デール帝国の不機嫌な王子
苛立ちの先に
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店の中に入ると、アディはなんとなく店内を見て回る。
ヌイグルミという物を間近で見たのは初めてだったので、なんの用途に使われる物なのかよく解らなかったが、アディよりも立派な衣装に身を包んでいるので、おそらく大掛かりな呪いに使うのだろうと恐る恐る目の前のクマのヌイグルミを手にとって観察する。
見た目通りフワフワと柔らかい質感に恐れ戦いていると、工房の奥からトレーを抱えたベルンハルトがにこにことアディに声を掛けた。
『あれ、もしかしてそれ気に入りましたか?クマは人気ですからねぇ』
『人気?何かの願掛けに使ったりするの?』
『えっ?うーん。そうですねぇ〜、購入して行く親御さんの女の子らしく育って欲しいみたいな想いは篭ってるかもしれませんね。気に入ったのなら差し上げますが、その前にこの子を貰ってくれませんか?』
そう言ってベルンハルトはトレーをカウンターの上に置くと、工房の方に手を伸ばして白くフワフワとした猫のヌイグルミを掲げて見せた。
アディがパチクリと瞬きしていると、ベルンハルトはスタスタと近づいてアディの手にヌイグルミを乗せる。
受け取った猫のヌイグルミはケット・シーが着ていた民族衣装によく似た色合いの服を身に纏い、アディと同じ蒼い瞳をキラキラと輝かせていた。
『これ……』
『グルグネストの民族衣装と全く同じというわけには行きませんでしたが、少しでも心が休まればと思いまして。良かったら貰って下さい……ご迷惑でしたか?』
『そんな事ない!嬉しい!でも、何も返せる物がないわ……』
胸がつまる想いで、アディはギュッとヌイグルミを抱きしめる。
確かに衣装は完璧とは言い難い物だったし、最期に見たケット・シーの姿とも微妙に違う様な気はする。
それでも穏やかな表情はアディのよく知るケット・シーと同じ物だったし、何よりベルンハルトがわざわざ作ってくれたのだと思えば、自然と涙が零れそうになった。
熱くなる目元を必死で堪えながらアディは口元を歪ませる。
ずっと空いていた心の穴にじんわりとしみる様な暖かさを感じた。
『お礼なんて気にしないで下さい。僕が作りたくて勝手に作った物ですから。逆に負担になってしまうかなとも思ったんですが、僕にはこれしか取り柄がないですから。少しでも早く元気が出ます様に。あ、願掛けですね』
『ハル……ありがとう。大事にする。本当にありがとう』
いえいえと少し照れ臭そうに頭を掻きながらはに噛むベルンハルトを見上げながら、アディも自然と笑みが浮かび上がる。
そのアディの笑顔を見てベルンハルトがホッとした様に更に柔らかな笑みを浮かべれば、アディの心臓がドキリと小さく跳ね上がった。
『でも思ったより元気そうで良かったです。ずっと気になってはいたんですが……あ、お茶が覚めてしまいますからどうぞこちらに。召し上がって下さい』
『う、うん。ありがとう』
(気にしてくれてたんだ)
猫のヌイグルミを抱えながら、アディは小走りでベルンハルトの後を追う。
自然と緩んでしまう頬を隠す様に俯きがちにカウンターの椅子に座ると、ベルンハルトはティーポットから温かいお茶を注いでくれた。
自分の分を注ぎ終えると、近くの壁に寄りかかりながらベルンハルトはお茶を口にする。
立ってお茶を飲んでいるだけなのに、何処か気品がある洗練された仕草にアディはほぅ……っと思わず溜息をついてハッとする。
思わず見惚れてしまった事に気がついて急に恥ずかしくなり、それをごまかす様に慌ててシュネーバルに手を伸ばし、口いっぱいにパクリとかぶりついた。
そんなアディの心情を知ってか知らずか、ベルンハルトは微笑ましそうにアディを見ながらクスリと笑い声を漏らす。
『いっぱいありますから落ち着いて食べて大丈夫ですよ。アディさんは今、メルさんの家にお世話になってるんですよね?少しは慣れましたか?』
『ん、うん。皆いい人達よ。メルやメルのお兄さんとお姉さんは今お仕事で居ないけど、凄くよくして貰ってる』
『居ない?……あぁ、そう言えばこの時期は騎士団の演習がある時期でしたね。今年は魔術師も参加するって話題になっていた様な気がします。そっか、ギリファンさん居なかったのか……』
