デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

奇遇・不遇・冷遇 1

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 異国の少女に心を奪われて以降、メルはすっかり元気をなくし、何をしても失敗ばかりの日々が続いた。
 ライマールの愛は重いとバカにした割に、こうしていざ恋をしてみれば、自分も人の事は言えないと気付かされる。


 それから二度程休日を迎えたが、広場へ赴いてもあの少女に再び会う事はなかった。
 もしかしたらもう帝都には居ないのかもしれない。
 異国の民であれば、翌日には別の国へと移っていても何ら不思議ではないだろう。
 それでもまたもしかしたら帝都に戻ってくるかもしれないと、メルは翌週もまた来てみようと、姉の問題などすっかり忘れて、たった一度会っただけの異国の少女に想いを寄せて、毎週の様に広場へと足を向けていた。


 そんな風に日々を過ごし、もうそろそろ季節も秋へと移り変わり始めようとしている中で、城では毎年恒例となっている秋の軍事演習の準備が着々と進められていった。


 今年は兵士だけでなく魔術師とも合同で演習が行われる事が去年の演習後に決定されていた為、ライマールやメルの周りも、慌ただしさを取り戻し始めていた。
 去年の竜の国の事件以降、騎士達の間でも魔術師の重要性に関心を寄せる者が増え、彼らが率先してクロドゥルフに嘆願したのだ。


 無論、中には根強く反発する声もあったが、今まで先輩騎士に対して何も反論できなかった、ライマールの講義を受けてきた比較的新しい層の騎士達が賛成の意を示し、以前に比べ、反発した騎士達の方の分が悪くなり始めていた。


 事案はトルドヴィンからクロドゥルフへ渡り、議会にまで持ち出される事となる。
 今まで前例がなかっただけに、議員達もかなり渋ったのだが、皇族全員が賛成の意を示した為、反対意見を大々的に示すものはなく、着々と準備が進められる事となった。


 少しづつ、確実にライマールの努力が身を結び始めている事に、メルは自分の事の様に誇りを感じていた。
 小さな頃から何かと苦労して来たライマールが、この先どんな風に幸せになっていくのかがとても楽しみなのだ。


「うん。仕事に生きるのも悪くない人生だ。ライマール様の幸せを願えばこそ、失恋なんて些事些事!今日こそ気持ちを切り替えて仕事に励みますよ!!」


 口に出してみて少しまた凹んだ様な気がしたが、それは気のせいだと自分に言い聞かせ、メルは今日も仕事に精を出す。
 いつもの様にライマールの研究室へ向かう為に裏門から王宮の方へと歩いていると、アスベルグの訓練所のある方向から何やら人が揉めている様な、言い争う声が聞こえて来た。


 何事かと思い、興味本位でそちらへ向かってみれば、ガタイのいい中年の兵士が、見覚えのある若い青年の手首を掴んで、引きずって歩いているのが見えた。


「あれってもしかして……ベルンハルトさん?」
 遠目ではあったが、確かに引きずられている方の青年は今の今まで存在をすっかり忘れていたベルンハルトその人だった。


 何故人形職人のベルンハルトがこんな所で、しかも兵士に引きずらる形でいるのだろうかとメルは眉を顰める。
 まさか犯罪を犯したのか?と、一瞬そんな考えがよぎったが、知らない人でも心を許してしまう程お人好しのベルンハルトが犯罪など犯すだろうか?と、メルはすぐさまその考えを否定する。


(うーん。悪い人とは思えなかったし、騙されても騙す人じゃないよなぁ……あ、騙されて利用されて罪をなすりつけられる事ぐらいはあり得そうかも)


 だとしても自分には関係ないし、姉さんが見限るきっかけになるかもしれない。などと考え、見なかったことにしようと回れ右をし、元来た道へ戻ろうとする。


 しかし二,三歩進んだ所でピタリと足が止まってしまった。


(いやいや、幾ら何でも流石に罪のない人が捕まるのを見過ごすのはどうなんだろう?……でももしかしたら本当に犯罪を犯してるかもしれないし……)


 頭を抱え、良心がズキズキとメルに突き刺さる中、背後からは止めを刺すかの様にベルンハルトの悲痛な叫びがハッキリと聞こえて来た。


「止めろ!!僕はただの一般人だ!!」
「五月蝿い!!黙らんか!!全くお前という奴は……今日という今日はその女々しい性根を叩き直してやる!!
「そんな横暴な……僕は嫌だ!!絶対に……だ、誰かっ助けて下さい!」


 気が付けば、メルは自分の意思が始めからそこにあったかの様に、ベルンハルトと兵士の間に割って入ろうと飛び出していた。
「あ、貴方は!」
 驚愕の声を上げたベルンハルトの顔をチラリと見た後、メルは助けてしまった事を少々後悔をする。


(何で助けちゃうかなぁ……ボク、いつからこんなお人好しに……あ、ライマール様の所為かも。前にもこんな事あった気がする)


 メルは小さく嘆息を吐くと、乗りかかった船なのだからもうしょうがないと諦めて、目の前の兵士に事情を聴く事にする。


「すみません。何やら言い争う声が聞こえたものでつい。あの、彼が何かしたのでしょうか?彼、ボクの知り合いなんですよ」
「なんだと!?ベルンハルト!!お前という奴は人形なんぞに現を抜かすだけでなく、魔術師とまで交友を持っていると言うのか!!お前はどれだけ一族の顔に泥を塗れば気が済む!!」


 ん?あれ?助けるつもりが火に油を注いだか?
 烈火の如く顔を真っ赤にして憤慨する兵士を見ながら、メルは少々後ずさる。
 すると、メルの背中に縋る様にくっついていたベルンハルトも、恐々としてメルと一緒に後ずさった。


