デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

罪深き好奇心 2

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「陛下……エイラ様、なぜこのような場所に貴女様が……城は今一体どうなっておるのですか」


 お互い再会出来た喜びも束の間、再開した場所が互いに相応しい場所ではないことを思い出して、マウリは困惑しながらエイラに尋ねる。


「城の方はおそらく大丈夫だと思います。手紙にも書きましたが、デールに援軍を頼みましたから。とても……とても心強い助っ人です」


 エイラは頬をほんのりと染めながら、嬉しそうに微笑んだ。
 ライマールならきっとなんとかしてくれると、胸にブルースターの花の温もりを感じ、先程までの不安が嘘のように落ち着きを取り戻していた。


 そんなエイラの表情を見て、マウリは少し驚いた顔をして、やがて穏やかな笑みを浮かべる。


「エイラ様のそのような笑顔を見るのはいつぶりでしょうなぁ……憑き物が取れたというだけではありますまい。このひと月の間のこと、爺めに話してくださいますかの?」


 エイラは頷いて今までの事を大まかにマウリに話し始める。
 エイラの身に起きたことから援軍を得るまでの経緯、そして何故エイラがここに落とされてしまったのかを話すと、マウリは厳しい表情で俯いた。


「そうですか……その様な魔法が。あの親子が現れた時にもっと疑うべきでしたのぅ」
「マウリはなぜここに居るのですか? ここに来てどれ位経っているのです」
「どれ位ですか……もう十日は経っているような気が……。ここにいると陽の光がなかなか届かないせいか、どうも感覚が曖昧になってしまって。私もエイラ様が居なくなってすぐに捜索を始めたものの、この有様でございます」


 エイラの手紙を見つけたのは、エイラが失踪して四日後のことだったという。
 自分の体調が普通ではないこと、城の兵士も自分と同じ状態だということ、原因はあの親子にあること、王の竜でデールに向かったこと等々、文字は乱れていたがマウリはかろうじてそれを読み、やはりと思い至ったという。


 その後は城に信用の置ける者はいないと判断し、城下で秘密裏に私的に兵を集めて回っていたという。
 王宮を奪還すべく兵士を連れて宮殿内に入ったのは十二日前。
 結果としては惨敗。戦いを必要としてなかったしわ寄せか、募った一般人ではこの短期間のうちに兵士として育て上げることは無謀でしかなかったのだ。
 その後は謀反を起こした者として裁判にかけられ、見ての通りということだ。


「エイラ様の様子がおかしいことは気が付いておったというのに……ご苦労ばかりお掛けして、この体たらくですわい。せめてエイラ様を出口へお連れして差し上げたいが、食料が尽きてしまいまして、私ももう立ち上がるだけの体力が残っておらんのです。……陛下、どうぞ私のことは捨て置いて先へお進み下さい」
「なにを言っているのですか! 動けないなら私が抱えて行きます! 食べられそうなものがないか探してきますから、諦めないで下さい。置いていくなんて絶対に嫌です!!」
「お気持ちだけで十分ですわい。どの道私は罪人として落とされた身ゆえ、おそらくここからは出られんでしょう」
「そんな罪人などと! 無罪に決まっているではありませんか! 出られます。絶対に出られますから、ですから……」
「有罪ですよ。お父上ともエディロ様とも生涯貴女様を守り抜くと誓っていたのです。此度こたびの失態は決して許されるものではありますまい」
「そんな……それなら、私の方こそ罪人です! デールにいる間、願ってはいけないことを心に思い浮かべてしまいました。国の安全よりも私は……」
「……思いを馳せることは罪にはなり得ませんよ。心は自由だ。ですがもし、エイラ様が本当に臨むのであれば思うままになされば良い。役割などというものは案外代えが効くものだ」
「そんなこと言わないで下さい。いつものマウリらしくありません! 常に女王らしくと叱咤するのがマウリではありませんか」
「ほほっ。言質を頂きましたぞ。そうです。エイラ様は竜の国のただ一人の女王でございますわい。女王なら使えぬ家臣は時に切り捨てなければならないことも理解していますな?」
「そんな……マウリは使えぬ家臣などではありません! それに……それに……私の思うままにと今マウリが言ったのではありませんか! お願いです。私にこれ以上奪わせないで下さい。私にとってはマウリも大事な家族なんです」


