ウイニー王国のワガママ姫
ワガママの精算 5
=====
翌朝、朝食を宿の食堂で食べていると、
バンッと、扉を開ける大きな音が入り口の方からした。
何事かと食堂に居た人々が、そちらに注目する。
入り口には、身なりは良いものの、その趣味は、頭をひねりたくなるような、
ゴテゴテした装飾の赤い軍服と、本人にして見ればビシッと決めた、
鯨油を塗りたくった、オールバックの長い赤髪の、
顔だけは眉目秀麗で、とてもとても残念な男がそこに立っていた。
「こちらに昨日、珍しい楽器を演奏していたという、吟遊詩人殿はおられるか?」
男はキョロキョロと店内を見渡している。
(な、なんで?!)
嫌な汗が背中を伝う。
帽子も眼鏡もしていなかった私は、ソロ〜ッと、クロエの後ろに隠れようとした。
しかし周りの人も、私が昨日演奏していたのを見ていたのか、
それとも一緒にいたクロエに気がついたのか、一斉にこちらに目線を向けてきた。
男は皆の視線に気がつき、こちらにカツンカツンと靴音を響かせ近づいてくる。
(い〜〜〜〜や〜〜〜〜〜!!)
と顔面蒼白になっている私にクロエが気が付き、警戒体制をとる。
「おお!こちらにいらしたか!実は無理を承知でお、ねが…い…………」
と男はそこまで言って、言葉を失う。
茫然自失とはこういうことを言うのね。
と、何処か妙に冷静に分析している自分がいた。
「晩餐会の件でしたら、お断りしたはずです。大変申し訳ないのですが、こちらも急いでおりますので。さ、ダニエル様、出発の準備をなさらなくては」
すみません失礼します。と、クロエが後ろに隠れていた私の腕を引き、
その場を離れようとする。
が、私は後ろからガシッと男に腕を掴まれ、顔を伏せていた、
私の顎をぐいっと上げ私の顔を刮目した。
「!!」
男がゴクリと生唾を飲む音が聞こえた。
「ひ、人違いです!」
と真っ青な顔で私は男に訴えるが、まるで聞こえてないようで、
その榛色の瞳には、感動の色が浮かんでいた。
身目だけで言えば、それなりに整っているといえる。言えるのだけど…
「子猫ちゃん!!」
と突然ガシッと男は私を抱きしめた。
(ぎゃーーーー!!)
と声にならない悲鳴を上げる。
全身鳥肌が立っているのが、おそらく他人にもわかるだろう。
「ダニエル様!無礼者!何をする!離しなさい!」
とクロエが制止するが、まっっっっっっったく彼の耳には届いていない。
ふーーっと深呼吸をする。落ち着け、落ち着け私。
諦めて、社交辞令の挨拶を試みる事にする。
そっと、彼の胸をなるべく優しく押しのけ彼を見上げると、
震えそうになりながら、なんとか必死で声を押し出した。
「いいの…クロエ……お久しぶりです。ヒース様…」
ーーヒース・フリック・デメリンド
それが彼の名前だった。
=====
「子猫ちゃん…私もとても会いたかったよ」
熱情のこもった榛色の瞳で私を見つめ、
ヒースは私の両頬を両手で包み込み、そっと顔を近づけてくる。
……って「も」ってなに?!「も」って!!
私はヒースの口をガシッと手で覆い、
「イヤですわ、ヒース様、こんな人が多い場所で、何をなさるの?」
と言って、なんとかヒースから離れようとする。
「あいかわらず恥ずかしがり屋なんだね。そんな君がとても可愛いよ」
(だからやめてってーー!)