「僕は家名に泥を塗ったつもりはないよ。それに魔術師の何が悪いと?代を遡ればうちも元は夢幻の……」
「黙れ!!お前のは屁理屈と言うんだ!!代を遡ろうが遡るまいがうちは剣一本でやって来たんだ!その剣を捨てたのは家族の中でもお前だけだぞ!いい加減目を覚ませ!今からでも遅くはない。父上の許しを得る為にも騎士団へ入団しろ!」
「嫌だ!!僕は生涯をかけて、僕のヌイグルミを手にした子供達が大人になっても、愛してくれる様なヌイグルミを作っていくって決めたんだ!!」
「えーっと……」


(会話から察するに、目の前のこの中年の兵士はベルンハルトさんのお兄さん?つまり、身内と言う事だろうか?)


 二人がメルを挟んで睨み合い、言い争いを続ける中、メルはこめかみを抑えて状況を整理する。
 ……要するに犯罪でしょっぴかれたとかではなく、身内の揉め事に首を突っ込んでしまっただけらしい。


 やはりほっとけば良かった……と、メルは殊更後悔し、ガックリと項垂れる。
「事情はなんとなく解りましたが……一般人を強制的に騎士団へ入団させるのはチョット……かなり、問題あると思いますよ?戦争でも無い限りは規定違反になる筈です」
「黙れ魔術師!一般人と言ってもこれは身内の問題。他人が口を出していいものではない」
「まぁ、ボクも諸事情であまり口は出したくないんですが、流石に見てられないので。んー……ベルンハルトさん?実際の所、剣を扱う事って出来るんですか?」


 唐突に名前を呼ばれ、ベルンハルトは目をしばたたかせる。
 予期していなかった質問に、ベルンハルトは曖昧ながらも小さく頷いてみせた。


「道場には通ってませんでしたが、学園の騎士学科初等部までは通っていたので、一通りの事は一応習いました。強くはないですが……」
 シュンとしてベルンハルトが子供の様に項垂れれば、兵士は慌ててベルンハルトに言い聞かせる。


「何を言う。お前にはきちんと才がある。そうでなければここまで連れて来たりしない。お前はちゃんとジャミル家の血を引いている。直ぐにこの兄すらをも超える名騎士になれるぞ」
「そんな事言うのはデーゲン兄さん位だ。それに僕は誰かに怪我を負わせる様な事はしたくない。例え練習であったとしても……堪えられない」


 まるで誰かを傷つけてしまった事がある様な口ぶりだなと、メルはベルンハルトをまじまじと見る。
 その表情は暗く、本当に武器を持つのが嫌なのだとありありと伝わってきた。


「ベルンハルト、お前は優し過ぎるのが弱点だ。だが、それは長所でもある。誰かが助けを求めている時、武器を扱えれば守る事が出来るんだぞ?人形など作っていても誰も守る事は出来ん。何故それが解らない」
「兄さんこそなんで判ってくれないんだ。ヌイグルミだって人の心を癒す事が出来る。僕は剣や槍で守るより、誰かが笑顔になる様な仕事がしたい。壊すより、作って行きたいんだ」


 二人とも一歩も譲らず。このままではおそらくずっと平行線のままだろう。
 メルはそろそろ行かないと流石に遅刻になるなぁと思いつつも、ここまで首を突っ込んでおいて離れるわけにも行かず、必死になって解決策はないものかと考えあぐねた。


「そうですねぇ……ボクも立場上、家名に思い入れがかなりありますから、お兄さん?の言っている事はよく解りますし、ベルンハルトさんが仕事に誇りを持っている気持ちも良く解るんですよねぇ。うーん……そうだなぁ……こういう時は……あー!そうだ、ベルンハルトさん、今日はとりあえずお兄さんに付き合ってみたらいかがですか?」
「な、なんですって!?あ、貴方は私の味方をしてくれるんじゃなかったんですか?!」


 てっきり助けてくれたのだと思っていたメルが掌を返す様にとんでもない事を言い出したので、ベルンハルトは顔を真っ青にして、慌ててメルから身を離した。
 目の前にいた兵士も思わぬ援軍に、キョトンと目を見開いてメルをマジマジと見つめていた。


 そんな二人の様子を気にするでもなく、メルはえっへんといつもの調子でビシリと人差し指を立てて二人に提案する。


「とりあえず、"今日は"です!これはお隣の国の女王陛下お話なんですけどね、ボクの同僚で腐れ縁の実直バカがいるんですが、ある時、真面目過ぎるがゆえにその女王の不況を買いましてね?まぁ、当然沙汰が下ったわけですが、その女王陛下が下した沙汰っていうのが、自分が理解出来ない存在を理解してこいって内容の裁きだったんですよ。つまりですね、この場合も同じなんじゃないかなってボク思ったわけです」


「なんかどっかで聞いた話の様な気がするが……どういう意味だ?」
「簡単な事です。今日一日、ベルンハルトさんはお兄さんの要求を妥協して飲んで兵士として体験してみる。そこでベルンハルトさんが、兵士やってもいいかなぁ?って思えなかったらお兄さんには諦めてもらうんです。で、お兄さんも後日、ベルンハルトさんのお店で1日働いてみればいいんですよ」
「なんだと?」


 我ながらいい案だ。とメルは満足そうに頷く。
 しかし等の本人達は納得していない様子で眉を顰めてメルに抗議の眼差しを送ってくる。
 ベルンハルトはどんな理由があろうと、やはり武器は持ちたくないといった様子だった。

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