デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

街のクマさん 2

 突然泣き出してしまったメルを見て、ベルンハルトはギョッとしてアワアワと狼狽える。


 初対面の人に対して失礼な言葉だったのだろうか?もしかした彼が気にしていた何かに触れる様な事を言ってしまったのかもしれない。
 とにかく謝らないと!


と、ベルンハルトはメルに向かって頭を仕切りに下げて恐縮する。


「申し訳御座いません!お客様を不快にさせてしまいましたか!?そんなつもりは無かったんですが…どうしよう。ええと、えーと、あ、ハンカチ!これ、使って下さい」
「…えっ?あ、あれ!?」


 ベルンハルトに指摘され、メルは漸くそこで自分が泣いている事に気がつく。
 彼が言う様に彼の言葉が不快だと思った訳では無かった。どう言うわけか、自分も彼と同じ様に懐かしいと感じていた位不本意ながら彼に好感を抱いた程だ。


 メルはパニックになりながらそのハンカチを素直に受け取り、必死で涙を止めようと目の下を押さえ込む。
「ありがとうございます。……って、と、止まらない!?うわっ、なんで!?なんだこれ!?すみません。泣くつもりなんて全く無かったんですが、止めます!止めて見せます!!」


 でもどうすれば止まるんだ!?と、メルは困惑しながら奥歯をキリキリと噛み締めてみる。
 それでも一向に止まる様子のない涙に更に焦りを感じていれば、困り顔のベルンハルトがいたわしげにメルの背中を摩り、カウンターの中にある小さな椅子へとメルを誘導し、座らせた。


「落ち着いて、深呼吸を。ああ、少し待っていて下さいね。お茶を入れてきます。ハーブティーがまだ残っていたと思うので」
「えっ、あっ!いえっお構いなく!」


 誘導されるまま椅子に座って深呼吸した所で、メルはハッとしてまた失態を犯してしまったと頭を抱える。
 彼の人柄なのだろうか?不思議な位相手を落ち着かせる様な和ませる様な、そんな空気を放っていて、姉を横取りした男だと言うのについ心を許してしまいそうになる。


(ど、どんなに良い人でも認めるわけにはいかないのに!!何してるんだボクは!?)


 ここは一度出直した方が良いんじゃ無いだろうか?と、混乱するあまりすっかり涙を引っ込ませて項垂れていると、ベルンハルトが花柄のティーポットとカップをお盆に乗せて、お茶を運んできてくれた。
 カウンターに置かれた盆をよく見れば、クッキー生地を片手で収まり位の大きさに丸めて作った、シュネーバルと呼ばれるお菓子まで盛られていた。


「表通りの店で買ったんです。美味しいですよ。よかったら食べて下さい。あ、僕のオススメはナッツとチョコレートの……これかな?」
「す、すみません。気を使わせてしまって……頂きます」


 にこにこと笑顔で勧められ、折角用意してくれたのに断るわけにもいかず、結局メルはオススメのシュネーバルを軽く砕いてその破片を口にする。
 この店のシュネーバルは柔らかめなのだろうか、クッキーと言うよりもサクサクとパイ生地に近い食感の、程よい甘さが癖になりそうなシュネーバルだった。


 ハーブティーを口にすれば、また爽やかな味と優しげな香りが鼻をくすぐる。
「落ち着きましたか?」
 ベルンハルトはやはり人の良さそうな笑顔を浮かべながら、ホッと息を着くメルに声を掛ける。
 まるで邪気の無い笑顔にメルは少しだけチクリと胸を痛ませて、何とか止まった涙を確認しながら、ぎこちなく微笑み返した。


「はい。ご迷惑をお掛けしました。自分でもなんで泣いたのかよくわかんないんで、その、気になさらないで下さい。ハンカチ、洗って返しますね」
「あぁ、良いですよ。適当に置いておいて下さい。……あの、僕に非があったのでしたら遠慮せずにおっしゃって下さいね。恥ずかしい話、独り立ちして工房を建ててまだ間もないんですよ。しかも殆ど通りですから客足も少なくって、どうもお客様を相手にするのにまだ慣れてないもので。お陰で売れない人形ばっかり増えていってるんですけどね。アハハハハ」


 それは笑っていて良いんだろうか?メルはまた蹴落とす相手だという事を忘れ、どこか頼りないベルンハルトが心配になる。


 そしてすぐに、いや、一応敵なんだから経済的不安を盾にすれば追い払えるじゃないか!とメルは慌てて首を振る。
 そのメルの行動をベルンハルトは不思議そうに首を傾げて見ていたが、メルは気がつかないフリをして、「敵情視察、敵情視察」と自分に言い聞かせながら、ベルンハルトに適当な質問を投げかけた。


