ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

ワガママに癖あり 7

 暫らく歓談した後、アルダは寝室と夕飯の準備をして来るからと言って、
 部屋を出て行った。
 店を開けたのかいつの間にか、ボソボソと話し声が酒場の方から聞こえてくる。


「姫…いくら姫の恩人とはいえ、此方にお世話になるのはやはりどうかと…」
 外の様子に気がつき、クロエはまた落ち着かない様子で口を開いた。


「んー。クロエが心配するような事は多分大丈夫だと思うよ?」
 しかし…とクロエは抗議を続けようとする。


 どう説明したら良いものかと私は私で困ってしまう。
「娼館、と言ってもね、このお店はその手のお店じゃなくって…うーん…」
 しばらく悩んだ後、ああ!と思いつく。


「このお店の名前、クロエ覚えてる?」


 はて…とクロエは首を傾げる。
「確か、【かかとの折れたハイヒール亭】でしたか?」
 自信なさげな返答だけど、ちゃんとあっていた。


「そう!ハイヒールのかかとが折れてるの!つまりそういう店なのよ!」
 と少々必死に訴えてみるが、いまいちクロエは解らないらしく、はぁ…?と応える。


「ううう。ハイヒールのかかとが折れたらお店に入れないでしょ?」
 と言ってもやはり要領を得ないようで、はぁ…?と応える。


「………ハイヒール履くのはどんな人かしら」
 とポツリと言ってみる。
 暫くクロエは考えて、サッと顔色が悪くなる。


「まさかと思いますが、女人禁制……?」
 コクコクと縦に首を振ってみせる。
 ハイヒールを履くのは女性、
 そのヒールが折れているということは女性は入れない。
 つまり男性専門の店という意味合いがあるのだ。


「ホントに女性が入っちゃいけない訳じゃ無いんだけど、基本的にここは男性しかこないわ…店主は女性なのにね」
 くすりと思わず笑ってしまう。


 クロエは、信じられないと首をブンブン横に振る。
「例えそうだとしても、やっぱり…その…娼館であることには変わりないので、反対です!」
 大丈夫大丈夫と言い続ける私と、クロエの、いけません!という言い合いは、
 アルダが夕食を運んでくるまで続いた。


 何事だい?という顔でアルダは食事を置き、クロエが事情を説明する。
 するとアルダは、アッハッハッハッハと豪快に笑い、
 自分の店を侮辱されたとクロエの事を嫌がるでもなく、
 クロエの背中をバシバシ叩きながら答えた。


「あんたの言う通りさね。嬢ちゃんが間違ってる!でも、安心おし。あんたたちが泊まるのはここじゃなくて、私の自宅だからさ!流石に私もこんな所に貴族の姫さん泊められやしないよ!さあさ、ご飯お食べ!夕飯食べたら連れてってやるよ」


 その言葉にほっと息をつくクロエは、
「すみません。ご迷惑をおかけして…御世話になります」
 とアルダにお辞儀をする。


 べつに気にしないのに…と私がぼそりと言うと、
 クロエとアルダがほとんど同時に、
「いけません!」
「何考えてんだい!」
 と怒るのだった。






 =====






 夕飯にはウサギの肉のソテーとカボチャのスープにパンが添えられ、
 どれも頬っぺたが落ちるくらい美味しかった。
 食事を終えアルダが食器を下げていると、
 酒場の方からなにやら歌声が聞こえてきた。


 歌っているのはやはり男性のようだった。


「綺麗な声ねぇ…誰が歌っているのかしら?」
 うっとりしながら呟くと、
 ああ、あれかい?とアルダは答えた。


「さっきあんたたちが泊まる部屋の準備に帰った時、歌で稼げる所は無いかって聞かれてね。だったらうちに来るといいって連れてきたんだよ」
 その人はここがどんな場所か判ってるのかしら?と少し心配になった。


 その疑問が顔に出ていたのか、アルダがふっと笑った。
「大丈夫さ、吟遊詩人ってのは酒場渡り歩いてなんぼだからね。何かあってものらりくらりと対処するさ」


 アルダが部屋から出て行った後、お茶を頂きながら歌に耳を傾ける。
 戦争の歌、悲恋の歌、旅の歌と、様々な歌が聞こえてきた。
 どれも短い唄だったけど、
 魅力的な歌声にもっと聞いていたいという衝動に駆られる。


 そしてそれは、どんな人が歌っているのかしら?
 と、見てみたいという好奇心に変わってくる。


「…クロエ、私お手洗いに行ってくる」


 そう言うと予想通りクロエはついてこようとするので、
「大丈夫よ、すぐそこにあったし。私はぱっと見男の子にしか見えないから目立たないけど、クロエはそのままだと目立っちゃうからここで待ってて?」
 と言うと、
「何かあったら直ぐに呼んでください」
 とあっさり引き下がった。


 私は部屋を出ると、よっし!と小さくガッツポーズをする。
 トイレに行くふりをして、サッと部屋の死角に隠れる。
 アルダに通された部屋には扉がないので、
 クロエから見えないようにそっと移動する。


 通路はT字路になっていて、真っ直ぐ進むと厨房の方に、
 角を曲がると酒場の方に繋がっていた。
 角を曲がると、酒場までの距離は意外と遠く感じられた。
 宿部屋入り口付近は、酒場側から直接見えないように、
 品のいいレースのカーテンが掛けられている。


 アルダが居ないのを確認して、そーっと音を立てないようにカーテンに近づく。
 カーテンに手をかけ、恐る恐る覗くと、ガタイのいい男性の背中が目に飛び込む。


 男は近くにあるテーブルカウンターに肘をかけ、
 奥にいる吟遊詩人の歌に耳を傾けながら、トップルをあおっていた。
 反対側から覗こうとしても、その男性の隣に、
 更にガタイのいい男性が視界を塞いでいた。


(ううう〜…この人達邪魔でよく見えないぃ)


 背伸びしてみたり、屈んでみたりとなんとか覗こうとしてみたものの、
 かろうじて見えたのは、とび色の髪だった。


 もうちょっと…と足を踏み出すと、後ろからグイッと首根っこを掴まれた。
「ぐぇ」っと思わず声が漏れる。


「まったくあんたは小さい頃とちっとも変わらないねぇ!」
 いつの間に後ろにいたのか、呆れた顔でアルダが立っていた。
 えへっと笑って見せると、頭にゲンコツが飛んできた。


「表からは出れないから、裏から行くよ。途中で居なくなったりしないどくれよ?」
 と、ずるずるアルダに引きずられその場を後にした。

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