デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

エピローグ:メルであるという事

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 念願叶って得る事が出来た美しい妻が眠る横で、メルは時折遠い過去の夢を見る。
 それは前世の記憶を手放したあの時に見た、かけがえのない約束の記憶だった。




 シルクで折られた優しい肌触りのシーツに包まれて、豪華なベッドに横たわるのは、かつて無茶ばかりしていた幼馴染で、とてもとても大切なメルにとって唯一の、姉弟とも言える、年老いた女主人ーー初代皇帝の妃となったレティアーナその人だ。


 年老いた後の夫婦のその後の話は残されてはいないが、メルの記憶にはしっかりと2人の事が刻まれていた。
 晩年、皇帝の座を息子に譲ると、2人はメルを伴って、ウイニーにあるレティアーナの実家で穏やかな日々を過ごしていた。
 最初に逝ったのは皇帝だったフィオディールで、それから後を追う様に、レティアーナは床についた。


 もう先がないと医者に告げられ、デールにいるご子息やご息女にメルが連絡を取り、もう間もなく孫を連れて息子達がウイニーに到着するという矢先の出来事だった。


 レティアーナは髪は真っ白になってしまったものの、昔と変わらず愛らしく、穏やかな笑みをメルに向けて静かに語りかける。
「ねぇ、メル。楽しかったって思わない?小さな時は寂しかったけど、メルに助けて貰って、フィオに出会って、色んな所に行って……ふふ、死にかけた事も一杯あったわね。でも、子供達が出来て……あの子はとても苦労していたけど、孫も沢山作ってくれたし、私、とても幸せだったわ」
「お嬢様……私も、お嬢様に出逢えて感謝しています。無茶ばかりする人で大変でしたが、こうして最期まで側で仕える事ができて、私も幸せですよ」


 若い時よりも細くなった目を瞬かせながら、メルは嗄れた声でレティアーナに呼びかける。
 もう少し待って下さいと、言いたくなるのを堪えて、お互い皺としみだらけの手を握り締めると、その想いを感じ取った様にレティアーナは目を伏せながら、弱々しくその手を握り返した。


「ありがとう。メル。ずっとずっと側に居てくれて。今度生まれ変わったら。私からメルを助けるわ」
「お、お嬢様っ!勿体無いお言葉です!!あの時お嬢様に拾ってもらえなければ、今の私はありませんでした。どんなに返しても返しきれない恩があるのは私の方です。また、絶対にお逢いしましょう。その時はフィオディール様も一緒に、また3人で色んな所を旅しましょう」


 レティアーナは再び目を開けると、涙を浮かべるメルに向かって嬉しそうに頷いて微笑む。
「良いわね。テディとメルがいれば、きっとどんな所でも楽しく過ごせるわ。ちゃんとまた逢いましょうね」
「勿論です。どんなに遠く離れていても、私は絶対にお嬢様を見つけに行きます」
「ふふっ。約束、よ…そう…ね、また……3人で……デールで、会いましょ……」
「……お嬢様?」


 掴んでいた手が力無くスルリと抜け落ちる。
 顔を見ると、レティアーナはとても穏やかな笑みを浮かべて静かな眠りに就ていた。
 レティアーナが力尽きたのを理解すると、メルはボロボロと涙を流しながら、ウンウンと何度も何度も頷いて、再び主の手を握りしめる。
 まだその手には温もりが残っていて、まだここに彼女が留まって居てくれている様な気がした。


「待っています。何度生まれ変わっても、ずっとずっとデールでお嬢様の事を探します。お嬢様が私を見つけやすい様に、名前もずっと引き継いで、再会を私の名に刻みましょう」


 そう語りかけた直後、耳元で、レティアーナが「ダルヤ」と、メルを呼ぶ声が聞こえる。
 それが自分の真名だと確信した途端、メルの胸にジワリと熱い物が広がって行った。


 旅をした中で、レティアーナが一番好きだった"ダルヤ"。
 それに負けない愛情を注がれていたのだと思うと、メルは押し寄せる感情を抑える事など出来なかった。






 遠い昔の夢を見ながら、メルの目端からツゥーっと涙が零れ落ちる。
 夢から覚める直前に「また会えたね」と、何処かで見た事のある少女が笑いかけて来た様な気がした。


 目を覚ましたメルは慣れた様子で目を擦り、欠伸をした後、隣で眠る愛する妻の額にキスを落とすと、起こさない様にそっと寝室を後にする。


 まだ陽も登らないうちから身支度を整えると、まだまだ目が離せない、今の自分の主人が待つ竜の国の城へ向かう為に屋敷の門をゆっくりと押し開く。


 前世の記憶に悩みもしたが、選んだ道に後悔はない。
 前世と今の両方を大事に思うメルの手には、青いリボンで綺麗に梱包された、騎士服を着たクマのヌイグルミが大事そうに抱えられていた。

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