デール帝国の不機嫌な王子
ブルースターの小さな奇跡 2
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お互いあまりの気まずさにしばらく黙りこんでいると、思い出したかのようにエイラの腹から空腹を訴える音がなる。
大きな音にエイラは益々顔を真っ赤にして腹を抑えて縮こまった。
「腹が減っているのか?」
「はい……昨日の夜から何も食べてなくって……その、すみません」
「そうか」
恥ずかしそうに俯くエイラを見ながら、ライマールは納得したように頷いて、エイラが上掛けにしている騎士服の左ポケットに、おもむろに手を突っ込む。
不意に抱え込まれる格好になり、エイラがギョッとして目を見開いていると、ライマールは特に気にする様子もなくポケットから小さなキャラメルを三つエイラに手渡した。
「非常食だ。何も食べないよりマシだろう」
「あ…りがとうございます」
ドギマギとしながらもひとつ口に含めば、後を引くほどまったりとした甘さが口の中に広がる。
あまりの甘さに思わず目を細めていると、ライマールも自分用に取ったキャラメルをパクリと一遍に二つ口に投げ込んだ。
どこかか満足そうに頬を緩めるライマールに、エイラは目を見開いて瞬きをする。
「甘いものお好きなんですか?」
「……あぁ」
不意に問われ、また顔に出ていたのかと、ライマールは居心地が悪そうに視線を逸らす。
さっきは大胆にも上掛けに手を突っ込んできたのに、今は恥ずかしいのか、微かにまぶたを染めている。
(ライマール様の羞恥の基準がイマイチ判りません……)
唐突に大胆な行動をするかと思えば、存外些細なことで赤くなる。
それがイヤというわけではないのだが、エイラはライマールとどう接していいのかと今だに図りかねていた。
エイラの態度をどう解釈したのか、ライマールは少し落ち込んだ様子で「……そんなには食べない」と、訂正してくる。
赤くなったり落ち込んだりと、忙しいライマールに曖昧な返事を返しながらも、エイラは改めてライマールに質問をした。
「はぁ……あの、それでお城の方はどうなったのでしょうか?」
改めて問われ、ライマールは頷きつつ表情を改めて、ここまで来るに至った経緯を話し始める。
"呪"の原因を突き止めたことや、シルディジア親子が本当は遺体であったこと、そしてライマールが本当にロアに殺され掛けた話など、信じられない事実にエイラはまた顔を青くする。
「そんな顔をするな。ギリファンが適切に処置した。心配はない」
そう言いながらも自ら放った呪文をまともに受け、失態を犯してしまった事実に、ライマールは自身の浅はかさと力量のなさに苦い顔をする。
実際、あの後ライマールはかなり危ないところまで意識を手放していた。
動けるまでに回復したのは、ほどなくして駆けつけたギリファンの適切な処置と、魂の番人がライマールに与えていた高い自己治癒力のおかげだった。
それがなければ今頃エイラも竜の国も失っていただろう。
今ですら気力だけでここに居るのとそう変わらない。
もっと力をつけなければいつかエイラを守れなくなると、ライマールは伏し目がちに俯いた。
「ただのネクロマンサーではないとは思っていたが、まさか忌まわしき遺物だったとは……助けるのが遅れたのは俺の判断ミスだ。すまない」
「そんな! ライマール様のお陰で私もマウリも助かりました。本当に感謝しています。……ところでその……忌まわしき遺物とは、なんなのですか?」
「……三五〇年前よりも更に前の話だ。デールは建国以来手当たり次第に魔法に関する研究を行い繁栄してきたが、そもそも"死"と"呪"の関係に辿り着く前の段階で"魂"に関する研究を行っていたんだ」
ライマールの話によると、デール帝国はいつの時代も常に隣国、リン・プ・リエンの兵力を意識していた。
その為、常に兵士や騎士を必要としており、大昔から兵力を減らさないための研究が行われれきた。
辿り着いたのは人為的に生み出すことのできる"人"の作成。
そこでまず最初に始められたのが人為的に魂を作り出すことは可能かどうかという研究だった。
「長い年月と膨大な費用を掛けても、人はその答えに辿り着くことはなかった。だがその過程で人は精霊の存在を発見した」
「精霊……」
精霊は魔法文字と同じく、世界に漂う微生物のような存在だ。
魔法文字と違って、通常視認することはできず、人のように何かしらの意思を持っている存在でもない。
だが、その精霊もかき集めて一つの集合体となれば、魂と似た存在になるのだという。
「型としては魂と寸分変わらない存在といってもいいが、その状態では所詮ハリボテの存在にしかならない。デールは何体かの集合体を作製して、手始めに手頃な遺体にそれを定着させようとした。それがネクロマンサーの始まりだ」
