デール帝国の不機嫌な王子
それぞれの休日 1 @メル
=====
ライマールがエイラと婚儀を上げて丁度一年経った頃、竜の国とデール帝国の間に正式に転送陣が開通し、帝都ノイデールは今まで以上の賑わいを見せていた。
とはいえ、国を出る事が出来ないメルの日常はそう変わる事無く、相も変わらず小間使いの日々を過ごしていた。
ライマールの婚姻後、自分はお役御免になってしまうのではないかと一時期はヤキモキしたものだが、学園での教員の仕事も、魔術団長としての仕事もライマールは放棄する気は無いらしく、転送陣が開通する以前から竜の国と帝国を行き来し、以前よりも忙しそうに方々動き回っていた。
もっとも、最近ではアダルベルトもメルに協力的なので、ライマールのスケジュール管理に関しては以前よりも楽になっていた。
ライマールとエイラの仲も順調な様で、先日ご懐妊の報告も受け、少しずつ変わりゆく周囲の状況に、メルはほんのチョットだけ寂しさを感じるのだった。
=====
「まさかこうなるとは思って無かったよなぁ〜。ボクは一生ライマール様の側でこき使われるものだとばかり思ってたのに、隣の国の女王様と結婚して、もう子供まで出来ちゃって…そのうちこっちに戻って来る事なんてなくなるんだろうなぁ…」
珍しく夏休みと称して、三連休をもらった三日目の朝、自宅の庭で、飼い犬のザック相手にメルは項垂れながら悩みを打ち明ける。
毛艶のよい黒い短毛に口元と足首、眉が茶色の大型犬のザックは、大きい見た目に反しておとなしく、垂れた耳をピクピクと動かしながら、四つん這いになってメルの話をジッと黙って聞いていた。
「あれ?でも、割とこうして家に帰って来る時間が増えたって事は…ボクにも彼女を作るチャンスが到来したって事だよね!?……あ、やっぱりダメだ。出会いの場が思いついかない。話すのは好きだけど、舞踏会とか苦手なんだよね、ボク。女性が集まってる所を見ちゃうと気後れしちゃうって言うか……ザック、ボクの為に可愛い彼女を見つけてきてくれないかな?出来れば大人しくて、ボクより背が小ちゃくて、可憐で気が利くチャーミングな子がいいなぁ〜」
無理難題を取り付けるメルに呆れたのか、ザックはのっそりと立ち上がると無言でその場を後にする。
遂に飼い犬にまで見放されたと、メルは肩を落として芝生の上に座り込む。
ライマール付きの小間使いになってから、休日を持て余すなんて事は初めてではないだろうか?
家に帰っても大体弟妹の誰かが騒ぎを起こしているので、休むに休めない事の方が多いのだが、今日は幸い平日で、下の子達は皆学園で授業中だった。
「静かだなぁ…ゆっくりは出来るけど、話し相手がいないのも辛いなぁ…」
ぼんやりと空を見上げながらそう呟くと、ついさっき何処かへ行ってしまったザックが、はち切れんばかりに尻尾を振りながら戻ってきた。
「ん?ザック。どうしたんだ?やっぱり遊んで欲しいのか?」
ザックは無言のまま尻尾を振り続け、メルの服の裾を加えてグイグイと引っ張って来る。
どうやらついてきて欲しい所があるらしく、メルはザックの頭を撫でながら「よっこいしょ」と立ち上がる。
何がそんなに嬉しいのか、ザックは先導している間も尻尾を振り、やがて屋敷のゲートの前まで来ると、ピタリとその場に座り込んだ。
「ん?お客さん?……って、あれ?義兄さんじゃないですか。珍しいですね。何か御用ですか?」
慌てることなくのんびりとその後を追っていたメルは、ザックが嬉しそうにゲートの前で、誰かを見上げている事に気が付く。
そちらを見れば、隣に住むトルドヴィンがニッコリと微笑んで立っていた。
アップルグリーンのポロシャツに、マスタード色のスキニーパンツを着こなし、頭には麦わらのホンブルグハットと、見るからに非番といった格好をしていた。
ちなみにメルの場合、この時期は大体半袖の白いYシャツに、七分丈の紺色ジーンズである。
「こんにちは。今日はファーが非番だって聞いたから、私も非番なんだ。最近はそっちも落ち着いてきたって聞いてね。少々交流を深めておこうと思って」
姉さんが非番だと何故義兄さんも非番なのかとか色々ツッコミたいのを堪えて、メルは「はぁ…」と曖昧な返事を返す。
「姉さんなら久々に道場に行くと言って、朝から出掛けてますが…」
