デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

渦巻く疑念 2

「俺を信じろと言ったのに……」


 ライマールはギリファンの問いには答えずに、ムッと俯いてポツリと呟く。
 本気で凹んでいるその姿を見たメルが、経験上、これは面倒くさい事になりそうだなと直感する。
 それと同時に、目の前の主人は裏切ったわけではないのだと、ここに来てようやく確信を持つ事が出来た。


「義兄さん、義兄さん、剣を下ろして下さい。この様子だとライマール様は本当に裏切ったわけじゃないと思います。嘘がつける程器用な人じゃないですから」
「今までそう見せていただけかもしれないじゃないか。悪いけど、あの状況で殿下を信じられる程私は殿下と信頼関係を築けてない。あくまで主君はクロドゥルフ様だし、何よりファーや君達を危険な目に合わせた事を許せる程人間が出来ていなくてね」


 ヒソヒソと小声で耳打ちをしたメルに対して、トルドヴィンはライマールに聞かれても困らないといった様子で普通に返事を返す。
 その言葉に更に傷付いたライマールは、ヘナヘナとその場で膝を抱え込んでしまった。


 あ、この体勢はいよいよ面倒くさいなとメルが頭を抱えれば、ギリファンも同じ事を思ったのか、慌ててライマールに声を掛けた。


「ライム!こいつも悪気があるわけじゃないぞ?チョット誤解してるだけだ。何か理由があって私達をここに連れて来たんだろう?お前が他人想いのいい奴だって事はよく判ってるぞ?」
「……お、俺が連れてきた訳じゃ無い。俺はシャドウを操ってなどない」


 どうやらかける言葉を間違えてしまった様だと、ギリファンは肩を竦める。
 そして、その言葉に眉を顰めたのはやはりトルドヴィンだった。


シャドウ?あの魔物はシャドウと言うんですか?よくあの魔物の名を知っていましたねぇ?私も幼い頃より騎士を目指し様々な文献を目にしていますが、あの様な魔物が載っている文献を目にした記憶はありませんよ。一体殿下はどこであの魔物の名を知ったのですか?」
「……知らん。どうせ俺の言葉など信用ならないんだろう?話す事はもう何も無い」


 ただでさえ闇の中であまりいい空気とは言えない状況だというのに、ライマールは丸めた背中に更に重たい空気を背負う。
 完全にヘソを曲げてしまった主人に、必死になって「そんな事はない、私は信じているぞ!」,「頼りにしてます、ライマール様!」と、ギリファンとメルが色々と声を掛けるも、その声がライマールの耳に届く事はもう無かった。


「トル……」
 打つ手無し。と、ギリファンはトルドヴィンを見上げ、溜息をつく。
 信じていない者に信じろと言うのは無理な相談ではあるのだが、このままでは状況が悪化しても好転することはないだろうと視線を投げかけ訴える。


 同様に困った様子でメルまでもが視線を寄越せば、まるで自分が悪者の様だと眉を寄せ、トルドヴィンは切っ先を下げた。
「ファー達が言いたい事は解るけど、君達は殿下に近い存在だからね。その目が公平だとはとても思えない。悪いけど、私はファーを含めてここに居る人間を護るために疑惑は全て消えるまで剣を収める気は無いよ」
「それはそうかもしれませんが!義兄さんだって今本当に冷静だって言えるんですか?ライマール様の話もきちんと聞いてあげるべきです。ね、ライマール様、ちゃんと訳を話して下されば義兄さんだって納得してくれますから」


 オロオロとしながらメルが丸まったライマールの肩をポンっと後ろから軽く叩く。
 すると予期せずに、ライマールの身体が、グラリと横に倒れこんだ。


「ライマール様?!」


 対して強い力では無かったのに、呆気なく倒れてしまったライマールに驚いてメルは声を上げる。
 慌てて膝をついて手を伸ばすと、「うっ……」っとライマールは小さな呻き声をあげて頭を抱え込んだ。
 よく見れば、首筋から大粒の汗が浮かび上がっており、ライマールの体調が思わしくない事に気が付き、慌てて額に手を伸ばす。


