デール帝国の不機嫌な王子
不安と希望とそして未来へ 1
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それからまた一日が経ち、今度という今度は本当に抜け出す隙もない程、アディはガッチリとゼイルに抱きかかえられて、ゼイル達が言う時が来るのをひたすら待たされる事となった。
ゼイルの宣言通り、食事以外の時は、どんなに抵抗してもゼイルに魔法で眠らされ、食事の時は食事の時で、膝に抱えられたまま食事をせざるを得なかったので、もうどうしようもなかったのだ。
食事を口に運びながら、自分の力のなさを嘆いてポロポロと無言で涙を流せば、向かいに座っていたケット・シーがオロオロと気まずそうにアディに何か声をかけようとしているのが視界に入る。
似てもに付かないのに、その姿がまるで"お婆ちゃん"を困らせている様に見えてしまい、アディも気まずくなって視線を落とした。
そうしてまた次の夜更けが訪れる頃、神獣達が何かに気が付いた様子で一斉に真っ黒な壁へと視線を向ける。
「やっと来たな。はぁ〜……マジ疲れたっつの」
口では文句を言いつつも、嬉しそうにゼイルはニヤリと口角を上げて呟く。
「アディはどうするの?今起こすの?」
鯨波が首を傾げて眠虎を見つめると、眠虎は「ううん」と、小さく首を横に振った。
「引き寄せられたら危ないから、ライム達が出て来てからでいーよー。ケット・シー、ライムにアディはここに居るよって教えて上げて」
「う、うん」
眠虎に促され、ケット・シーは壁に近寄ると、中をジッと見つめる。
すると、丁度ライマールが何かをしようと手をかざした映像が頭の中に浮かび上がり、ライマールの「予定が狂ったせいで一人足りない」と言う声が聞こえてきた。
『大丈夫、ここに居るよ。外側に……居る』
小さくポツリと、自信なさげにケット・シーは呟いたが、ライマールの耳にはちゃんと届いていた様で、その声に小さく頷いた姿がハッキリと見えた。
ケット・シーはホッとして、後ろに下がると、アディの方へと近寄り、ジッとその時を待ち続けた。
暫くすると眠るアディーの額から青白い光が浮かび上がり、ふわふわと壁の方へと漂って行く。
「……フィオ。レティによろしくな」
壁に吸い込まれて行く光に、寂しげな笑みを浮かべて、ゼイルが誰にも聞こえない様な声でポツリと呟く。
無意識にアディを抱きかかえる手に力が篭った。
更に暫くすると、ライマールが呼ぶ声が、ゼイルの耳に響き渡る。
「お前ら、ここで待ってろよ。コイツに変なことすんなよ!特に眠虎!」
「ぼくゼイルじゃないから、そんな事しないもん!」
キッと睨み合いながら、ゼイルはそれだけ言い捨ててその場から消える。
陽が上り始めると、青々とした草原は朝日を浴びて、稲穂の様な金色に輝き始める。
その眩しさにアディが目を覚ますと、朝日を背後に、草原の奥の方で、沢山の人が立っている姿がボンヤリと浮かび上がった。
「……誰か、居ルます?」
「あ、アディ、起きたんだね。見て!ライマールとゼイル達が皆助けたんだよ!」
横を向くと、嬉しそうな笑顔を向けるケット・シーが、アディに向かってそう言った。
「皆……?」
目を細めて再び草原の奥へ目を向けると、寝る前までずっとアディを抱きしめていたゼイルや眠虎、鯨波、それにあの場に居なかった雪狐や、見た事も無い神獣らしき人々が、アディに向かって手を振っていた。
その隣には、気怠そうなライマールを背負って、驚いた顔をしているメルや、ギリファン達の姿まで見えた。
「メル?……ハルっ!!」
その集団の中にグッタリとしたベルンハルトの姿を見つけると、アディは迷わず立ち上がり、全力で草原の中を駆け抜ける。
胸丈程もある草を掻き分けながらアディは必死でメル達の元へ腕を伸ばして近づいて行く。
「アディ!!ボク達が来るまでずっとあそこにいたんですか!?一体いつから?!風邪とか大丈夫ですか?!」
「ハルッ!!どしたでスカ?!元気、無いでス!!」
メルの問い掛けを無視して、アディは迷わずデーゲンに抱えられたベルンハルトに駆け寄ると、デーゲンの腕をがっしりと掴んで涙混じりにデーゲンを見上げる。