ヒースは諦めたのか、私を離すと、今度は私の右手の甲にキスを落とした。
別の意味で気絶しそう…
「殿下の婚約者に…と聞いてまさかと思って君の家まで行ったあの日、胸が張り裂ける想いだったよ。君から手渡された御髪…あれから毎日君を想って眺めているんだ。あぁ、今では長かった髪もこんなに短くなってしまって」
とそれはそれは悲しそうに、私の髪を撫でまわす。
気持ちが悪い感触と、
あれから毎日…というセリフにぞぞぞーっと更に悪寒が走る。
この感じだと、眺めるだけで終わってないような…
と、想像しかけて恐ろしくなり、首を振る。
触らないで!と言いたいがそれも言えず、
ぎゅっと拳を握り、私はとうとう目尻に涙を浮かべる。
それをどう解釈したのか、
「ああ、泣かないで子猫ちゃん」
と、また抱きしめようとして来るので、
ささっと慌ててクロエの後ろに隠れた。
そうすると、ヒースはやはり勘違いをしたまま私を見つめる。
「照れなくてもいいのに…殿下を振ったと噂で聞いたよ…やはり私が忘れられなくてここまで来てしまったんだね。わかっているよ」
あああああ!もうここまで噂が流れてきてるのか…と頭を抱える。
「違いますわ。本当に急ぎの旅で…それに、ヒース様には誤解ですから諦めてくださいと言って、ワタクシの髪をお渡ししたはずです。お母様から頂いた真珠の代わりにはならないでしょうが…」
私がそう言うと、ヒースはクロエをグイッと押し除けて、私の前に立つ。
「殿下の事を気にしているんだね。大丈夫だよ。ここまで君は私を頼って逃げてきてくれたんだ。もう殿下に何も言わせないさ。私たちの間にはもう何も障害が無いんだ!」
どうしよう、話が全然通じないよ…と、私は茫然とする。
彼は私の様子に、気づいているのかいないのか、
さぁ、おいで。と、突然私の腕を引っ張って、外に出ようとする。
「姫!」
とクロエが制止するが、まったく聞かない。聞いていない。
「は、離してくださいませ!本当にワタクシは…」
そう言ったところで、ヒースの腕をガシッと掴む人物が居た。
「失礼、私の連れが何かしましたか?」
見上げると、ニコニコと愛嬌のある笑顔で、ヒースを見ている男性がいた。
鳶色の髪鳶色の目。目鼻立ちは、
男性にしては可愛らしいと言っていいのか悪いのか…
メルや私と同じくらいの歳?背も男性にしてみれば、そこまで高くない。
クロエと同じくらい?
そのクロエは、緊張したようにこちらを見ているけど、
どこか考え事をしているようにも見えた。
「君の連れ…?君は確か、昨日うちに来ていたな」
じろりとヒースが男を見る。彼はそれでも変わらず、何だか楽しそうに笑っている。
…あれ、でもよく見ると、目は、笑ってない。かも?
「はい、昨日は有難うございました。お陰様でこちらもだいぶ勉強させて頂きました」
どうやら彼はヒースと顔見知りらしい。
ハラハラと2人を見ていると、チラッと鳶色の瞳と目が合った。
「実は彼女は…私の婚約者でして、正式な発表はまだなのですが…これから祖国の両親に紹介しようと、一緒に旅をしているのです」
ね?と笑顔でこちらを見る。
ポカーンとしていた私は、ハッとして、慌てて鳶色の彼の腕に抱きつく。
「そ、そう!そうなの!ごめんなさいヒース。あなたはいい人だと思うのだけど、私彼のことが……す、す、好きなのよっ!」
それは、いまだかつて言ったことのないセリフだった。
セリフの重さに、言った後で気がついて、
私は湯気が出そうなくらいに顔を赤くした。
それが良かったのかどうだったのか、ヒースはすっかり私の言葉を信じてしまった。
「そ、そんな…子猫ちゃん…レティ………いくらなんでも…こんな、何処の馬の骨ともわからない様な…君は、騙されて…………」
確かに、どこの誰かはわかんないけど、おそらく貴方よりはましだと思ってしまう。
そっとヒースの手に、私は両手を添えて、悲しそうな目で彼を見つめる。
「ヒース様…ワタクシの事を思ってくださるなら、どうか見逃して下さいまし。わ……ワタクシ、は、彼、無しでは、生きて、いけないの、です…」
恥ずかしさのあまりギュッと目を瞑り、そっと顔を俯け、涙を浮かべる。
芝居がかった台詞に、内心身悶えしながら、
耐えろ!とまでにぐっと唇を噛みしめる。
その私の様子に、ヒースは思いつめた表情で、私の両手を握り返す。
「わ、かりました…そこまでこの者の事を、思って、いらっしゃるのですね。私は、何も見ませんでした。どうか…どうかお幸せに!」
うわあああーーとヒースは頭を抱え、絶叫しながら店を後にした。
宿の中にいた人も、沿道にいた人も、ポカーンとヒースを見送った。
翌朝、朝食を宿の食堂で食べていると、
バンッと、扉を開ける大きな音が入り口の方からした。
何事かと食堂に居た人々が、そちらに注目する。
入り口には、身なりは良いものの、その趣味は、頭をひねりたくなるような、
ゴテゴテした装飾の赤い軍服と、本人にして見ればビシッと決めた、
鯨油を塗りたくった、オールバックの長い赤髪の、
顔だけは眉目秀麗で、とてもとても残念な男がそこに立っていた。
「こちらに昨日、珍しい楽器を演奏していたという、吟遊詩人殿はおられるか?」
男はキョロキョロと店内を見渡している。
(な、なんで?!)