「凄い熱だ……ライマール様!大丈夫ですか?!姉さん!ライマール様の様子がおかしいです!!」
「ライム!!」


 主人の身体を抱えて顔を覗き込めば、その顔色は真っ白に血の気を失い、だらだらと止めどなく汗を流していた。
 メルの呼びかけにギリファンも慌てて近づき額に手を当てる。
 まるで熱したヤカンに触れた様な熱さに驚き目を見開いた。


 すぐさっきまで具合が悪そうな様子は微塵も無かったのに、急激に体調を崩し、更には熱があるにも関わらず顔色を無くすライマールの奇妙な病状に焦りを感じる。
 発熱で体が震えているわけでもないのに、体温は上昇し、ライマールは両手で頭を抱えて呻き声を上げる。


 見たこともない症状に困惑しながらも、とにかく体温を下げなければとギリファンが呪文を唱えようとした矢先、更にメルが驚愕の声を上げた。


「ね、姉さん!!ライマール様の足元がっ!!」
 言われて注目した先に見えたのは、靴ごと白く揺らめく炎の様なものに包まれるライマール足だった。


 周りでこちらのやりとりをずっと眺めていた兵士や魔術師達も動揺し、騒然とした声が上がる。
 トルドヴィンも完全に警戒を解いて、目を見開いて硬直していた。


「っ……やめ、ろっ!!勝手な……っと、する、な……」
「ライマール様!!しっかりして下さい!!姉さん、早く治療を!」


 意識を繋ぎとめようとメルが必死になって声を掛けるも、ライマールは更に暴れようともがき苦しむ。
 白い炎は指先からも溢れ出し、全身に広がろうとその範囲を広げていく。
 これでは手のだしようがないと、ギリファンが躊躇していると、ライマールはメルの腕から逃れる様に転げ落ちる。


 すると、白い炎は一気にライマールの身体を包み込んだ。


「ぐ…うぅぅっ………!!」
「ライマール様っ!!」
「ライムっ!!」


 しゅうしゅうと水が蒸発する様な音を立てて、炎はその揺らめきを徐々に抑えていく。
 苦し気に頭を抱えていたライマールも、徐々に落ち着きを取り戻し、ピタリとその場で動かなくなってしまった。


「し、死んだ……?」
「ばっ……馬鹿者!!ライム!オイッ、起きろっ!!こんなわけも解らない死に方認めんぞ!!」


 兵士の誰かが呟いたのに反応し、触れる事も出来ないままギリファンが呼びかける。
 その呼びかけが聞こえたのか、ライマールは何事も無かったかの様に身体を起こし、背伸びをするとポキポキと肩を回しながら振り返った。


「ライ……マール、様……?」
 座り込んだまま呆然とメルがライマールを見上げる。
 一連の出来事だけでも訳が解らないのに、立ち上がったライマールの変わり果てた姿に、脳の処理が追いつかなかった。


 黒い魔術師のローブやブーツは絹の様に白く滑らかな物に変化し、ライマールの黒髪は、先程の白い炎と同じ位白く輝き、肌の色も雪の様にきめ細やかな輝きを放っている。
 目の色は紫から薄紫へと変化し、パッと見では、目の前にいる人物がライマールとは判らない程だった。


 起き上がったライマールは周囲をくるりと見渡すと、見た事がない位穏やかな笑みをニコリと讃える。
 たったそれだけの事なのに、頭を下げたくなる様な得体の知れない畏怖の念が、その場にいた者達皆の中に湧いてくる。


 メルやギリファン、トルドヴィンがその感情に抗いながらもライマールを見つめていると、「あぁ」と、ライマールが、何かに気がついた様に声を上げる。


「驚かせてしまったね。この子・・・が深く傷付いて拗ねてしまったから、代わりに話をしようと思いまして。こんにちは。我が子達。私の事は元番人とでも呼びなさい」

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