デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

奇遇・不遇・冷遇 2

「だって、ベルンハルトさんが本当に騎士に向いてるかどうかなんて、やって見ないと判らない事ですし、人形作りにしたって、どうしてそこまでこだわるのかが判らなければ、お兄さんだってベルンハルトさんの事ずっと判らないままじゃないですか。分かり合えないままで良いのであれば無理にとは言いませんが、分かりあいたいなら、悪い方法じゃないとボクは思いますよ?」


 現にあのアダルベルトが女王の采配で180度とまでは行かずとも、魔術師に理解を示す考えを持ち始めたのだ。
 家族間なら、努力すれば必ず理解出来る筈だとメルは確信する。


「確かにこのままでは何も変わりませんね……分かりました。武器を持つのは嫌ですが、兄さんがそれで納得してくれるなら。今日1日は付き合いましょう」
「……正直納得はいかん。だが、お前が付き合う気になったのなら今の所はよしとしておこう。今日1日でお前の気も変わるかもしれないしな」
「兄さん、約束は約束だ。あくまで今日1日だけだ。今後は無いし、兄さんもちゃんと僕の店に来てよね」
「あ、ボク証人になりますから。心配なら誓約書でも用意しますか?」
「結構だ!騎士は誓約を違えたりなどしない!ベルンハルト、私は先に行って隊の皆に事情を話してくる。そこの魔術師と挨拶が済み次第直ぐに訓練場の方へ来い。逃げることは許さんからな」


 中年の兵士はメルを睨みつけると早々に踵を返し、訓練所の方角へと歩いていく。
 ベルンハルトはその背を見送り、少しホッとした様子でメルに向き直ると、漸く屈託のない笑顔を見せて、メルに握手を求めてきた。


「有り難う御座います。まさかこの様な形で再開するとは思ってませんでした。身内の問題に巻き込んでしまってすみません。良い機会ですので、なんとか兄を説得してみようと思います。もしかしたら父や他の兄達も説得できるかもしれませんから」


 差し出された手を見つめ、メルは少しバツが悪そうにおずおずとその手を握り返し、ベルンハルトに聞こえない位小さな声でポツリとぼやいた。


「また敵に塩を送ってしまった……」
「はい?」
「いえ、なんでも無いです。幸運を祈ってます。じゃあボクは仕事があるんで行きますね」


 とにかくこれ以上関わるのはゴメンだとばかりに、メルも研究室のある方角へと向き直る。
 おそらくもうライマールやアダルベルトは登城してしまっているだろう。人生初の遅刻だ。
 かなり素っ気ない言い方になってしまったが、ベルンハルトは気にする様子もなく、少し申し訳なさそうにメルを引き留めた。


「あ、お急ぎだったんですね。申し訳ありません。ですが少しだけ!お名前をお伺いしても宜しいですか?是非お礼をさせて下さい。僕の名前は……」
「知ってます。ベルンハルト・オ・ガ・ジャミルさんですよね。ボクはメルです。苗字はありませんがギリファン・ケルスガーの弟です。姉がお世話になっています。あ、お礼とか結構ですよ。ボクはこの間の借りを返しただけですから」
「ファンの、弟さん?あぁ!確かによく似ています。どうして気がつかなかったんだろう。僕の方がご挨拶に伺うべきでしたのに、わざわざ訪ねて下さったんですね」


 メルが名乗ればベルンハルトは驚いた顔をした後、早く言ってくれれば良かったのに。と、無邪気に微笑む。


 その反応を予想はしていたものの、メルはベルンハルトからなんとなく目を逸らし、顔を曇らせた。


(もっと嫌な人だったら割り切る事が出来るのに。この優しげな人を傷付けなければならないのはかなり気が滅入る。)


「ベルンハルトさんは姉のどこを……いえ、やっぱりいいです。聞きたくありません。どんなに良い人でもボクは貴方と姉の仲を認めるわけには行かないんです。ボクはあの時、貴方に姉を諦めてもらう為にあの場所に行ったんですから」


 ほんの少しその瞳に迷いの色を浮かべながらも、メルは再び顔を上げ、ベルンハルトを睨みつけた。
 大丈夫、この人なら姉さんよりも良い人が見つかる筈だからと、自分に言い訳をしながら憎まれ役を演じてみせる。


 ベルンハルトはまさか反対されるとは思っていなかったのだろう。
 それまでの態度を一転させてしまったメルに困惑して、その表情を曇らせた。


「何故ですか?それはやはり、僕が貴族としての誇りを捨ててしまったからですか?それとも私には彼女を守るだけの力がないからですか…?」
「そっ……そうです!!姉さんは僕と同じ魔術師で、しかも副団長と言う立場にある人なんです。必要とあらばレイスやモンスターと戦いますし、戦時には戦線を指揮する立場にあります。ボクは……ボクは、そう!姉さんの背中を預けられる人に姉さんを託したいんです!ですから、好意だけで隣に居る貴方を認めるわけにはいかないんです!」


 一瞬、そんなことはありません!と言いかけて、メルは慌ててベルンハルトの言葉を借りる。
 気を抜けばベルンハルトを慰めたくなってしまうが、自分はあくまでトルドヴィンを応援したいのだ。
 理由なんてこじつけでしかない。しかし武器を持つのが嫌だと言ったベルンハルトには効果的に違いないと、思いついた理由を必死になって口にした。


 そしてメルは直ぐに後悔する。
 ベルンハルトはメルの言葉を聞いて、絶句し、その表情を更に暗いものへと変化させていったのだ。


 それはメルが想像していたよりも、遥かに悲愴なものだった。
 自暴自棄になったトルドヴィンとは比べ物にならない程の絶望感が漂い、その壁の隔たりが大きいものなのだと、メルに言われて悟った様な顔をしている。


 侯爵位を継ぐ、デール帝国の騎士の一家に生まれ育った故に、国に命を捧げる人間の末路が平穏なものとは限らない事を理解しているのだろう。
 戦争がなくとも、犯罪に巻き込まれる可能性は一般人のそれとは比べ物にならない位高いし、ゼイルの森に住むモンスターを相手にすれば無傷で済まない事も多々あるのだ。


 もしかしたらベルンハルトは家族の中でそう言う目にあった人間を、何度となく見て来たのかもしれない。
 この優しい人は家族が傷付く様を見て、騎士の運命に堪えられなくなったのではないだろうか?


 過去にあった何か嫌な出来事を思い出させ、余計に追い詰めてしまったのかもしれないと思えば、敵を排除したという達成感など全く感じる事もなく、メル胸の内にあった罪悪感がふくらんでいくばかりだった。


 メルは口にしかけた謝罪の言葉を必死で飲み込んで、今にも泣きそうなベルンハルトの視線から目を逸らし、ベルンハルトの返事も聞かずに逃げる様にその場から走り去った。

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