見ず知らずの美少女に迫られて、強面で妻子持ちのデーゲンも流石に目を白黒とさせて、「あ、ああ……寝てるだけで、弟は無事だ」と、もごもごと口の中で答える。
それを聞いて、アディがホッと肩の力を抜く後ろで、ガックリと涙を浮かべたメルが頭を落としていた。
その肩をメルにおぶられたライマールが叩き、頭をグシャグシャとギリファンが苦笑しながら撫で回す。
「話は帰りながらでも出来るさ。ギリファン、クロドゥルフ殿下に魔法使い便で知らせを送ってくれるかい?このまま南下してフェンスを目指す。この辺りには見覚えがある。ここからそう遠くはない筈だよ。皆疲れて居るだろうけど、病人の処置を最優先する。それまで暫く辛抱してくれ。行くぞ」
トルドヴィンがメルを励ましながら号令をかけると、兵士や魔術師に混じって、何故か神獣達も、楽しそうに「お〜!」っと、返事を返す。
明らかにテンションが違う神獣達に戸惑いながら、皆一様にダールを目指した。
アディはデーゲンの袖口を掴みながら、ダールに着くまで片時もベルンハルトから離れようとはしなかった。
前を歩くメルは時々振り返りながら、アディの不安そうな顔を見て溜息を繰り返す。
その度に同僚や見知らぬ神獣達から肩や背中を叩かれるも、メルの気持ちが再び浮上する事はなかった。
どこまでも続くかに思えた草原の奥にポツンと小さな町が見えてくる。
ウイニー王国が栄えていた時代、北の、王都と近い場所にあった大都市フェンスは、ダールの森に程近い場所に、フェンスを偲んだ旅人の手によって同じ名前の小さな村が作られ、現在に至る。
300年以上経った今でもさほど大きな町には発展していないのは、やはりあの壁が近い為に観光に来る人があまりいない所為もあるのだろう。
ベルンハルトを宿に運び、デーゲンがベッドに下ろすのをボンヤリとメルはその光景を眺める。
心配そうにベルンハルトの手を握るアディからなんとなく視線を逸らすと、すぐ横にあった部屋の窓から見覚えのある森がすぐそこに見えた。
(そういえば、ここも国外だったんだよなぁ……)
こんな気分じゃなければ、あの草原も綺麗な風景として心に残っただろうなとメルは俯き、嘲笑する。
暫くして部屋に医者が入ってくると、デーゲン以外の人間は外に出るようにと促された。
廊下に出る際、メルは思い切ってアディに話し掛ける。
「アディ!……その、もしかして、ですが……ベ、ベルンハルトさんの事、す……す、好きだったりします……か?」
声を上ずらせてメルがこっそり耳打ちすると、アディは瞠目してメルをマジマジと見上げる。
やがて聞かれた意味を理解した彼女は、耳まで真っ赤にしながら小さくコクリと頷いた。
その反応を見て、メルは覚悟していたとはいえ、かなり落胆する。
「そう、ですか……」と、小さく答えると、メルは深々と溜息を吐き出してから、もう一度アディに向き直った。
メルの不可解な反応に、頬を赤くしたままアディはキョトンと不思議そうにメルを見上げる。
メルは震えそうになる手を誤魔化しながら、アディの両肩をがっしりと掴むと、半分やけになって、勢い任せに話し始めた。
「判りました!で、でも、ボ、ボッ、ボクも……ボクもアディが好きなんです!!だからボク、ベルンハルトさんがアディを好きだって言うまで、あ、諦むる気はなひですから!だから、あ、アディも覚えておいて下さい!!」
重要な所で噛んでしまったものの、一通りの事を言い終えると、メルは更に勢いに任せて、えいっと、アディの額にキスを落として走り去る。
始終の2人のやりとりを前で見ていたライマール達の横を通り過ぎると、雪狐が「きゃー♪」と、嬉しそうな悲鳴を上げて、ヒューっと、ゼイルが楽しげに口笛を吹いてからかってきた。
ドアの前に取り残されたアディは、メルが走り去った後、漸く意識を取り戻し、ッパっと片手で額に触れて先程以上に顔を真っ赤にして立ち尽くす。
思いもよらぬメルの告白に混乱しながらも、吹き抜けになっている階段下を覗き込めば、振り返ったメルが照れながらも、微苦笑を浮かべてアディに手を振ってきた。
それを見て、アディはヘナヘナと手すりに隠れるようにその場に蹲る。
熱くなった頬を押さえながら、新たに加わった小さな悩みに、アディは可愛らしい唸り声を上げたのだった。