「道場?魔術師の訓練施設か何かかい?」
「いえ、えーっと……んー……ボク暇なんで案内しますか?というかさせて下さい。面白そうなので」
パッと目を輝かせてニコニコとメルが言えば、トルドヴィンは「面白そう?」と首を捻る。
「よく分からないけど、お言葉に甘えて道案内を頼もうかな?ザック、君も来るかい?」
トルドヴィンがザックに話し掛ければ、ザックは自分の役目は終わったとばかりに、やはり無言で屋敷の方へと歩いていった。
「おや、嫌われちゃったかな?道場というのはここから遠いのかい?馬車を用意した方がいいだろうか?」
「ザックは誰にでもああですから気にしないで下さい。場所は割と近いですよ。前は学園の近くにあったんですが、最近こっちに移転してきたらしくって、姉さん、便利になったって、喜んで毎日の様に通ってますから。こっちです」
屋敷のゲートをくぐり外へ出ると、メルは早速大通りを案内する。
メルやトルドヴィンの住む場所は、通行量の比較的少ない地区で、デール城の裏手、北側にある地区の城壁近くに位置していた。
大通りには魔法で管理されている街灯が並び、白い石畳で出来た道路は、馬車3台は余裕で通れる程の広さがある。
その道路の両脇は、大きな屋敷のレンガ造りの塀が延々と奥に続いている。
その大通りを北上しながら、メルはトルドヴィンに話し掛ける。
「前々から思ってたんですが、義兄さんって本当に姉さんの事好きなんですよね?冗談抜きで、本気の本気で、正直な気持ちを聞きたいんですが」
顔を合わせれば必ずと言っていい程憎まれ口を叩き、なんだかんだで喧嘩ばかりしている所為で、時々本当に仲が悪いだけなんじゃないかと心配になるのだ。
メルの怪訝そうな顔を見て、トルドヴィンはヒョイっと肩を竦めて見せる。
「どうしたもんなんだろうねぇ。私はどうもファーが真っ赤になって嫌がる反応が堪らなく好きでねぇ〜。もう少し紳士的な態度をとも思うんだけど、あの顔見てるとつい苛めたくなってしまって。困ったものだよ」
「……それは本当に困ったものですね……義兄さんも姉さんも、もういい歳なんですから、そろそろ真剣に腰を落ち着けて下さいよ。この間うちの母がおばさんと一緒になって、姉さんと義兄さんの見合いの算段始めてましたよ。義兄さんはともかく、もう少し仲を縮めておかないと、姉さんは絶対に逃げると思います。逃げられたらそこでお終いですよ?」
なにせあの姉はどこかトルドヴィンを誤解している節がある。
その誤解に拍車を掛けているのはトルドヴィン本人なのだが、少なからず姉自身もトルドヴィンに多少なりとも好意を抱いている節があるので、端から見てても、疑心と好意の板挟みで苦悩しているのがありありと判り、正直憐れだとメルは姉が心配でならなかった。
「メル、それは余計なお世話……って言いたい所だけどね、昔からこんな調子だったから、今更どう接していいか解らないってのが本音なんだよねぇ。時間も増えた事だし、こうやって少しでも距離を縮めようと努力はするつもりなんだけどさ」
「義兄さんは仕事では結構そつがない人なんですから、それを姉さんに実行すればいいだけの話じゃないですか。姉さんはドラゴ程じゃないですが、真面目が取り柄ですし、誠意にはキチンと誠意で答えてくれる筈ですよ」
「誠意……ねぇ。それでフラれたら立ち直れないかも。なんかもっと具体的なアドバイスないかな?」
「義兄さんは意外と臆病なんですね。これ以上は無いですよ。なんせ姉さんは誰かに似て素直じゃないですから。ボクも姉さんの行動を完璧に予想なんて出来ません」
指を突き立てて、すましてメルが言えば、トルドヴィンは苦笑しながらまた肩を竦める。
そうこうしているうちに、北東にある大きな公園の辺りまで到着する。
メルはその公園の向かい側にある、大きな茶色いレンガ造りの建物の横を通り過ぎると、その裏手にある、木造の平屋の前で立ち止まった。
「ここです。着きましたよ」
「ここ…?」
お世辞にも綺麗な建物とは言い難かったが、日当たりはよく、平屋の前には訓練用の木人が至る所に立っていた。
平屋の中からは、ドタバタと中で人が暴れまわる様な音と、木材がぶつかり合う様な、カンカンという軽快な音が聞こえてくる。
その音に混じって時折複数の人間の、大きな掛け声が建物の外まで響き渡っていた。
