デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

異常事態 2

 =====




 教えられた呪文を復唱しながら、ギリファンはガラン達と合流する。
 やはり他の魔術師達もこの異様な空気を感じ取って、誰もが緊張に頬の筋肉を引きつらせていた。


 ギリファンはライマールから教えられた事を一通り魔術師達に口伝すると、ガランと手分けして、他のテントを使っている魔術師達の元へ急いだ。
 限られた時間でどれだけ正確に伝わったか判断する余裕は無かったが、幸い人数は兵士よりも少ないため時間内に全ての支持を送る事が出来た。
 余った時間はギリギリまで兵士の誘導を手伝い、急いでライマールの元へと報告に戻る。


 テントの中に入ると、既にトルドヴィンが戻っており、更にはアダルベルトやメルもその場に控えている状態だった。


「ファー!良かった。遅いから心配してたんだ」
「すまん。だが兵達も言われたとおりほぼ全員移動が済んだぞ。あっちに誰もいないのは困るからガランは置いて来たぞ」
「あぁ、それでいい。御苦労だったな。ドラゴ、ガランと共に兄上の護衛をお前に任せる。非常時だ、文句は言わせない」
「な、なんですと?!」


 ギリファン達が駆け回っている間に、やはりと言うべきか、何も説明をされていなかったのであろうアダルベルトがピンッと耳を突き立てて、ふさふさに尻尾を下に向ける。
 ただでさえこの間のメル行方不明の件で置いてけぼりを食らった近衛は、色々と言いたい事があるらしく、口をパクパクと何か訴えようとしていたが、先に釘を刺されてしまった所為で苦情を訴えようにも出来なくなってしまった。


 ギリファン達が最初に合流した時点で、ライマールから何かしら説明を受けている様だったクロドゥルフも、イマイチ納得していない様子で顔を強張らせていたが、それでも今の状況が切迫したものだと心得ているのか、迷いながらも頷いて返事を返していた。


「向こうの指揮は確かに引き受けたが……アダルベルトを連れて行って良いのか?ライマール、お前は本当に大丈夫なんだな?万が一にも悪い結果に繋がるなんて事はないんだな?」
「問題無い。副団長二人がこっちに来てしまう分、こっちよりも彼方の指揮に不安がある位だ。ドラゴをこっち側にしてクーベを彼方に返せれば良かったんだが、こいつも必要だから仕方がない。第二隊のデーゲン・オ・ガ・ジャミルに頼む訳にも行かんしな……」
「何でですか?あの方の魔術師嫌いは確かに有名ですが、義兄さんかクロドゥルフ殿下が命じれば従うと思いますよ?」
「好き嫌いは関係無い。……2時13分、か。兄上、ドラゴ、もう行った方がいい。こっちに巻き込まれれば総指揮が居ない彼方が混乱する」


 袖口から懐中時計を取り出し、ライマールが二人に促す。
 いよいよ何かが起こる時間が迫って来ていると察すれば、クロドゥルフもアダルベルトもそれ以上は何も言わず、頷き合って足早にテントを出て行く。


 残されたメル、ギリファン、トルドヴィンも各々が感じる得体の知れない恐怖を表に出さない様にと、身を固くして二人の背中を見送った。


 二人の足音が徐々に遠くなる。その音を聞きながら腕を組んだままライマールは、そのままムッツリと黙り込んでしまった。
 シンと暫く静まり返った後、一行に動く様子もなく、次の指示は無いのか?と誰もが訝しげにライマールに注目していると、ライマールはその視線に気がついて、怪訝な顔で口を曲げた。


「……なんだ?」
「……いやっ!いやいやいや!!『なんだ?』じゃないですよ!!外は異常な空気が漂ってる上に、夜中にこれだけ大規模な指示を出して置いて、まさかこれで終わりじゃ無いですよね?!流石に説明して下さい!!」


 声音まで真似てメルがツッコミを入れると同時に、ギリファンは呆れた様子でこめかみを押さえ、トルドヴィンに至っては今にも殴りかかりそうな勢いでライマールを睨みつける。


 ライマールは三人の反応を見て逡巡した後、更に顎の筋肉に力を入れると、キラリと瞳の色を金色に輝かせた。
「……今から2分17秒後、招かれざる客が現れる。被害はここにいる全員・・と、彼方の兵士、魔術師が合わせて32名。但し、死者及び怪我人は出ない。……やはりお前達を事前に固めておいても彼方の被害0とは行かなかったか……」


 淡々と予言を口にすると、ギリリ、と悔しげに歯軋りをしながら、ライマールは瞳の色を元に戻す。
 とうとう聞かされた大分具体的な予言内容に、メルやギリファンは勿論、怒りを滲ませていたトルドヴィンすらも一瞬にして顔色を失った。


「ここにいる全員って……ど、どういう事ですか?!ボク達レイスに殺されるって事ですか?!」
「落ち着けメル。死者と怪我人は出ないと今ライムが言ったじゃないか。具体的にどんな被害が出るんだ?……呪いの類か?」
「違う。……いや、ある意味では呪いとも言えるが……とにかく今のお前達では奴らに対しての対抗策がない。先程教えた呪文も完成されているとは言い難い上に、付け焼き刃で使いこなせはしないだろう」


 加えて連日の訓練と移動の疲労が地積されている状態だ。
 呪文を扱うには皆あまり良い体調とは言い難かった。


「今のお前達では……とは、殿下ならば対抗出来るという事ですか?その招かれざる客というのがどれだけ現れるのかにもよりますが、陣を工夫すれば被害に合わずに済むのでは?貴方なら幾らでも思いつきそうな気がするんですが」


 一年前、ドラゴン達に向けたあの人間離れした力を思い出して、トルドヴィンは訝しむ。
 あの巨体の生き物を一頭だけならまだしも、あの場にいたドラゴン全てをライマールは畏怖させていたのだ。
 これから現れる敵がどんな敵であれ、あの力を持ってして何らかの被害に合うというのは、何となく違和感を感じた。


 ライマールはその指摘に、痛い所を突かれたとあからさまに顔を顰める。
「……皆一箇所に集まれば、確実にこの場で被害者を出さずに済むだろうな。だが、最低でもお前達は被害に遭わなければならない・・・・・・・・・・。何故ならーー」


 ライマールが理由を口にする寸前、不快だった辺りの空気が一気に重みを増す。
 胸や背中を圧迫する気配を感じ、誰もがハッと辺りを見渡した。


 反射的に、四人背中合わせになり、狭いテントの中で円陣を組む。
 ライマールは険しい顔で腕を組んだままテントの入り口を見据え、ギリファンは錫杖を、トルドヴィンは剣を構え、メルは短剣と薬瓶を握り締めた。


 互いの鼓動を背中で確認しながら、誰となくゴクリと唾を飲み込む。
 その濃い生気も殺気も感じられない奇妙な気配は、明らかにアンデッドの気配であるにもかかわらず、レイスが発するそれとは比べ物にならない程の恐怖心を掻き立てた。


 まるで訓練を一度も受けた事のない頃の、学生に戻ってしまった様な錯覚すら覚える感覚は、ライマールの不吉な予言を中途半端に聞いてしまった所為ではないだろうかと皆疑わずにはいられなかった。


 ポタリと、剣をを握るトルドヴィンの手から汗が地面に落ちる。


「来るぞ」


 場違いな程に落ち着き払ったライマールが静かに警戒を促すと同時に、真っ黒い、影の様な塊の、幾つもの腕が、地面から這い出す様にぬるりと姿を表した。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品