その結果は散々なものだったらしい。
そもそも精霊には感情もなければ、人のような欲も持ち合わせていなかった。
それ故に、彼ら自身は肉体を得て生きるということに無関心だったのだ。
だが一方で、学習する特性はあったため、その観点に着目して研究は進められた。
「学習する他に精霊は魔法文字を食していることも解った。それも個々に好みがあるらしく、各々特定の文字しか吸収しない。夢幻魔術団は魔法文字と育成に力を注ぎ二十年の月を費やした。結果、精霊は人の形を真似るまでに成長した」
ただ、その成長は本当に緩やかで、二十年経って漸く三〜四歳の子供ほどの知識しか身につかないだろうという算出記録が残っている。
兵士として育成するにはあまりにもコストが悪すぎるということで、精霊の研究は途中で打ち切られることになった。
「それが悪かったんだろうな。半端に研究して破棄しようとしたために精霊にも"生きる"という執着が生まれ始めていた。力のある子供というのは厄介だ。各々が好む属性の魔法を唱えて何体かが逃げ出し、回収したものの一体は行方不明のままという記録が残っている。炎と雷の魔法文字を好んだ精霊。付けられた名はピエルトネール」
「それでロアは水を恐れていたんですね」
なんとなく合点がいったとエイラは頷く。
ライマールが放った雷がロアには効かず、逆に跳ね返されてしまったのもそのせいなのだろう。
エイラと話している間も見た目に反して稚拙な言動が多かったような気がする。
おそらく、善悪の区別がよく解っていなかったのだろう。
そう考えるととても哀れな存在のような気がした。
明かり窓から弱々しく出て行った小さな赤い光を思い出し、エイラはギュッと胸を押さえる。
「ロアはどうなってしまうのですか?」
「……俺はさっき炎と雷の内、雷の属性を構成する精霊を霧散させた。個体の人型として存在することはもうできないが、アレは霧散する運命にはないだろう」
ライマールはそう言って、ロアと対峙していた時とは打って変わって、穏やかな笑みを浮かべ目を細める。
残りのキャラメルを口に含め、どこか嬉しそうにしているライマールを不思議に思い、エイラはまた首を傾げる。
「もしかして、何か視たんですか?」
目の色は変わっていないだろうか?
顔を覗き込むエイラに、ライマールはやはり嬉しそうに「さぁな」と答え、それ以上は語らずにゆっくりと目を伏せた。
お互いあまりの気まずさにしばらく黙りこんでいると、思い出したかのようにエイラの腹から空腹を訴える音がなる。
大きな音にエイラは益々顔を真っ赤にして腹を抑えて縮こまった。
「腹が減っているのか?」
「はい……昨日の夜から何も食べてなくって……その、すみません」
「そうか」
恥ずかしそうに俯くエイラを見ながら、ライマールは納得したように頷いて、エイラが上掛けにしている騎士服の左ポケットに、おもむろに手を突っ込む。
不意に抱え込まれる格好になり、エイラがギョッとして目を見開いていると、ライマールは特に気にする様子もなくポケットから小さなキャラメルを三つエイラに手渡した。
「非常食だ。何も食べないよりマシだろう」
「あ…りがとうございます」
ドギマギとしながらもひとつ口に含めば、後を引くほどまったりとした甘さが口の中に広がる。
あまりの甘さに思わず目を細めていると、ライマールも自分用に取ったキャラメルをパクリと一遍に二つ口に投げ込んだ。
どこかか満足そうに頬を緩めるライマールに、エイラは目を見開いて瞬きをする。
「甘いものお好きなんですか?」
「……あぁ」
不意に問われ、また顔に出ていたのかと、ライマールは居心地が悪そうに視線を逸らす。
さっきは大胆にも上掛けに手を突っ込んできたのに、今は恥ずかしいのか、微かにまぶたを染めている。
(ライマール様の羞恥の基準がイマイチ判りません……)
唐突に大胆な行動をするかと思えば、存外些細なことで赤くなる。
それがイヤというわけではないのだが、エイラはライマールとどう接していいのかと今だに図りかねていた。
エイラの態度をどう解釈したのか、ライマールは少し落ち込んだ様子で「……そんなには食べない」と、訂正してくる。
赤くなったり落ち込んだりと、忙しいライマールに曖昧な返事を返しながらも、エイラは改めてライマールに質問をした。
「はぁ……あの、それでお城の方はどうなったのでしょうか?」
改めて問われ、ライマールは頷きつつ表情を改めて、ここまで来るに至った経緯を話し始める。
"呪"の原因を突き止めたことや、シルディジア親子が本当は遺体であったこと、そしてライマールが本当にロアに殺され掛けた話など、信じられない事実にエイラはまた顔を青くする。
「そんな顔をするな。ギリファンが適切に処置した。心配はない」