「ええっと……何故人形職人に?こういったものは女性が作るものだとばかり思ってました」
「アハハ、そうですね。それよく言われます。大きな工房に入ればむしろ男性の方が多いんですよこの業界。僕はこれでも貴族の出なんですけどね、小さい時から何故か国に忠誠を誓うとかそういう事より、手を動かす事に興味がありまして。特に赤子の頃からそばにあったぬいぐるみに愛着があった所為か、いつか自分で作ったぬいぐるみを誰かにあげて喜んでもらえたらなぁって思う様になったんですよねぇ。好きな人にあげて、更に自分の子にあげる事が出来たら……なんて。やっぱり変ですよね?」
「いえ、とても素敵だと思います」


 姉さんが相手じゃ無かったら。とメルは心の中でコッソリ付け足す。
 裏表が無い人なのだろう。照れながら話す小さな夢は、本心からの願いだと良く判る。真っ直ぐな人だとは聞いていたが、弱点を見つけるのが難しい位本当に良い人だ。


 もしトルドヴィンが居なかったら、自分はこの人を素直に受け入れたに違いない。
 そんな事を考えてメルはまた少し気持ちが沈む。


 そんなメルの気持ちに気付く事なく、ベルンハルトはアハハとまた笑って首を振る。


「無理しなくて良いんですよ。自分でも男らしく無いし、変だって自覚してるんですから。兄達からは女々しいやつだ。一家の面汚しだってよく言われたものです。父からはクマのぬいぐるみを作らせるためにベルンハルト熊みたいに強くなんて名前をつけたわけじゃないって嘆かれもしたっけな。結局理解してくれたのは祖父と母だけで、只今絶賛勘当中なんですよ〜。いやぁ〜まいったまいった」
「いえ、お世辞じゃ無くて本当に……あの、お話を聞いてると色々と笑える状況じゃなさそうな気がするんですが……大丈夫なんですか?」


 この人、放っておいたらいつか餓死するんじゃ無いか?と思ってしまう程ハラハラする人だとメルは思った。
 メルの主人のライマールもそういう節はあるが、ライマールとは別の意味で不安になってくる頼りなさだ。
 ご飯ちゃんと食べてるの?病気してない?と、気を緩めれば、つい我が子を心配する母の様な心境になってしまう。


(だから!この人は敵なんだってば!何でボクが心配しなきゃいけないんだ!?)


 メルの心の葛藤もつゆしらず、ベルンハルトはのほほんとメルの疑問に答える。


「そうですねぇ。まぁ家族ですから、いつかそのうち判ってもらえますよ。世間一般では、孫が出来れば変わるとも聞きますし。何とかなるでしょう」
 大丈夫大丈夫。と、ベルンハルトはやはり笑顔で答える。


 底抜けに前向きな人だなぁと、メルが呆れにも似た関心を寄せていれば、ベルンハルトは「さてと…」と言って、カウンターから離れる。


「僕は工房の方に居るので何かありましたら声かけて下さい。対したもてなしは出来ませんが、ゆっくりしていって下さいね」
「あ……ありがとうございます」


 ニコニコと軽く会釈して奥へと引っ込むベルンハルトを見送りながら、そんなに簡単に気を許して商品盗まれたらどうするんだろう。と、メルはまた心配になる。


 それはそれとして茶菓子まで頂いた手前、手ブラで帰るのも悪いなぁと、なんとなく店内を見て回る事にする。
 シュネーバルで手を汚してしまったので手にとって見るわけにもいかず、適当に近くにあったクマのぬいぐるみをギリギリまで近づいて観察する。


 可愛らしいフリルのドレスを着たクマの人形はとても丁寧な仕事がなされている事が、素人目で見ても判断が出来た。
 ぬいぐるみの造形は勿論、身につけているそのドレスも繊細なレースや刺繍が施されており、頭につけられたリボンですらも上質な証とも言える光沢を放っていた。


 周りに置かれたぬいぐるみも一緒で、どれもこれも想いのこもった一級品だとメルは感心する。


(表通りにあれば、繁盛しそうなお店なのにな……)


 なんだか勿体無い……と思ってから、メルは慌ててブンブンと首を振る。


 ここに来てからどうも変だ。相手はあくまでも憎むべき敵で、決して気を許してはいけないのに、先程からつい姉やトルドヴィンの心配よりも彼の心配をしてしまうのである。
 下手をしたら、「ここにあるクマ全部下さい」なんてウッカリ口にしてしまいそうな勢いだ。


 やっぱり一度出直した方が良いとメルは姿勢を正し、奥に向かって大きな声でベルンハルトに挨拶をした。
「あの、ボクそろそろおいとまします。介抱してもらった上にお茶とお菓子だけ頂いておいて申し訳ないんですが……また来ても良いですか?」
「ええ、是非〜。またお茶を用意しておきますよ」


 奥からひょこっと顔を出して、気を悪くするでもなくベルンハルトは頷いて返す。
 カランカランと、またベルを鳴らして扉を開ければ、「ありがとうございましたー」と、爽やかな声が響き渡った。


 メルは後ろ暗い気持ちを引きずりながら小さな声で「お邪魔しました」と、呟いて店を後にした。

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