 力なく項垂れるマウリの手をギュッと握りしめ、エイラは涙を必死に堪え、小さく身を震わせる。
 無理をしてでももっと早くに戻ってくるべきだったと、後悔ばかりが押し寄せてくる。
 マウリは薄っすらと目を開き、握られた手に少しだけ力を込めてエイラに返した。


「嬉しい……事を……言ってくれますのぅ。言質を取られたのは、私の方はでしたか。そう言われては、爺もまだ死ぬわけには参りますまい。……そういえば、私と一緒に……落とされた兵達が何人か、いたような気もしますのぅ……おそらく先に落とされたはずですので、先を行けば、食料が残っていることもあるやもしれませんのぅ」


 もう話すのも辛そうなマウリの言葉に、エイラはわずかな希望を見出して瞬きをする。
 その人たちが生きていれば、少しだけでもなにか分けてもらえるかもしれない。
 もしかしたらマウリを連れて外へ出ることだって可能かもしれない。
 必死なエイラは、いつもの冷静さを失い、マウリの言葉の真偽を疑うことすら頭からスッポリと抜けてしまっていた。


「本当、ですか? この近くにまだ居るでしょうか? 誰か居ないか少し見てきます。だから、どうか諦めないで下さい!」
「……えぇ。約束いたしますとも。申し訳ないですが、陛下にお任せしても宜しいでしょうか?」
「判りました。なるべくすぐに戻ってきますので、待っていて下さいね」


 エイラは後ろ髪を惹かれながらも、壁伝いにまた足早に歩き出す。
 迷わないようにと小さな小石を拾い集め、通って来た道に、幾つか規則的に並べながら先へ先へと進んで行った。


 すると程なくして、何処からか水の流れる音が聞こえてくる。
 まさかと思いかけよれば、岩壁の隙間からチョロチョロと湯気を立てて、温泉が流れているのが目に飛び込んできた。
 温泉ならば水よりも栄養を取れるかもしれないと、エイラはマウリの近くにあった革袋を思い出し、来た道を全力で駆け抜ける。


「マウリ! 温泉が、温泉がありました!! 助かりますよ!!」


 慌てて駆け寄って膝を着くと、マウリは既にグッタリとしていて、目を開ける様子がなかった。


「マウリ……?」


 反応がないのを不安に思い、肩に手をおけば、その身体がグラリと横へ倒れて行く。


「マウリ!!」


 慌ててエイラが抱えこんだものの、マウリは一向に目を覚ます気配もなく、それどころか先程よりも呼吸も弱いような気がしてエイラは嫌な予感に身震いをした。
 先程の言葉は自分を遠ざける為の嘘だったのだと、エイラはここでようやく気づかされた。


「マウリ! マウリ!! ダメです!! しっかりして下さい!! 今……今湯を汲んできますから、お願いです。もう少し頑張って下さい!!」


 楽な姿勢にとマウリの身体を横たえると、震える手で近くにあった革袋を握りしめ、エイラは再び立ち上がる。
 涙を堪えながらとにかく急がなくてはと、目印を頼りに再び走り出そうとしたその時。
 突如として目の前に小さな竜巻が巻き起こり、エイラの行く手を阻んだ。


「あ、いたいた。ん。何? おまけ付き? あの人死んでんの? リルもソルテもいなくなっちゃったから、丁度いいね」


 一体何が起こったのか、エイラは突然目の前に現れた人物に困惑を露わにする。
 口調も姿も、今までとはまるで別人の様な印象を受けたが、確かに見知った少年であった。
 赤毛に近かった茶髪は今や母や姉よりも明るく、緋色燃えるような赤々とした印象へ様変わりし、灰色だった瞳すらも燃え上がる様な炎の色を讃えていた。


「ロア……?」


 警戒しつつエイラが声を掛ければ、ロアはニヤリと笑みを浮かべ、エイラを見上げながら手を差し出してくる。


「迎えに来たよエイラ。僕と一緒に来てもらうよ」

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