嫌な汗が背中を伝う。
帽子も眼鏡もしていなかった私は、ソロ〜ッと、クロエの後ろに隠れようとした。
しかし周りの人も、私が昨日演奏していたのを見ていたのか、
それとも一緒にいたクロエに気がついたのか、一斉にこちらに目線を向けてきた。
男は皆の視線に気がつき、こちらにカツンカツンと靴音を響かせ近づいてくる。
(い〜〜〜〜や〜〜〜〜〜!!)
と顔面蒼白になっている私にクロエが気が付き、警戒体制をとる。
「おお!こちらにいらしたか!実は無理を承知でお、ねが…い…………」
と男はそこまで言って、言葉を失う。
茫然自失とはこういうことを言うのね。
と、何処か妙に冷静に分析している自分がいた。
「晩餐会の件でしたら、お断りしたはずです。大変申し訳ないのですが、こちらも急いでおりますので。さ、ダニエル様、出発の準備をなさらなくては」
すみません失礼します。と、クロエが後ろに隠れていた私の腕を引き、
その場を離れようとする。
が、私は後ろからガシッと男に腕を掴まれ、顔を伏せていた、
私の顎をぐいっと上げ私の顔を刮目した。
「!!」
男がゴクリと生唾を飲む音が聞こえた。
「ひ、人違いです!」
と真っ青な顔で私は男に訴えるが、まるで聞こえてないようで、
その榛色の瞳には、感動の色が浮かんでいた。
身目だけで言えば、それなりに整っているといえる。言えるのだけど…
「子猫ちゃん!!」
と突然ガシッと男は私を抱きしめた。
(ぎゃーーーー!!)
と声にならない悲鳴を上げる。
全身鳥肌が立っているのが、おそらく他人にもわかるだろう。
「ダニエル様!無礼者!何をする!離しなさい!」
とクロエが制止するが、まっっっっっっったく彼の耳には届いていない。
ふーーっと深呼吸をする。落ち着け、落ち着け私。
諦めて、社交辞令の挨拶を試みる事にする。
そっと、彼の胸をなるべく優しく押しのけ彼を見上げると、
震えそうになりながら、なんとか必死で声を押し出した。
「いいの…クロエ……お久しぶりです。ヒース様…」
ーーヒース・フリック・デメリンド
それが彼の名前だった。
=====
「子猫ちゃん…私もとても会いたかったよ」
熱情のこもった榛色の瞳で私を見つめ、
ヒースは私の両頬を両手で包み込み、そっと顔を近づけてくる。
……って「も」ってなに?!「も」って!!
私はヒースの口をガシッと手で覆い、
「イヤですわ、ヒース様、こんな人が多い場所で、何をなさるの?」
と言って、なんとかヒースから離れようとする。
「あいかわらず恥ずかしがり屋なんだね。そんな君がとても可愛いよ」
(だからやめてってーー!)
