デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

予言、再び 2

 黙り込んでしまったライマールに、今度はトルドヴィンが詰め寄る。
 今の今までそんな気配はまるで見せなかったのに、ここに来て唐突にそんな事をほのめかされれば、土台冷静でなどいられなかった。


「殿下!!一体ファーの身に何が起こると言うんですか?!ちゃんとご説明頂きたい!!」
「トル?!お、おい、落ち着け」
「落ち着いていられる訳ないだろう?!君こそどうしてそんなに落ち着いていられる!!君自身の事じゃないか!!」
「上に立つものが冷静さを欠いでどうする!ライム、こいつさえ私の側にいればお前が危惧している事は回避出来るんだな?」


 今まで見た事が無い位狼狽するトルドヴィンを窘めながら、ギリファンは妙に冷静にライマールに問い掛ける。
 ギリファン自身、表面上では冷静を装っているが、心臓だけは早鐘を打ち続けていた。


 ライマールが何かしらの予知にしたがって行動するのは今に始まった事じゃない。
 何度経験しても慣れない事ではあったが、その度にライマールはキチンと対策を練って危機を乗り越えてきた。
 その点では信じられるだろう?と、毎回自問自答を繰り返すのだが、自分自身に何かしらが降りかかるのであろうと思えば、やはり穏やかな気持ちでいられるはずはなかった。


 加えて何処か歯切れの悪い物言いが妙に気になる。
 大抵は余地の内容を口にしなくとも、的確に指示を出した後、自信をもって処理に当たるのが大半なのだ。


(まさか……ツェナ姫の時の様に、回避出来ない程の事が私の身にも……?)


 ギリファンはゾッと背筋に寒気を感じ、それでも悟られない様に拳をぐっと握り込む。
 しかし嫌な予感程当たってしまう様で、ライマールは依然押し黙ったまま俯いていた。


「……殿下?」
 ライマール胸倉を掴んだまま、トルドヴィンが訝しげに声を掛ける。
 するとライマールは目尻を赤く染めて、掠れる声を絞り出した。


「……何が起きるかは……教える事が出来ない。ギリファンと一緒に居るのは……メルやガランでは駄目だ。兄上やドラゴでもおそらく結果が変わってしまう。……お前が適任だとしか言えない」


「すまない……」とライマールは今にも泣き出しそうな顔で俯きがちに謝罪する。
 その顔を見て、トルドヴィンは舌打ちを打ちそうになるのをグッと堪えてライマールから手を離した。


「こちらの方こそ立場もわきまえず、申し訳ありませんでした。如何様にも処分なさって貰って結構です」
 決して全てを話そうとしないライマールに憤りを感じ、頭を下げながらも、つい淡々と突き放す様な謝罪を口にする。


 ライマールもそれを肌で感じ取っているのか、グッと顎に力を入れて必死で泣くのを我慢して小刻みに震えていた。
 そんなライマールの背をポンポンとクロドゥルフが励ます様に優しく叩く。


「私も、君の心配も良く解るからね。こんな事を言えた立場でも無いんだが……あまりライマールを責めないでやってくれないか?この子だってこの先何かしらの悪い事が起こるというのであればそれを良しとは思っていない筈だから」
「あ、にうえ……」


 ライマールはクロドゥルフの思いがけない言葉に耐えきれず、ポタポタと涙をこぼす。
「す……すま、ない……でも、お、俺は……」
「ライム……もういい。大の男が泣くな!もうすぐ父親になるんだろうが!私はトルの側にいれば良いんだな?お前が下した判断だ。私はお前を信じるぞ。……ライマール殿下」
「ファー!」


 泣くまいとして複雑に顔を歪めているライマールに、ギリファンが粛々と頭を下げる。
 怖い、と言ってしまえば、おそらく目の前の王子は自分を必要以上に責める筈だと長年の付き合いから簡単に予想出来た。


 これでも小間使いである弟のメルよりも付き合いが長いのだ。
 幾つになっても手は掛かるが、自分の弟達と同じ位大事な存在だとすら思っている。
 姉として、師として、主従として、不安にさせる訳にはいかない。
 ギリファンは再び顔を上げ、フッと柔らかい笑みを浮かべて見せる。


(魔術師という職業はやはり好きになれない。だが国に、こいつに、命を預ける覚悟はだいぶ昔から出来ていた筈だ)


 守れればそれで良いと、顔色を失った弟達と、憤りに顔を歪ませるトルドヴィン達を見渡した後、ギリファンはゆっくりと目を伏せる。


「拝命、確かに承りました。今宵より、ギリファン・ケルスガーはトルドヴィン・クーべ、アスベルグ騎士副団長と行動を共に致します」


 大きく息を吸い込み、伏せた目を再び開いた時、ギリファンは家臣として表情を改め、敬礼をする。
 そのギリファンの姿を黙って見ていたトルドヴィンも、悔しげな表情を覗かせた後、同じ様にライマールに敬礼を返した。

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