苦笑がちにポツリとベルンハルトがメルではなくギリファンの名を呟いて、アディは不思議そうに首を傾げる。
そう言えば初めて会った時もメルと知り合いみたいだったし、家族ぐるみでお付き合いがあるのかな?とアディは疑問を口にした。
『ファーを知っているの?そう言えばハルはメルとお友達だったのよね。お家にはよく遊びに行くの?』
『いえいえ、メルさんとと言うよりは……その、短い期間でしたがちょっと前まで……お付き合いしていたんですよ。フラれてしまいましたが……アディさんの様子を見に行こうかなとも思ったんですが、なんとなくまだ気まずくて訪ねられなかったと言うかなんというか……』
『お付き合い?ファーと?』
もごもごと口元を押さえてバツが悪そうに頷くベルンハルトを見て、アディはなんとなくムッとする。
何でこんなに腹が立つのかよく解らなかったが、ほんのり頬を染めるベルンハルトの姿がなんとなく面白くないと、シュネーバルを握りしめながらアディは頬を膨らませながらベルンハルトから視線を逸らした。
『そう……ファーは私と違って大人っぽいもんね。ふーーん。ハルはああいう人が好きなんだ』
『あ、ハハッ、いやぁ……一目惚れって言うわけではないんですが、立ち振る舞いがしっかりしてて綺麗な人だなぁと思って』
『……一般的にそう言うのを一目惚れって言うんじゃないかしら』
いやぁ〜と更に照れるベルンハルトを見て、アディは益々苛立ちを露わにする。
確かにギリファンは美人だし、しっかりしてるし、優しいし、素敵な女性だと思う。
自分と並べば全然背も高いし、スラリとした女性らしい体型がとても魅力的だとも思う。
……勝る所はないかもしれないけど、自分だってごく一般的位には可愛い筈だ。
(何よ……私だってお客さんの前に出れば、可愛い可愛いって褒められるんだから!)
ジトリと恨めしげにベルンハルトを睨みつけていると、ベルンハルトも流石に気付いて「どうしたのかな?」と不思議そうに首を傾げる。
やがて何かに気がついた様に、ああ!と頷いて、照れながら口を開いた。
『すみません。僕の話はどうでもいいですね。えーっと、メルさんはお元気ですか?』
『メル?元気なんじゃないかしら?あまりお話ししてないから解らないわ』
『そうなんですか?仲直りしてないんですか?』
『仲直り?メルと喧嘩なんてしてないわよ?』
唐突になんでメルの話なんだろうと、イライラとした気持ちのままアディが眉を顰めると、ベルンハルトはあれ?っと更に首を傾げる。
『初めてアディさんとお会いした時お二人ともギクシャクしてたんで、僕はてっきり痴話喧嘩がこじれたのかなと思ったんですが……』
『痴話喧嘩!?なんでそうなるの!?私別にメルとお付き合いしているわけじゃないわ。色々助けて貰ってて悪いなって思ってはいるけど……』
『えっ?あ、すみません。てっきり両想いかと……メルさんに悪い事しちゃったかな……えーっと、忘れて下さい』
ベルンハルトはそう呟いて、ハハハと乾いた笑い声を漏らして笑顔を引きつらせる。
なんでそういう勘違いをしていたのかと、ただでさえ面白くないアディはシュネーバルとお茶を一気に平らげると、ヌイグルミをギュッと抱き締めて立ち上がる。
『ごちそうさまでした!皆が心配するからそろそろ帰る!!』
『えっ?ああ、そうですね。暗くなると物騒ですし、それがいいです。送りますよ』
『要らない!一人で帰れるわ!子供扱いしないで!』
『そんなつもりでは……あの、何か僕、気に障る様な事言ってしまいましたか?』
ギリファンのくだりから何もかもが気に入らないと思いつつも口にはできず、ムッとしたままアディはスタスタと店の入り口まで足早に進む。
不安そうに眉尻を下げるベルンハルトの顔を見る事なく、そのまま店の扉に手を掛けると、イーッと歯をむき出しにして振り返った。
『別にっ!お邪魔しました!!……ハルの鈍感!!』
投げ捨てる様に言って少し乱暴に扉を閉めると、ベルンハルトの言葉も聞かないままアディはパタパタと元来た道を走り出す。
白く、フワフワとしたヌイグルミを抱えながら、アディは急激な気持ちの変化に戸惑いを覚える。
(どうしよう……私、ハルが好きなんだ)
自然と放ってしまった言葉と、初めてあった時からなんとなく感じていた淡い気持ちの意味に気がついて、アディは別の意味でこの先どうしたら良いのか益々判らなくなってしまった。
