デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

街のクマさん 1

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 二人にはああ言ったものの、メルはまるで諦めていなかった。
 当人同士に問題なのだから、口を出す事は間違っているのだろうが、絶対に二人はくっつくべきだとメルは信じて疑わない。


(今までそう思ってきたんだ。そう簡単に知らない男となんて認めるわけにはいかない)


 二人を説得出来ないなら、まずは敵情視察をするべきだと、メルはクーべ邸を出てすぐに、辻馬車を捕まえて商業地区へと赴いた。


 商業地区はノイデールの西。街の玄関口に当たる一帯だ。
 最西には各地方へ繋がる転送陣があり、その周辺には転送陣を管理するアスベルグの支部がきょを構えている。


 転送陣から大通りを東へ進み、初代皇帝とその妃の石像が仲睦まじく並ぶ、街の中心の皇帝広場までの広い範囲に様々な商店が立ち並んでいる。因みに皇帝広場から北へ進めば、すぐの場所にデール城が見えてくる。
 もちろん他の地区にも商店はあるが、ノイデールの玄関口であるこの一帯は、デールの流行の最先端と言われる程、帝国内で1、2を争う程、商業が盛んな地域なのだ。


 普段適当な格好をしているメルも気後れしてしまう位、身分を問わずおしゃれな人々が行き交い、買い物や食事を楽しんでいる。


 少しでもきちんとした格好をと、いつもの普段着に、ベージュ色の、袖の短いニット製ジャケットを羽織っている。
 頭にはニットと同系色で、チェック柄のアイビーハンチングを被り、これならそれなりに紳士らしく見えるだろうと、満更でもない様子でメルは馬車を降りて街の中を練り歩く。


 おしゃれな街の雰囲気と、いつもと違う装いに、つい浮かれて目的を忘れそうになる。
 メルはショーウィンドウに映る少々浮かれた自分の姿を見て、慌ててパシリと両頬を叩いて気合を入れる。


 とにかく店の場所を知らないので探すほか無い。侯爵家のご令息が働いてる店となれば、それなりに有名な店にちがいない。誰かに聞けば分かる筈だとメルは早速聞き込みを始める事にする。
 とりあえずと、目についた野菜市場で店先に立っていたふくよかな小母さんに声をかける。


「あの、すみません。ジャミル侯のご子息が働いているっていう人形を売ってる店を探してるんですが、ご存知ありませんか?」
「さぁ?知らないねぇ。アンタ!知ってるかい?」
 小母さんは野菜を客に渡しながら、近くにいた旦那さんと思しきガタイの良い男性に話かける。
 すると男性は忙しそうに眉を顰めて、呼び込みの所為で枯れてしまった声で返事を返した。
「あぁ?俺が人形に興味ある様に見えるか?他をあたんな」
 客じゃ無いなら帰れと言わんばかりに睨みつけられ、メルは「そうですか、ありがとうございます」と、早々にその場を後にした。


 色んな店で聞き込みをしたが、その後もそんな調子でなかなか有力な情報は得られなかった。
 本当にそんな店あるのか?と、半刻程して諦めかけていた時、漸くそれらしい情報を入手し、言われた場所を探してみる事にする。


 皇帝広場からほど近い、大通りの南側、少し脇道を入った場所にその店はあった。
 土壁の商店が立ち並ぶ中、木造建築で、屋根をピンクに、壁を白に塗装された小さな工房は、童話の世界から飛び出してきた家の様に可愛らしい。


 ショーウィンドウを覗けば、これまたなんとも可愛らしいクマやウサギのぬいぐるみが、大きいものから小さいものまで鎮座して客を引き寄せようと座り込んでいた。


 店の看板を観れば、"ぬいぐるみ専門店 エック工房"と書かれている。
 間違っていたらチョット恥ずかしいな。と思いつつも、メルは意を決して小さな窓ガラスのはめ込まれた扉を開く。
 チリンチリンと涼やかなベルの音と共に中に入れば、ショーウィンドウから見えていたぬいぐるみ以外にも、リスやらユニコーンやらと、実に多彩で手の込んだぬいぐるみがメルを出迎えた。
 内装だけでなく、店内ではオルゴールが曲を奏で、独特の雰囲気を演出している。


 とりあえず話を聞こうと、店内を見渡すも、カウンターには誰もおらず、もしかして閉店中にうっかり入ってしまったのかとメルは首を傾げる。
 しかし、程なくしてカウンターの奥の部屋から、若い男性の「はーい、只今」という声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり見ていって……おや?男性のお客さんとは珍しいですね。どなたかにプレゼントですか?」


 バタバタと足音を響かせて出てきたのは、何とも人の良さそうな、ガランやメルと然程歳は変わらないであろう若い男性だった。
 にこにこと愛嬌のある顔には小さな丸メガネをかけ、髪や目の色は店内に飾られているクマのヌイグルミと同じ様な茶色い色をしている。
 この工房を一人で切り盛りしているのだろうか?服の上からは大きなポケットにハサミなどの工具が入った、丈夫そうな紺色のエプロンを身につけていた。


 メルがその姿を目で捕えた瞬間、得体の知れない感情が胸の中を駆け抜ける。
 初めて会う人物だ。それは間違いない。でも、何故だか解らないが、まるで久しぶりに親戚にあった様な、古い友人にあった様な、そんな感覚に捕らわれてしまう。
 そしてその得体の知れない感覚自体が、目の前にいる男性は探していたベルンハルトだと、漠然とした確信へ導く。


(この人、だ。間違いない。でも、なんでボクは断言できるんだ?)


 この広い帝都を探せば、人形を作っている工房は他にもあるだろうし、若い男性の職人だっていっぱいいるに違い無い。
 にも関わらず、彼こそがベルンハルトで、彼以外にメルが探すベルンハルトは居ないと漠然と断言できてしまうのだ。
 根拠なんて何も無いのに。こんな奇妙な感覚は初めてで、一種の魔法が店内に掛けられているのでは無いかと、メルは戸惑い、疑った。


 メルが黙り込んで、後ろに一歩後ずさると、ベルンハルトは不思議そうに首を捻って、メルに近づく。
 まるで、「具合でも悪くなったんだろうか?」と、言わんばかりにベルンハルトは心配そうに眉を顰めていた。


「あの、どうかなさいましたか?……あれ?お客様、うちの店初めてですよね?おかしいな。どこかお会いた事が…ハハッ。そんなわけ無いか。すみません変な事言って。知り合いに似てた…のかな?なんだか妙に懐かしくって…意味わかんないですよね。工房に篭って居る所為で人寂しくなってしまったかな?」


 仕切りに首を傾げながら、ベルンハルトは屈託の無い笑みを浮かべてメルに話し掛ける。
 その直後、ポタリと、一筋の滴がメルの頬を伝う。
 メルは自分の感情が理解出来ないまま、ベルンハルトを呆然と見つめ、気がついた時には、緑色の瞳から大粒の涙をボロボロととめどなく溢れさせていた。

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