ヒースは諦めたのか、私を離すと、今度は私の右手の甲にキスを落とした。
別の意味で気絶しそう…
「殿下の婚約者に…と聞いてまさかと思って君の家まで行ったあの日、胸が張り裂ける想いだったよ。君から手渡された御髪…あれから毎日君を想って眺めているんだ。あぁ、今では長かった髪もこんなに短くなってしまって」
とそれはそれは悲しそうに、私の髪を撫でまわす。
気持ちが悪い感触と、
あれから毎日…というセリフにぞぞぞーっと更に悪寒が走る。
この感じだと、眺めるだけで終わってないような…
と、想像しかけて恐ろしくなり、首を振る。
触らないで!と言いたいがそれも言えず、
ぎゅっと拳を握り、私はとうとう目尻に涙を浮かべる。
それをどう解釈したのか、
「ああ、泣かないで子猫ちゃん」
と、また抱きしめようとして来るので、
ささっと慌ててクロエの後ろに隠れた。
そうすると、ヒースはやはり勘違いをしたまま私を見つめる。
「照れなくてもいいのに…殿下を振ったと噂で聞いたよ…やはり私が忘れられなくてここまで来てしまったんだね。わかっているよ」
あああああ!もうここまで噂が流れてきてるのか…と頭を抱える。
「違いますわ。本当に急ぎの旅で…それに、ヒース様には誤解ですから諦めてくださいと言って、ワタクシの髪をお渡ししたはずです。お母様から頂いた真珠の代わりにはならないでしょうが…」
私がそう言うと、ヒースはクロエをグイッと押し除けて、私の前に立つ。
「殿下の事を気にしているんだね。大丈夫だよ。ここまで君は私を頼って逃げてきてくれたんだ。もう殿下に何も言わせないさ。私たちの間にはもう何も障害が無いんだ!」
どうしよう、話が全然通じないよ…と、私は茫然とする。
彼は私の様子に、気づいているのかいないのか、
さぁ、おいで。と、突然私の腕を引っ張って、外に出ようとする。
「姫!」
とクロエが制止するが、まったく聞かない。聞いていない。
「は、離してくださいませ!本当にワタクシは…」
そう言ったところで、ヒースの腕をガシッと掴む人物が居た。
「失礼、私の連れが何かしましたか?」
見上げると、ニコニコと愛嬌のある笑顔で、ヒースを見ている男性がいた。
鳶色の髪鳶色の目。目鼻立ちは、
男性にしては可愛らしいと言っていいのか悪いのか…
メルや私と同じくらいの歳?背も男性にしてみれば、そこまで高くない。
クロエと同じくらい?
そのクロエは、緊張したようにこちらを見ているけど、
どこか考え事をしているようにも見えた。
「君の連れ…?君は確か、昨日うちに来ていたな」
じろりとヒースが男を見る。彼はそれでも変わらず、何だか楽しそうに笑っている。
…あれ、でもよく見ると、目は、笑ってない。かも?
「はい、昨日は有難うございました。お陰様でこちらもだいぶ勉強させて頂きました」
どうやら彼はヒースと顔見知りらしい。
ハラハラと2人を見ていると、チラッと鳶色の瞳と目が合った。
「実は彼女は…私の婚約者でして、正式な発表はまだなのですが…これから祖国の両親に紹介しようと、一緒に旅をしているのです」
ね?と笑顔でこちらを見る。
ポカーンとしていた私は、ハッとして、慌てて鳶色の彼の腕に抱きつく。
「そ、そう!そうなの!ごめんなさいヒース。あなたはいい人だと思うのだけど、私彼のことが……す、す、好きなのよっ!」
それは、いまだかつて言ったことのないセリフだった。
セリフの重さに、言った後で気がついて、
私は湯気が出そうなくらいに顔を赤くした。
それが良かったのかどうだったのか、ヒースはすっかり私の言葉を信じてしまった。
「そ、そんな…子猫ちゃん…レティ………いくらなんでも…こんな、何処の馬の骨ともわからない様な…君は、騙されて…………」
確かに、どこの誰かはわかんないけど、おそらく貴方よりはましだと思ってしまう。
そっとヒースの手に、私は両手を添えて、悲しそうな目で彼を見つめる。
「ヒース様…ワタクシの事を思ってくださるなら、どうか見逃して下さいまし。わ……ワタクシ、は、彼、無しでは、生きて、いけないの、です…」
恥ずかしさのあまりギュッと目を瞑り、そっと顔を俯け、涙を浮かべる。
芝居がかった台詞に、内心身悶えしながら、
耐えろ!とまでにぐっと唇を噛みしめる。
その私の様子に、ヒースは思いつめた表情で、私の両手を握り返す。
「わ、かりました…そこまでこの者の事を、思って、いらっしゃるのですね。私は、何も見ませんでした。どうか…どうかお幸せに!」
うわあああーーとヒースは頭を抱え、絶叫しながら店を後にした。
宿の中にいた人も、沿道にいた人も、ポカーンとヒースを見送った。
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