それからまた一日が経ち、今度という今度は本当に抜け出す隙もない程、アディはガッチリとゼイルに抱きかかえられて、ゼイル達が言う時が来るのをひたすら待たされる事となった。
ゼイルの宣言通り、食事以外の時は、どんなに抵抗してもゼイルに魔法で眠らされ、食事の時は食事の時で、膝に抱えられたまま食事をせざるを得なかったので、もうどうしようもなかったのだ。
食事を口に運びながら、自分の力のなさを嘆いてポロポロと無言で涙を流せば、向かいに座っていたケット・シーがオロオロと気まずそうにアディに何か声をかけようとしているのが視界に入る。
似てもに付かないのに、その姿がまるで"お婆ちゃん"を困らせている様に見えてしまい、アディも気まずくなって視線を落とした。
そうしてまた次の夜更けが訪れる頃、神獣達が何かに気が付いた様子で一斉に真っ黒な壁へと視線を向ける。
「やっと来たな。はぁ〜……マジ疲れたっつの」
口では文句を言いつつも、嬉しそうにゼイルはニヤリと口角を上げて呟く。
「アディはどうするの?今起こすの?」
鯨波が首を傾げて眠虎を見つめると、眠虎は「ううん」と、小さく首を横に振った。
「引き寄せられたら危ないから、ライム達が出て来てからでいーよー。ケット・シー、ライムにアディはここに居るよって教えて上げて」
「う、うん」
眠虎に促され、ケット・シーは壁に近寄ると、中をジッと見つめる。
すると、丁度ライマールが何かをしようと手をかざした映像が頭の中に浮かび上がり、ライマールの「予定が狂ったせいで一人足りない」と言う声が聞こえてきた。
『大丈夫、ここに居るよ。外側に……居る』
小さくポツリと、自信なさげにケット・シーは呟いたが、ライマールの耳にはちゃんと届いていた様で、その声に小さく頷いた姿がハッキリと見えた。
ケット・シーはホッとして、後ろに下がると、アディの方へと近寄り、ジッとその時を待ち続けた。
暫くすると眠るアディーの額から青白い光が浮かび上がり、ふわふわと壁の方へと漂って行く。
「……フィオ。レティによろしくな」
壁に吸い込まれて行く光に、寂しげな笑みを浮かべて、ゼイルが誰にも聞こえない様な声でポツリと呟く。
無意識にアディを抱きかかえる手に力が篭った。
更に暫くすると、ライマールが呼ぶ声が、ゼイルの耳に響き渡る。
「お前ら、ここで待ってろよ。コイツに変なことすんなよ!特に眠虎!」
「ぼくゼイルじゃないから、そんな事しないもん!」
キッと睨み合いながら、ゼイルはそれだけ言い捨ててその場から消える。
陽が上り始めると、青々とした草原は朝日を浴びて、稲穂の様な金色に輝き始める。
その眩しさにアディが目を覚ますと、朝日を背後に、草原の奥の方で、沢山の人が立っている姿がボンヤリと浮かび上がった。
「……誰か、居ルます?」
「あ、アディ、起きたんだね。見て!ライマールとゼイル達が皆助けたんだよ!」
横を向くと、嬉しそうな笑顔を向けるケット・シーが、アディに向かってそう言った。
「皆……?」
目を細めて再び草原の奥へ目を向けると、寝る前までずっとアディを抱きしめていたゼイルや眠虎、鯨波、それにあの場に居なかった雪狐や、見た事も無い神獣らしき人々が、アディに向かって手を振っていた。
その隣には、気怠そうなライマールを背負って、驚いた顔をしているメルや、ギリファン達の姿まで見えた。
「メル?……ハルっ!!」
その集団の中にグッタリとしたベルンハルトの姿を見つけると、アディは迷わず立ち上がり、全力で草原の中を駆け抜ける。
胸丈程もある草を掻き分けながらアディは必死でメル達の元へ腕を伸ばして近づいて行く。
「アディ!!ボク達が来るまでずっとあそこにいたんですか!?一体いつから?!風邪とか大丈夫ですか?!」
「ハルッ!!どしたでスカ?!元気、無いでス!!」
メルの問い掛けを無視して、アディは迷わずデーゲンに抱えられたベルンハルトに駆け寄ると、デーゲンの腕をがっしりと掴んで涙混じりにデーゲンを見上げる。
見ず知らずの美少女に迫られて、強面で妻子持ちのデーゲンも流石に目を白黒とさせて、「あ、ああ……寝てるだけで、弟は無事だ」と、もごもごと口の中で答える。