ライマールがエイラと婚儀を上げて丁度一年経った頃、竜の国とデール帝国の間に正式に転送陣が開通し、帝都ノイデールは今まで以上の賑わいを見せていた。
とはいえ、国を出る事が出来ないメルの日常はそう変わる事無く、相も変わらず小間使いの日々を過ごしていた。
ライマールの婚姻後、自分はお役御免になってしまうのではないかと一時期はヤキモキしたものだが、学園での教員の仕事も、魔術団長としての仕事もライマールは放棄する気は無いらしく、転送陣が開通する以前から竜の国と帝国を行き来し、以前よりも忙しそうに方々動き回っていた。
もっとも、最近ではアダルベルトもメルに協力的なので、ライマールのスケジュール管理に関しては以前よりも楽になっていた。
ライマールとエイラの仲も順調な様で、先日ご懐妊の報告も受け、少しずつ変わりゆく周囲の状況に、メルはほんのチョットだけ寂しさを感じるのだった。
=====
「まさかこうなるとは思って無かったよなぁ〜。ボクは一生ライマール様の側でこき使われるものだとばかり思ってたのに、隣の国の女王様と結婚して、もう子供まで出来ちゃって…そのうちこっちに戻って来る事なんてなくなるんだろうなぁ…」
珍しく夏休みと称して、三連休をもらった三日目の朝、自宅の庭で、飼い犬のザック相手にメルは項垂れながら悩みを打ち明ける。
毛艶のよい黒い短毛に口元と足首、眉が茶色の大型犬のザックは、大きい見た目に反しておとなしく、垂れた耳をピクピクと動かしながら、四つん這いになってメルの話をジッと黙って聞いていた。
「あれ?でも、割とこうして家に帰って来る時間が増えたって事は…ボクにも彼女を作るチャンスが到来したって事だよね!?……あ、やっぱりダメだ。出会いの場が思いついかない。話すのは好きだけど、舞踏会とか苦手なんだよね、ボク。女性が集まってる所を見ちゃうと気後れしちゃうって言うか……ザック、ボクの為に可愛い彼女を見つけてきてくれないかな?出来れば大人しくて、ボクより背が小ちゃくて、可憐で気が利くチャーミングな子がいいなぁ〜」
無理難題を取り付けるメルに呆れたのか、ザックはのっそりと立ち上がると無言でその場を後にする。
遂に飼い犬にまで見放されたと、メルは肩を落として芝生の上に座り込む。
ライマール付きの小間使いになってから、休日を持て余すなんて事は初めてではないだろうか?
家に帰っても大体弟妹の誰かが騒ぎを起こしているので、休むに休めない事の方が多いのだが、今日は幸い平日で、下の子達は皆学園で授業中だった。
「静かだなぁ…ゆっくりは出来るけど、話し相手がいないのも辛いなぁ…」
ぼんやりと空を見上げながらそう呟くと、ついさっき何処かへ行ってしまったザックが、はち切れんばかりに尻尾を振りながら戻ってきた。
「ん?ザック。どうしたんだ?やっぱり遊んで欲しいのか?」
ザックは無言のまま尻尾を振り続け、メルの服の裾を加えてグイグイと引っ張って来る。
どうやらついてきて欲しい所があるらしく、メルはザックの頭を撫でながら「よっこいしょ」と立ち上がる。
何がそんなに嬉しいのか、ザックは先導している間も尻尾を振り、やがて屋敷のゲートの前まで来ると、ピタリとその場に座り込んだ。
「ん?お客さん?……って、あれ?義兄さんじゃないですか。珍しいですね。何か御用ですか?」
慌てることなくのんびりとその後を追っていたメルは、ザックが嬉しそうにゲートの前で、誰かを見上げている事に気が付く。
そちらを見れば、隣に住むトルドヴィンがニッコリと微笑んで立っていた。
アップルグリーンのポロシャツに、マスタード色のスキニーパンツを着こなし、頭には麦わらのホンブルグハットと、見るからに非番といった格好をしていた。
ちなみにメルの場合、この時期は大体半袖の白いYシャツに、七分丈の紺色ジーンズである。
「こんにちは。今日はファーが非番だって聞いたから、私も非番なんだ。最近はそっちも落ち着いてきたって聞いてね。少々交流を深めておこうと思って」
姉さんが非番だと何故義兄さんも非番なのかとか色々ツッコミたいのを堪えて、メルは「はぁ…」と曖昧な返事を返す。
「姉さんなら久々に道場に行くと言って、朝から出掛けてますが…」
「道場?魔術師の訓練施設か何かかい?」
