ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

水と油とワガママと 5

 それを聞いたクロエは、
 目がこぼれ落ちるんじゃないかってくらい大きく見開くと、
 それはそれは大きな嘆息をついた。


「姫、私にも選ぶ権利はあると思います…」
 そう言ったクロエの目には、何故か憐れみの色が浮かんでいる。
 …なぜ私が、そんな目で見られないといけないんだろうか。


「それは当然そうだけど…例えばの話よ?例えばの。じゃあ、クロエはどんな人がタイプなの?」


 私がそう言うと、
 クロエはスクっと突然立ち上がり、脚やお尻に付いていた草をパサパサと払った。


「少なくともタヌキに嫁ぐ気は無いですね。…私は馬の状態を見てきます。姫とテディ殿は、先に夕飯を召し上がっていて下さい」


 タヌキ?と口を開こうとしたけど、
 言い終わる前に、クロエはさっさと馬のいる方へ歩いて行ってしまった。


 キャンプの方からは、
「ご飯出来ましたよ〜」と、大きく手を振るテディの姿が見えた。






 =====




 翌朝、 テントから外へ出ると
 何故か陰険な空気を漂わせた、テディとクロエが朝食の準備をしていた。


「おはよう?」と少々いぶかしみながら、
 2人の頬にキスを落とそうとすると、クロエがそれを制止した。


「姫、そう誰かれ構わずキスをなさるのはどうかと思います」
「えっ?」と言葉の意味が解らず戸惑ってしまう。


 今まで朝と夜の挨拶を、誰かに拒否されたことなんて一度も無かったのだ。
 そもそも昨日までは、そんなこと言わなかったのに。


「どうして?挨拶は大事でしょう?」
 困惑してクロエに聞き返す。


「挨拶は確かに大事ですが、キスをする必要は無いですよね?」
 とクロエが眉間にシワを寄せる。
 テディは何処か落ち着きがない様子で、頬をポリポリと掻いている。


「え?必要、無いの?」
 呆然と2人を交互に見る。


 そういえば、2人は挨拶の時にキスをしていない事に気がついた。
 もしかして自分は何か間違っていたんだろうか?と顔に熱が駆け上がる。


「家族同士、なら、そういう事もあるのかもしれませんが…普通はしないです」
「そ、そう…なの……ご、ごめんなさい。もうしないわ」


 真っ赤になってしゅんと俯いていると、
 テディがほんのり頬を染めて、
「ぼ、僕は別に気に…」と言いかけたところで、
 クロエがギッとテディを睨みつけた。ビクッとしてテディが押し黙る。


 なんだか今日のクロエは怖いな…と、思いつつ鍋の前に座る。
 終始微妙な空気の中、3人で朝食を食べたのだった。




 身支度を終え、馬に乗る。


「体の調子は大丈夫ですか?あまり無理しないで下さいね」
 とテディが声をかけてくれた。


 今日中にダールに着く。はやる気持ちと、相反する気持ちが押し寄せる中、
 手綱をギュッと握りしめ、馬に合図を送る。


 街道の丘はなだらかで、馬の歩みも心なしか軽やかだった。
 連日の移動にもかかわらず、馬は至って元気だ。


 丘を超えると渓谷が見えてきた。
 道幅は狭く、しかしキチンと整備された街道になっていて、
 岩肌からは木が至る所から生えている。
 まるで両脇から大自然が迫ってくるようだった。


 緑の気茂る崖の間を抜けると、人の生活の色が見え始める。
 王都の麦畑とは違い、野菜畑があちこちに点々と見て取れた。


「この辺りの地域は麦よりトウモロコシがよく育ちますので、こういった野菜畑が多いですね」
 とクロエが説明してくれた。
「村は後少し進んだ場所にありますので、そこで昼食にしましょう」


 そこから一刻程進んだ場所に村はあった。
 フェンスの前に立ち寄った村よりは大きな村で、商店や食堂も幾つかあるみたいだ。


「僕は換えの馬が手に入るか調べてきますので、お2人は先に、あのお店で昼食を取って下さい」
 テディは白い木造の店を指差し、厩舎の方へ歩いて行った。


 言われたとおり店に入ると、店の中は外観と同じように、
 温かみのある家庭的な内装になっていた。
 壁には、紫色のドライフラワーや花輪なんかが飾られている。


「いらっしゃいませ」と、明るい笑顔の女の子が出迎えてくれた。
 女の子は一瞬クロエを凝視して頬をポッと染めると、緊張した面持ちで、
「こ、こちらにどうぞ…」と席へ案内してくれた。


「連れが後からくる」とクロエが告げると、
 女の子がコクコクと、解っているのかいないのか頷いた後、
 慌ててメニューをテーブルに置いて下がった。


「クロエってこのお店に来たことあるの?」
 奥に下がった女の子をチラッと見ながらクロエに尋ねる。
 女の子はカウンター越しにチラチラと、
 頬を染めながらもクロエを見ているのがわかった。


「いえ、この店は無いですね。騎士団にいた時も王都へ移動した時も、村の宿を使いましたから」
 ふーん。と言って私はメニューに目を移す。


 村に入った時も、クロエを見る視線が割と気になった。
 きっと騎士団時代に、クロエを見知った人が多いのだろうと自己解決した。


 メニューはやはりトウモロコシの料理が中心で、
 名前を知らない料理も多かったので、クロエに適当に頼んでもらうことにした。


 料理を待っている間にテディが店に入ってきたので、手を振って呼びかけると、
 テディはこちらに気がつき、私の横に座った。


「テディ殿…お席、交換しましょうか?」
 クロエが微笑を浮かべ、テディに向かって言った。
 …目の奥は何故かとても怖い。


「いえ、大丈夫ですよ?レティは僕の隣、嫌ですか?」
 テディもニッコリとクロエに返事をする。
 2人の間に火花が見えるのは気のせいだろうか。


「別に嫌じゃないけど…なんか2人とも朝から変じゃない?どうしたの?」


 クロエは自分からそんなに話しかけるタイプじゃないな、とは思っていたけど、
 この2人が積極的に会話をしている所は見ていない気がする。
 必要最低限のやり取りというか……


 そう言えば、野盗に襲われた後も、意見が割れて言い合いになってた気がする。
 実はお互い嫌いなタイプとか、そういう感じだったりするのかな…?


「いえ、至って普通です」
 とクロエが目を伏せて応える。


「レティ、食事が来たみたいですよ」
 とテディも何事も無い様に私に声を掛ける。
 あまり突っ込まない方が良いんだろうか?


「適当に頼んじゃったけど、テディ追加で注文するものとかある?」
 隣のテディを見ると、
「いえ、これでいいです」と、何ともないように取り皿を配った。

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