、だ、お前もコルネリアと一緒に改めて1から花嫁修行を受けてもらおうと思っている」
「はぁ?!」
 お父様の言葉に、驚きのあまり、私はお茶をテーブルに叩きつけて、思わず立ち上がってしまった。


 ソーサーの上のみならず、テーブルも絨毯も濡れてしまった。
 慌てて執事が侍女を呼ぶ。侍女は布巾を持ってきて、私と父が微動だにしない中、懸命にお茶を拭き取っている。


「…ワタクシは、小さい頃から王宮で、それはそれは嫌という程、完璧にどれも会得しました。もう必要ないかと思いますが?」
 粛々と何事もなかったかのように座ると、目を伏しがちにお父様に訴えた。


「果たしてそうだろうか?」
 と、お父様は口髭を撫でながら目を細くする。


「お前は父が何も知らないとでも思っている様だが、この1ヶ月本当に大人しくしていたのかな?」


 ギクッ


「なんでも陛下が数週間前に、お忍びで何処かの若い令嬢と近隣の町までお出かけになられたそうじゃないか?」


 ギクギクッ


「それでどういうわけだか、お前に勲章を授けると陛下が言い出してなぁ」


 私の背中に嫌な汗が一筋流れる。
 手を胸の前に組み、引きつった笑顔で、ソローっと明後日の方向へ目線を送った。


(叔父様のバカァァァ!内緒って言ったのにーー!)


 にこォっとお父様は、私を見つめる。怖くてその顔を見る事は出来ない。


「まぁどうしたのかしら?叔父様がワタクシに勲章だなんて。ワタクシなんにもしていないのに。何かの間違いかと思いますわ」
「そうだろうなぁお前はここひと月ずーーーっと部屋に篭りっきりだったしなぁ?しかしなぁ?」


 父は自分のカップに手を伸ばしコーヒーをゆっくり一口飲むと、静かに元の場所に戻しまたまた目をほそーくして、私をジーーッと観察する。


「陛下がお忍びで出かけた際、なぜか殿下がそれはそれは可愛いうちの娘が、陛下を外に連れ出したと仰られてなぁ?おかしいと思わないかい?私には娘なんて1人しかいないし、その娘は謹慎中だったというのに一体全体どうなっているんだろうなぁ?」


 レイの裏切り者!いつか覚えてなさいよっ!
 ああ、なんとか言い逃れないと…このままじゃ本当に再教育だわ…


「お父様、世の中には自分と同じ顔をした人間が、少なくとも3人はいらっしゃるみたいですよ?きっと殿下も陛下も勘違いなさっているのですわ」
「ほぉ、そうかそうか勘違いか。そうだよなぁ〜それはそれはうちの可愛い娘が、父との約束を破るなんて悲しいことをするはずが無いもんなぁ?」


 うんうんと、私は必死でお父様に頷いてみせる。


「安心しなさいお前の父はお前を信じる。まさか父を騙すなんて、そんな酷いことを出来る子ではないからな?」


 ニッコリと腕を組みながら、お父様は曇りのない漆黒の瞳で、私を真っ直ぐに見つめる。
「………」
 ううう。そんな目で見られたら良心が…


 上目遣いでチラッとお父様を見ると、「ん?」とやはり笑顔で首を傾げる。




 …すみません。限界です。




「……ごめんなさい」
「何がだね?」


 伏し目がちに、お父様はコーヒーを嗜む。
 温厚閣下と言われてはいるけれど、叱る時も静かに周りから攻めてくるのでどうやったって勝ち目はないのだ。
 そして絶対に、声を荒げて叱りつけたりはしないのである。


「屋敷から抜け出して、陛下を外に連れ出したのは私です…」
 膝を見つめ、うな垂れながらお父様に素直に謝った。


「そうか、私の可愛い娘は父に嘘をついたのだな…悲しいなぁ」


 グサグサっと、私の中に何かが刺さる音がした。
 私は顔を上げられず、やはり小さく「ごめんなさい」と謝った。


「父は、正直に話してくれるお前が好きだから許そう」
 私が顔を見上げると、お父様の柔らかい笑顔がそこにあった。
 ほっと一息つくと、お父様は思い出したかのようにこう続けた。


「ああ、すまないね話が逸れてしまったな。勿論、お前も花嫁修業を受けてくれるね?素直で正直で、それはそれは可愛い私の娘よ」
「っぐ……」


 私はお父様に一生勝てないと思う。

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