それを聞いて、アディがホッと肩の力を抜く後ろで、ガックリと涙を浮かべたメルが頭を落としていた。
その肩をメルにおぶられたライマールが叩き、頭をグシャグシャとギリファンが苦笑しながら撫で回す。
「話は帰りながらでも出来るさ。ギリファン、クロドゥルフ殿下に魔法使い便で知らせを送ってくれるかい?このまま南下してフェンスを目指す。この辺りには見覚えがある。ここからそう遠くはない筈だよ。皆疲れて居るだろうけど、病人の処置を最優先する。それまで暫く辛抱してくれ。行くぞ」
トルドヴィンがメルを励ましながら号令をかけると、兵士や魔術師に混じって、何故か神獣達も、楽しそうに「お〜!」っと、返事を返す。
明らかにテンションが違う神獣達に戸惑いながら、皆一様にダールを目指した。
アディはデーゲンの袖口を掴みながら、ダールに着くまで片時もベルンハルトから離れようとはしなかった。
前を歩くメルは時々振り返りながら、アディの不安そうな顔を見て溜息を繰り返す。
その度に同僚や見知らぬ神獣達から肩や背中を叩かれるも、メルの気持ちが再び浮上する事はなかった。
どこまでも続くかに思えた草原の奥にポツンと小さな町が見えてくる。
ウイニー王国が栄えていた時代、北の、王都と近い場所にあった大都市フェンスは、ダールの森に程近い場所に、フェンスを偲んだ旅人の手によって同じ名前の小さな村が作られ、現在に至る。
300年以上経った今でもさほど大きな町には発展していないのは、やはりあの壁が近い為に観光に来る人があまりいない所為もあるのだろう。
ベルンハルトを宿に運び、デーゲンがベッドに下ろすのをボンヤリとメルはその光景を眺める。
心配そうにベルンハルトの手を握るアディからなんとなく視線を逸らすと、すぐ横にあった部屋の窓から見覚えのある森がすぐそこに見えた。
(そういえば、ここも国外だったんだよなぁ……)
こんな気分じゃなければ、あの草原も綺麗な風景として心に残っただろうなとメルは俯き、嘲笑する。
暫くして部屋に医者が入ってくると、デーゲン以外の人間は外に出るようにと促された。
廊下に出る際、メルは思い切ってアディに話し掛ける。
「アディ!……その、もしかして、ですが……ベ、ベルンハルトさんの事、す……す、好きだったりします……か?」
声を上ずらせてメルがこっそり耳打ちすると、アディは瞠目してメルをマジマジと見上げる。
やがて聞かれた意味を理解した彼女は、耳まで真っ赤にしながら小さくコクリと頷いた。
その反応を見て、メルは覚悟していたとはいえ、かなり落胆する。
「そう、ですか……」と、小さく答えると、メルは深々と溜息を吐き出してから、もう一度アディに向き直った。
メルの不可解な反応に、頬を赤くしたままアディはキョトンと不思議そうにメルを見上げる。
メルは震えそうになる手を誤魔化しながら、アディの両肩をがっしりと掴むと、半分やけになって、勢い任せに話し始めた。
「判りました!で、でも、ボ、ボッ、ボクも……ボクもアディが好きなんです!!だからボク、ベルンハルトさんがアディを好きだって言うまで、あ、諦むる気はなひですから!だから、あ、アディも覚えておいて下さい!!」
重要な所で噛んでしまったものの、一通りの事を言い終えると、メルは更に勢いに任せて、えいっと、アディの額にキスを落として走り去る。
始終の2人のやりとりを前で見ていたライマール達の横を通り過ぎると、雪狐が「きゃー♪」と、嬉しそうな悲鳴を上げて、ヒューっと、ゼイルが楽しげに口笛を吹いてからかってきた。
ドアの前に取り残されたアディは、メルが走り去った後、漸く意識を取り戻し、ッパっと片手で額に触れて先程以上に顔を真っ赤にして立ち尽くす。
思いもよらぬメルの告白に混乱しながらも、吹き抜けになっている階段下を覗き込めば、振り返ったメルが照れながらも、微苦笑を浮かべてアディに手を振ってきた。
それを見て、アディはヘナヘナと手すりに隠れるようにその場に蹲る。
熱くなった頬を押さえながら、新たに加わった小さな悩みに、アディは可愛らしい唸り声を上げたのだった。
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