デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

傍迷惑な前哨戦 6

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 意識を取り戻したライマールと王の竜は、冷静さを取り戻し改めて話し合うことになった。
 かといって和やかな雰囲気には程遠く、ライマールは頭をさすりながらも小脇にエイラを抱えて、突如として現れた女性を恨みがましく睨めつけていた。


「何故お前がここにいる雪狐せっこ


 ムッとしながらライマールが女性に声を掛ければ、雪狐と呼ばれた女性はにこにこと楽しそうに長い袖を振り回しながら答える。


「雪ある所にせっこさんありよぅ♪ 大体ライムが私の力を使ったんじゃなぁい? あれだけド派手に力を使っちゃえば、なにかしてるって気づくわよぅ〜♪ ねぇねぇ何を揉めてたの? おねぇさんに教えて♪」


 雪狐が無邪気に言えば、毒気を抜くような底明るい物言いに、ライマールも王の竜もげんなりと肩を落とす。
 雪狐はデール帝国の北東にある、アスベルグを守護する神代の時代から生きる古い神獣の一人だ。
 デール帝国が建国されてしばらくの間は、国内を好き勝手歩き回るのを趣味としていたが、時代と共にアスベルグの土地との同化が加速していき、今では雪の降る冬場の一時期に、具現化する姿を目にすることができれば幸運とまで言われるほど、人前に姿を表さなくなっていた。


「っふ、神代の時代より生きる古狐が何を……」
「あらぁ? あそこにいるのってゼイルじゃないかしらぁ?」
「何っ!?」


 こめかみに青筋を立てながら笑顔で雪狐が明後日の方向を指差せば、王の竜はかなり動揺した様子でそちらの方を振り返る。
 後ろに控えていたドラゴンも同様にそちらを向くが、そこにはただ一面の雪景色が広がるばかりだった。


 騙されたのだと気がつき、王の竜も雪狐同様に青筋を立て彼女を睨みつける。
 雪狐は直前のことなど忘れたかのように、袖を振りながら話を戻した。


「ねーねー。結局なんで喧嘩してたのよぅ? ホントにゼイルが来る前に解決した方がいいわよぅ? ああ見えてあの子、ライムのことホントに我が子みたいに思ってるしぃ〜。あの子が怒ったら私だって手が付けられないんだからぁ〜」


 興味があるのかないのか、その場でクルクルと回りながら雪狐はなんでもないようにサラッと不吉なことを口走る。


 ユニコーンが怒りで我を忘れるとどのようなことになるのか、身を持って知る者は雪狐くらいしかいないのだが、ドラゴン族の間ではかなり語り草にされているらしく、誰もが顔を青くしていた。


「リータは俺のだ。誰にもやらん! 命を差し出すなど以てのほかだ!!」
「その汚らわしい手をどけろ。クロンヴァールの姫には盟約に従い、我らの子孫を産む義務がある」


 周りの反応に反して、依然としてエイラを離そうとしないライマールが、拗ねた子供のように王の竜に喧嘩を売り、王の竜も負け時と腕を組みながらライマールを睨み返す。


 双方平行線のまま睨み合うところ、キョトンとしていた雪狐はその意味を理解して、銀色の瞳を、朝日に照らされた雪景色のようにキラキラと輝かせた。


「きゃーー♪ なになに? 恋愛事情のもつれ合い? 一人の女性を愛するが故の男の戦い?! 素敵!!」
「「五月蝿い!!」」


 興味津々の雪狐に、双方睨み合ったままライマールと王の竜は苛立たしげに怒鳴り上げる。
 雪狐は悪びれもせずに、ひょいっと肩を竦めると、ペロリと舌を出して適当な場所に座り込んだ。
 王の竜は浮き足立った雪狐をチラリと軽視すると、小馬鹿にしたように鼻で息を吐き出す。


「愛などと下らん。一時の感情よりも種の保存に勤めるが神から与えられし大義。人はこの地に多くあれど、我らとつがいを成すに相応しい人間はそう居ない」
「一時の感情だと? 子さえ産めばリータはどうでもいいというのか? ふざけるな!!」


 その程度の考えで動いているのならば、感情的な部分で同じ想いを抱く恋敵の方がまだましだと、ライマールは王の竜に嫌悪感をむき出しにする。
 クロンヴァール王や王妃、エディロ王子が何故エイラを守ろうとしたのか、ライマールはその本当の理由がわかったような気がした。
 王の竜は突き刺さる敵意に眉を顰めながら、ライマールの言葉に反論を返す。


「蔑ろにするなどと言った覚えはない。子を成せば一族の母として丁重にもてなし、なに不自由ない暮らしを約束される。姫が城に住まうことを望むなら、子を成した後帰すことだってできる」
「それが本当にリータの幸せだと思っているなら大間違いだ。……もういい。協力を得られないなら作戦を変更すればいいだけのことだ。クーべ、お前達もここで待機だ。城へは俺とリータだけで赴く」


 ライマールは依然警戒を解かないまま、後ろに控えているであろうトルドヴィンに声を掛ける。
 するとトルドヴィンは驚いた顔で、ライマールの後頭部をしげしげと見つめた。


「はっ……? 殿下、今なんと仰いましたか?」
「城へは俺とリータだけで行く。お前達も翌日ギリファン達と共に突入部隊の方に参加しろ」
「殿下ぁ〜? 流石にそれは賛同しかねますよ。殿下の身に何かあれば国際問題に発展する事ぐらい判りますでしょう? 第一ドラゴンの協力なしでどうやって王宮まで行かれるおつもりです。空を飛べるならまだしもねぇ……」


 いかに魔法が万能といえど、空を飛ぶ魔法なんてものは存在しない。
 飛べるとしたらそれはドラゴンか根っからの神獣くらいだろう。
 そしてもちろん、半分以上神獣と言われたライマールとて、流石に空を飛ぶことはできなかった。
 しかし雪狐があっけらかんとトルドヴィンの疑問に応える。


「あら、空なんか飛ばなくたって、この子なら王宮まで行けちゃうわよぅ? 人一人連れて行くのは骨が折れるでしょうけど、不可能じゃないわよねん♪ せっこさんがここに来たのと同じ方法を使えるもの♪」
「……余計なことを言うな」


 神獣と同じ方法とはどの様な方法だろう?
 トルドヴィンだけでなくガランやギリファンも首を捻る。
 ライマールの力が未知数というのは認識していたが、転移魔法の仕組みと神獣の用いる移動方法に、なにか違いがあるということなのだろうかと、後者の二人は知的好奇心に目を輝かせていた。


 しかしライマールもアスベルグ騎士団を前にして、まさか死道を通っているなどとは言えず、雪狐を睨みつける。
 ここでそれをバラされれば、ライマールのネクロマンサー説が濃厚になってしまうのは間違いないだろう。


 雪狐もそれは心得ているようで、肩を竦めただけで答えようとはしなかった。
 その代わりに突拍子もない提案を雪狐はライマールと王の竜に持ちかけてくる。


「ん〜、ライムが欲しいのはリータちゃんで、ドラちゃんが欲しいのはリータちゃんじゃなくて、お嫁さんなのよねぇ? だったらライムとリータちゃんが結婚して女の子を産めばいいんじゃなぁい?」

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