そう言いながらも自ら放った呪文をまともに受け、失態を犯してしまった事実に、ライマールは自身の浅はかさと力量のなさに苦い顔をする。
実際、あの後ライマールはかなり危ないところまで意識を手放していた。
動けるまでに回復したのは、ほどなくして駆けつけたギリファンの適切な処置と、魂の番人がライマールに与えていた高い自己治癒力のおかげだった。
それがなければ今頃エイラも竜の国も失っていただろう。
今ですら気力だけでここに居るのとそう変わらない。
もっと力をつけなければいつかエイラを守れなくなると、ライマールは伏し目がちに俯いた。
「ただのネクロマンサーではないとは思っていたが、まさか忌まわしき遺物だったとは……助けるのが遅れたのは俺の判断ミスだ。すまない」
「そんな! ライマール様のお陰で私もマウリも助かりました。本当に感謝しています。……ところでその……忌まわしき遺物とは、なんなのですか?」
「……三五〇年前よりも更に前の話だ。デールは建国以来手当たり次第に魔法に関する研究を行い繁栄してきたが、そもそも"死"と"呪"の関係に辿り着く前の段階で"魂"に関する研究を行っていたんだ」
ライマールの話によると、デール帝国はいつの時代も常に隣国、リン・プ・リエンの兵力を意識していた。
その為、常に兵士や騎士を必要としており、大昔から兵力を減らさないための研究が行われれきた。
辿り着いたのは人為的に生み出すことのできる"人"の作成。
そこでまず最初に始められたのが人為的に魂を作り出すことは可能かどうかという研究だった。
「長い年月と膨大な費用を掛けても、人はその答えに辿り着くことはなかった。だがその過程で人は精霊の存在を発見した」
「精霊……」
精霊は魔法文字と同じく、世界に漂う微生物のような存在だ。
魔法文字と違って、通常視認することはできず、人のように何かしらの意思を持っている存在でもない。
だが、その精霊もかき集めて一つの集合体となれば、魂と似た存在になるのだという。
「型としては魂と寸分変わらない存在といってもいいが、その状態では所詮ハリボテの存在にしかならない。デールは何体かの集合体を作製して、手始めに手頃な遺体にそれを定着させようとした。それがネクロマンサーの始まりだ」
その結果は散々なものだったらしい。
そもそも精霊には感情もなければ、人のような欲も持ち合わせていなかった。
それ故に、彼ら自身は肉体を得て生きるということに無関心だったのだ。
だが一方で、学習する特性はあったため、その観点に着目して研究は進められた。
「学習する他に精霊は魔法文字を食していることも解った。それも個々に好みがあるらしく、各々特定の文字しか吸収しない。夢幻魔術団は魔法文字と育成に力を注ぎ二十年の月を費やした。結果、精霊は人の形を真似るまでに成長した」
ただ、その成長は本当に緩やかで、二十年経って漸く三〜四歳の子供ほどの知識しか身につかないだろうという算出記録が残っている。
兵士として育成するにはあまりにもコストが悪すぎるということで、精霊の研究は途中で打ち切られることになった。
「それが悪かったんだろうな。半端に研究して破棄しようとしたために精霊にも"生きる"という執着が生まれ始めていた。力のある子供というのは厄介だ。各々が好む属性の魔法を唱えて何体かが逃げ出し、回収したものの一体は行方不明のままという記録が残っている。炎と雷の魔法文字を好んだ精霊。付けられた名はピエルトネール」
「それでロアは水を恐れていたんですね」
なんとなく合点がいったとエイラは頷く。
ライマールが放った雷がロアには効かず、逆に跳ね返されてしまったのもそのせいなのだろう。
エイラと話している間も見た目に反して稚拙な言動が多かったような気がする。
おそらく、善悪の区別がよく解っていなかったのだろう。
そう考えるととても哀れな存在のような気がした。
明かり窓から弱々しく出て行った小さな赤い光を思い出し、エイラはギュッと胸を押さえる。
「ロアはどうなってしまうのですか?」
「……俺はさっき炎と雷の内、雷の属性を構成する精霊を霧散させた。個体の人型として存在することはもうできないが、アレは霧散する運命にはないだろう」
ライマールはそう言って、ロアと対峙していた時とは打って変わって、穏やかな笑みを浮かべ目を細める。
残りのキャラメルを口に含め、どこか嬉しそうにしているライマールを不思議に思い、エイラはまた首を傾げる。
「もしかして、何か視たんですか?」
目の色は変わっていないだろうか?
顔を覗き込むエイラに、ライマールはやはり嬉しそうに「さぁな」と答え、それ以上は語らずにゆっくりと目を伏せた。
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