デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

忘れられた影の国 1

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 元番人と名乗ったライマールは、とにかく別人としか思えない程、クロドゥルフ以上に王族らしく……いや、王族と揶揄していいのかも判らないくらいの威厳を放っていた。


 讃えている笑みはとても穏やかなものなのに、普段のライマールを知るメルやギリファンにとっては、不気味以外のなにものでもなかった。


「ら、ライマール様……どうしちゃったんですか?さっきの奇妙な熱でおかしくなっちゃったんですか?!ま、まさかあの魔物が原因で、の、の、のろ、呪い?!」
「お、落ち着けメル。ええと……元番人、だったか?お前は一体なんなんだ?ライムが演技をしているにしては出来過ぎて・・・・・いる。……待てよ、以前、ゼイル様が言っていたな。ライムは人よりも神獣に近い存在だと。もしかしてそれが、お前、なのか?」
「そうだねぇ……お前達にはそう見えてしまうのかもしれないねぇ。私も以前程の力は無くなってしまったし、この子が居なければ存在すら危ういからねぇ。神獣などと同格にされるのは些か不本意ではあるけれど、混乱させない為にも、そういう事にしておいた方がいいのかな?」


 不本意と言っているものの、別段気に障った風でもなく、"元番人"は首を傾げる。
 ライマールについては幼少時期からよく知っていたギリファンも、それなりに付き合いの長いメルすらも、まさか身の内に別の人格が宿っていたとは思いもよらず、あまりのショックで停止してしまいそうな思考を必死になって巡らせた。


「い、一体いつからライマール様の中に……貴方はいつ生まれたんですか?もしかして、貴方が生まれたのは、ライマール様が誰からも疎まれていた所為ですか?」


 人は、特に幼い子供は自分の身の上に降りかかった災難に堪えきれず、別の人格を意図せず作り出してしまう事があると、聞いた事があった。
 ライマールに関して言えば、それに思い当たる節は幾らでもある。特にツェナ姫の一件以降はエイラ女王と出会うまで、家族との折り合いもかなり酷いものだったのだ。


 ライマールは嘘はつけないが、辛い事にはひたすら堪えようとする傾向にある。
 隠そうと思った事は絶対に隠し通すだけの強かさは誰にも真似出来ないものではあるが、その裏で、少しずつ精神が病んでいたのだとすると、その事に気づけなかった自分の不甲斐なさに、メルは苛立つ。


 しかし元番人は、メルの仮説を否定する様に首を振った。
「私はこの子が生まれた時からこの子の中に住み着いてはいるけれど、この子が私を生んだのではなく、私がこの子を創ったんですよ」
「なら、元番人、は、ライムの元々の人格という事になるのか?」
「それも違うね。私はライマールの身体を間借りしているに過ぎない存在だよ。この体には二つの魂が宿っている。君達が言うところの神獣の魂と人の魂とでも思えばいいですよ」
「思えばいい。とは随分いい加減な返答ですね。神獣ではないなら貴方は一体誰なんだ。ここに至るまでに殿下を唆したのも貴方か?返答によっては……」


 じっと黙って元番人を見据えていたトルドヴィンが、再び剣を構える。
 制裁を加える。とまでは言えなかったのは、身体はあくまでライマールである事には違いなかったからだ。
 一つの身体に二つの魂とは聞いた事も見た事も無かった為、どう対処するのが正しいのか、トルドヴィンは内心ではかなり焦りを感じていた。


「私がどういった存在か知りたい気持ちはよく判るけど、この世界の未来を見る事が出来るこの子と違って、私にそんな力は無いですから、これだけ人がいる場所で不用意に話すわけにはいきません。そこは察して欲しいところだよ?」
「先視の力は元番人の力では無い……?じゃああれは本当にライム自身の力だって事なのか?」
「うん。私は基本的にこの世界に対して直接的な干渉は出来ないからね。していい事でも無いと思うから今は極力眠るだけの存在かな?ただ、この子が私の力を使う事はあるよ。お前達もよく目にしている、浄化の力は私のものだよ」
「浄化の力?もしかして、ライマール様が偶に口にする不可解な言語の、あの呪文と関係ありますか?」
「うん。流石メルだね。前世も魔法を操っていただけの事はある。あの言葉をこの子が使う事を許可したのは私だからね。あぁ、お前達が使おうと思って解読しても使えないよ?意味を理解する事は不可能に近いけど、仮に理解した所で組み上げる事は出来ない仕組みになっている。あれは魔法文字なんて誓約の枠を超えた場所にあるものだからね」


 次々に語られる真実に、メルとギリファンの頭がますます混乱を極めて行く。
 浄化の力は目の前の、元番人と名乗った存在の力だと言うのは、言われて見れば何となく理解出来る気がした。
 今目の前にいる存在の姿形が、初めてライマールがレイスを一掃した時に一瞬だけ見せた姿に酷似していた事、そして先視の力を使った後よりも、浄化の力を使った後の方が、ライマールの消耗が激しい事の説明がつくからだ。
 自分自身の力ではない力を使っていたのならば、数日寝込んでしまうのも無理はない話だった。


 しかしその力が魔法文字を原動力にして発動している物ではないと聞かされれば、自然の理が覆されてしまう事実と言える。
 魔術を心得ている者ならば、到底、「へぇー、そうだったんですか」と、受け入れられる様な話ではない。
 実際、ライマールが使うそれと比べれば威力は劣るものの、自分達が浄化の魔法を使う際はキチンと魔法文字の変換を行って魔法を発動させている。
 もっとも、あの魔法を作ったのはライマール自身ではあるのだが……


 そして更にもう一つ、無視出来ない言葉を元番人は口にしていた。


「……ま、待って下さい?色々理解の範疇を超えてるんですが、今、ボクの前世をまるで知ってるみたいな言い方でしたよね?……ええと、もしかして、ライマール様が未来を見れるなら、貴方は過去の出来事を視る事が出来る。と言う事ですか?」
「残念。ハズレだね。視る、もなにも、私はお前達の全てを知っている。例えば……そうだね、シャドウがお前達を選んでココへ連れて来た理由、そしてそのきっかけ。とかね」


 ニッコリと、穏やかな笑みを讃え、元番人は三人を見据える。
 事件の確信を衝く言葉に、皆一様に身を固くして固唾を飲んだ。

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