店の中に入ると、アディはなんとなく店内を見て回る。
ヌイグルミという物を間近で見たのは初めてだったので、なんの用途に使われる物なのかよく解らなかったが、アディよりも立派な衣装に身を包んでいるので、おそらく大掛かりな呪いに使うのだろうと恐る恐る目の前のクマのヌイグルミを手にとって観察する。
見た目通りフワフワと柔らかい質感に恐れ戦いていると、工房の奥からトレーを抱えたベルンハルトがにこにことアディに声を掛けた。
『あれ、もしかしてそれ気に入りましたか?クマは人気ですからねぇ』
『人気?何かの願掛けに使ったりするの?』
『えっ?うーん。そうですねぇ〜、購入して行く親御さんの女の子らしく育って欲しいみたいな想いは篭ってるかもしれませんね。気に入ったのなら差し上げますが、その前にこの子を貰ってくれませんか?』
そう言ってベルンハルトはトレーをカウンターの上に置くと、工房の方に手を伸ばして白くフワフワとした猫のヌイグルミを掲げて見せた。
アディがパチクリと瞬きしていると、ベルンハルトはスタスタと近づいてアディの手にヌイグルミを乗せる。
受け取った猫のヌイグルミはケット・シーが着ていた民族衣装によく似た色合いの服を身に纏い、アディと同じ蒼い瞳をキラキラと輝かせていた。
『これ……』
『グルグネストの民族衣装と全く同じというわけには行きませんでしたが、少しでも心が休まればと思いまして。良かったら貰って下さい……ご迷惑でしたか?』
『そんな事ない!嬉しい!でも、何も返せる物がないわ……』
胸がつまる想いで、アディはギュッとヌイグルミを抱きしめる。
確かに衣装は完璧とは言い難い物だったし、最期に見たケット・シーの姿とも微妙に違う様な気はする。
それでも穏やかな表情はアディのよく知るケット・シーと同じ物だったし、何よりベルンハルトがわざわざ作ってくれたのだと思えば、自然と涙が零れそうになった。
熱くなる目元を必死で堪えながらアディは口元を歪ませる。
ずっと空いていた心の穴にじんわりとしみる様な暖かさを感じた。
『お礼なんて気にしないで下さい。僕が作りたくて勝手に作った物ですから。逆に負担になってしまうかなとも思ったんですが、僕にはこれしか取り柄がないですから。少しでも早く元気が出ます様に。あ、願掛けですね』
『ハル……ありがとう。大事にする。本当にありがとう』
いえいえと少し照れ臭そうに頭を掻きながらはに噛むベルンハルトを見上げながら、アディも自然と笑みが浮かび上がる。
そのアディの笑顔を見てベルンハルトがホッとした様に更に柔らかな笑みを浮かべれば、アディの心臓がドキリと小さく跳ね上がった。
『でも思ったより元気そうで良かったです。ずっと気になってはいたんですが……あ、お茶が覚めてしまいますからどうぞこちらに。召し上がって下さい』
『う、うん。ありがとう』
(気にしてくれてたんだ)
猫のヌイグルミを抱えながら、アディは小走りでベルンハルトの後を追う。
自然と緩んでしまう頬を隠す様に俯きがちにカウンターの椅子に座ると、ベルンハルトはティーポットから温かいお茶を注いでくれた。
自分の分を注ぎ終えると、近くの壁に寄りかかりながらベルンハルトはお茶を口にする。
立ってお茶を飲んでいるだけなのに、何処か気品がある洗練された仕草にアディはほぅ……っと思わず溜息をついてハッとする。
思わず見惚れてしまった事に気がついて急に恥ずかしくなり、それをごまかす様に慌ててシュネーバルに手を伸ばし、口いっぱいにパクリとかぶりついた。
そんなアディの心情を知ってか知らずか、ベルンハルトは微笑ましそうにアディを見ながらクスリと笑い声を漏らす。
『いっぱいありますから落ち着いて食べて大丈夫ですよ。アディさんは今、メルさんの家にお世話になってるんですよね?少しは慣れましたか?』
『ん、うん。皆いい人達よ。メルやメルのお兄さんとお姉さんは今お仕事で居ないけど、凄くよくして貰ってる』
『居ない?……あぁ、そう言えばこの時期は騎士団の演習がある時期でしたね。今年は魔術師も参加するって話題になっていた様な気がします。そっか、ギリファンさん居なかったのか……』
苦笑がちにポツリとベルンハルトがメルではなくギリファンの名を呟いて、アディは不思議そうに首を傾げる。