「いえ、えーっと……んー……ボク暇なんで案内しますか?というかさせて下さい。面白そうなので」
パッと目を輝かせてニコニコとメルが言えば、トルドヴィンは「面白そう?」と首を捻る。
「よく分からないけど、お言葉に甘えて道案内を頼もうかな?ザック、君も来るかい?」
トルドヴィンがザックに話し掛ければ、ザックは自分の役目は終わったとばかりに、やはり無言で屋敷の方へと歩いていった。
「おや、嫌われちゃったかな?道場というのはここから遠いのかい?馬車を用意した方がいいだろうか?」
「ザックは誰にでもああですから気にしないで下さい。場所は割と近いですよ。前は学園の近くにあったんですが、最近こっちに移転してきたらしくって、姉さん、便利になったって、喜んで毎日の様に通ってますから。こっちです」
屋敷のゲートをくぐり外へ出ると、メルは早速大通りを案内する。
メルやトルドヴィンの住む場所は、通行量の比較的少ない地区で、デール城の裏手、北側にある地区の城壁近くに位置していた。
大通りには魔法で管理されている街灯が並び、白い石畳で出来た道路は、馬車3台は余裕で通れる程の広さがある。
その道路の両脇は、大きな屋敷のレンガ造りの塀が延々と奥に続いている。
その大通りを北上しながら、メルはトルドヴィンに話し掛ける。
「前々から思ってたんですが、義兄さんって本当に姉さんの事好きなんですよね?冗談抜きで、本気の本気で、正直な気持ちを聞きたいんですが」
顔を合わせれば必ずと言っていい程憎まれ口を叩き、なんだかんだで喧嘩ばかりしている所為で、時々本当に仲が悪いだけなんじゃないかと心配になるのだ。
メルの怪訝そうな顔を見て、トルドヴィンはヒョイっと肩を竦めて見せる。
「どうしたもんなんだろうねぇ。私はどうもファーが真っ赤になって嫌がる反応が堪らなく好きでねぇ〜。もう少し紳士的な態度をとも思うんだけど、あの顔見てるとつい苛めたくなってしまって。困ったものだよ」
「……それは本当に困ったものですね……義兄さんも姉さんも、もういい歳なんですから、そろそろ真剣に腰を落ち着けて下さいよ。この間うちの母がおばさんと一緒になって、姉さんと義兄さんの見合いの算段始めてましたよ。義兄さんはともかく、もう少し仲を縮めておかないと、姉さんは絶対に逃げると思います。逃げられたらそこでお終いですよ?」
なにせあの姉はどこかトルドヴィンを誤解している節がある。
その誤解に拍車を掛けているのはトルドヴィン本人なのだが、少なからず姉自身もトルドヴィンに多少なりとも好意を抱いている節があるので、端から見てても、疑心と好意の板挟みで苦悩しているのがありありと判り、正直憐れだとメルは姉が心配でならなかった。
「メル、それは余計なお世話……って言いたい所だけどね、昔からこんな調子だったから、今更どう接していいか解らないってのが本音なんだよねぇ。時間も増えた事だし、こうやって少しでも距離を縮めようと努力はするつもりなんだけどさ」
「義兄さんは仕事では結構そつがない人なんですから、それを姉さんに実行すればいいだけの話じゃないですか。姉さんはドラゴ程じゃないですが、真面目が取り柄ですし、誠意にはキチンと誠意で答えてくれる筈ですよ」
「誠意……ねぇ。それでフラれたら立ち直れないかも。なんかもっと具体的なアドバイスないかな?」
「義兄さんは意外と臆病なんですね。これ以上は無いですよ。なんせ姉さんは誰かに似て素直じゃないですから。ボクも姉さんの行動を完璧に予想なんて出来ません」
指を突き立てて、すましてメルが言えば、トルドヴィンは苦笑しながらまた肩を竦める。
そうこうしているうちに、北東にある大きな公園の辺りまで到着する。
メルはその公園の向かい側にある、大きな茶色いレンガ造りの建物の横を通り過ぎると、その裏手にある、木造の平屋の前で立ち止まった。
「ここです。着きましたよ」
「ここ…?」
お世辞にも綺麗な建物とは言い難かったが、日当たりはよく、平屋の前には訓練用の木人が至る所に立っていた。
平屋の中からは、ドタバタと中で人が暴れまわる様な音と、木材がぶつかり合う様な、カンカンという軽快な音が聞こえてくる。
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