そう言えば初めて会った時もメルと知り合いみたいだったし、家族ぐるみでお付き合いがあるのかな?とアディは疑問を口にした。
『ファーを知っているの?そう言えばハルはメルとお友達だったのよね。お家にはよく遊びに行くの?』
『いえいえ、メルさんとと言うよりは……その、短い期間でしたがちょっと前まで……お付き合いしていたんですよ。フラれてしまいましたが……アディさんの様子を見に行こうかなとも思ったんですが、なんとなくまだ気まずくて訪ねられなかったと言うかなんというか……』
『お付き合い?ファーと?』
もごもごと口元を押さえてバツが悪そうに頷くベルンハルトを見て、アディはなんとなくムッとする。
何でこんなに腹が立つのかよく解らなかったが、ほんのり頬を染めるベルンハルトの姿がなんとなく面白くないと、シュネーバルを握りしめながらアディは頬を膨らませながらベルンハルトから視線を逸らした。
『そう……ファーは私と違って大人っぽいもんね。ふーーん。ハルはああいう人が好きなんだ』
『あ、ハハッ、いやぁ……一目惚れって言うわけではないんですが、立ち振る舞いがしっかりしてて綺麗な人だなぁと思って』
『……一般的にそう言うのを一目惚れって言うんじゃないかしら』
いやぁ〜と更に照れるベルンハルトを見て、アディは益々苛立ちを露わにする。
確かにギリファンは美人だし、しっかりしてるし、優しいし、素敵な女性だと思う。
自分と並べば全然背も高いし、スラリとした女性らしい体型がとても魅力的だとも思う。
……勝る所はないかもしれないけど、自分だってごく一般的位には可愛い筈だ。
(何よ……私だってお客さんの前に出れば、可愛い可愛いって褒められるんだから!)
ジトリと恨めしげにベルンハルトを睨みつけていると、ベルンハルトも流石に気付いて「どうしたのかな?」と不思議そうに首を傾げる。
やがて何かに気がついた様に、ああ!と頷いて、照れながら口を開いた。
『すみません。僕の話はどうでもいいですね。えーっと、メルさんはお元気ですか?』
『メル?元気なんじゃないかしら?あまりお話ししてないから解らないわ』
『そうなんですか?仲直りしてないんですか?』
『仲直り?メルと喧嘩なんてしてないわよ?』
唐突になんでメルの話なんだろうと、イライラとした気持ちのままアディが眉を顰めると、ベルンハルトはあれ?っと更に首を傾げる。
『初めてアディさんとお会いした時お二人ともギクシャクしてたんで、僕はてっきり痴話喧嘩がこじれたのかなと思ったんですが……』
『痴話喧嘩!?なんでそうなるの!?私別にメルとお付き合いしているわけじゃないわ。色々助けて貰ってて悪いなって思ってはいるけど……』
『えっ?あ、すみません。てっきり両想いかと……メルさんに悪い事しちゃったかな……えーっと、忘れて下さい』
ベルンハルトはそう呟いて、ハハハと乾いた笑い声を漏らして笑顔を引きつらせる。
なんでそういう勘違いをしていたのかと、ただでさえ面白くないアディはシュネーバルとお茶を一気に平らげると、ヌイグルミをギュッと抱き締めて立ち上がる。
『ごちそうさまでした!皆が心配するからそろそろ帰る!!』
『えっ?ああ、そうですね。暗くなると物騒ですし、それがいいです。送りますよ』
『要らない!一人で帰れるわ!子供扱いしないで!』
『そんなつもりでは……あの、何か僕、気に障る様な事言ってしまいましたか?』
ギリファンのくだりから何もかもが気に入らないと思いつつも口にはできず、ムッとしたままアディはスタスタと店の入り口まで足早に進む。
不安そうに眉尻を下げるベルンハルトの顔を見る事なく、そのまま店の扉に手を掛けると、イーッと歯をむき出しにして振り返った。
『別にっ!お邪魔しました!!……ハルの鈍感!!』
投げ捨てる様に言って少し乱暴に扉を閉めると、ベルンハルトの言葉も聞かないままアディはパタパタと元来た道を走り出す。
白く、フワフワとしたヌイグルミを抱えながら、アディは急激な気持ちの変化に戸惑いを覚える。
(どうしよう……私、ハルが好きなんだ)
自然と放ってしまった言葉と、初めてあった時からなんとなく感じていた淡い気持ちの意味に気がついて、アディは別の意味でこの先どうしたら良いのか益々判らなくなってしまった。
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