デール帝国の不機嫌な王子
傍迷惑な前哨戦 3
=====
明朝定刻通り、ガランの隊が出立し、昼前までには彼らは山頂へと到着していた。
アダルベルトはガランの上げた狼煙を見ながら、まだ信じられないという顔でライマールに報告をする。
ライマールは宣言通りローブではなく紺色の騎士服を着用し、その上には厳重なほどの防寒具を身に纏っている。
そのすぐ隣には、どこか落ち着かない様子の女王が頬を染めて立っていた。
流石にドレス姿と言うわけにもいかず、エイラも女性の兵士が着用する紺色の長いスロップとブーツ、上には暖かな毛皮のコートと帽子を着用していた。
スカートとは違い脚のシルエットがハッキリとする格好に、エイラは普段とは違う居心地の悪さを感じる。
チラリと横にいるライマールを見れば、騎士服姿が黒髪に映え、心なしかいつも以上に落ち着き払っているような気がする。
そう思えば余計に自分が場違いな気がしてならなかった。
ライマールとトルドヴィン、ギリファンが打ち合わせをする中、恥ずかしそうに俯くエイラにメルが気づき、エイラにこっそり声をかけてきた。
「エイラ様? どうかなさいましたか? もしかして少し寒いですか?」
「あ……いえ、その、この格好に慣れなくて……私の国では女性はスカート以外身につける事はありませんから……その、変ではないでしょうか?」
もじもじと膝丈まであるコートの裾を引っ張る様にして、足元を必死で隠そうとするエイラに、メルがなるほど〜と、笑いながら相槌を打った。
「大丈夫ですよ。よくお似合いです。もっと堂々となさっているととてもかっこいいです! でも、そうですね。気になるようでしたら、もっと長いコートがないかボク探してきますよ。出立にはまだ時間がありますし、ボク暇ですし」
「堂々と……こうですか?」
メルに言われて、エイラは背筋を伸ばし前を見据えると、前方をキッと睨みつけるように顎を引く。
すると元々凛とした顔立ちが引き締まり、思わず誰もが息を飲む程の風格がエイラから溢れ出した。
メルは少し気圧されたものの、すぐに我に返り、頬を紅潮させて拍手する。
「凄いです! 流石女王様です!! まるで本物の騎士みたいです! ライマール様にも見習って欲しいです!!」
「そんな……大袈裟です」
手放しで褒められ、エイラが萎縮していると、隣にいたライマールが二人の会話に気がついて、ムッとした様子でエイラの腰をグイッと引き寄せる。
エイラが驚いてライマールを見上げると、ライマールはエイラの額に軽くキスを落とした後、何事もなかったかのようにそのまま打ち合わせを再開していた。
ライマールのその行動に驚いたのはメルとアダルベルト以外の全員で、頬を染めながらも平然と説明を続けるライマールを、誰もがマジマジと凝視した。
エイラは自分が何をされたかわからない様子で唖然としていたが、みるみるとその頬を真っ赤に染め上げる。
「……ちゃんと聞いているのか?」
ポカンと口を開けたまま凝視してくるギリファンに向かって、ライマールはムッとしたまま肩を落とす。
ギリファンは意識を取り戻すと、それでも悪い物でも食べたんじゃないだろうかと、ライマールの顔を覗き込んだ。
「あ? あ、ああ……って、いやっ、お、お前、どうしたんだ?」
「何がだ」
「いや、いやいやいや、おかしいだろ今の!! どんだけだよ!! どういう流れでそうなったんだよ!!」
「ファーは無粋だなぁ〜。たとえ驚いても受け流すのが家臣の務めってものですよ。ああ、直情バカには出来ない高等技術でしたね。これは失礼」
「なんだと!?」
「姉さん……クーべ副団長のいうことは流石にボクも否定出来ませんよ。……ですがね、ライマール様、ヤキモチも時と場合を考えて下さい。皆ビックリしてます」
メルが頭を抱えながら姉と主人を窘めれば、双方バツが悪そうに黙り込む。
ギリファンは少々反省した様子を見せたが、ライマールは不貞腐れた様子で地図を見ながらもメルに反論した。
「お前がリータにちょっかいを出すのが悪い。これは俺のだ。誰にもやらん」
「いや……ボク一言もエイラ様が欲しいだなんて言ってませんよね? ……ッハ! もしかしてボクが留守番なのは呪いでもしきたりでもなんでもなくて、ライマール様の私情ですか!? そうなんですか!?」
「……五月蝿い。そろそろ行くぞ。ギリファン、クーべ、最終点呼を行え」
「ライマール様ぁ!!」
半泣きで頭を抱えて叫ぶメルに若干の同情の目を向けながら、ギリファンとトルドヴィンは「了解」と敬礼をして、各々の部下の元へと駆け寄って行く。
そんな中、真っ赤な顔で困り果てたエイラをライマールは片時も離そうとはしなかった。
=====
エイラはメルと別れを告げ、いよいよ竜の山脈へと足を踏みしめる。
エイラが別れの際にメルと握手を交わせば、ライマールがまたかなり不機嫌そうな顔をしたが、流石に挨拶まで邪魔をすることはなかった。
ガラン達のお陰で、定期演習のある騎士達はいつもよりも楽に登頂していた。
しかし彼らに歩調を合わせる魔術師や、山道に慣れていないエイラにとって、山頂までの道のりはかなりキツいものとなった。
ゴツゴツとした山肌と、日照で溶けて表面が氷となった雪肌が、地面を歩くのに慣れていないエイラの足を掬い上げる。
空中庭園の花園を散歩するのとは違い太腿や腰にかかる負担に、エイラは苦しげな表情をしながらも必死で山頂を目指した。
転移の魔法陣が二つ目に差し掛かるあたりで、エイラの足元は覚束なくなる。
慣れない靴のせいもあり、かかとや小指には靴擦れが所々にできていた。
エイラが痛みを堪えながらも、なんとか魔法陣をくぐると、転移した所で空間の歪む感覚に耐えられず、とうとうその場でフラリと倒れこんでしまう。
「リータ!」
ライマールは駆け寄ると、慌ててエイラを起き上がらせる。
心配そうに覗き込んでくる顔を見上げながら、エイラは自分の情けなさに嫌気が差した。
「すみません。皆さんの足ばかり引っ張ってしまって。大丈夫です。行きましょう」
「無理はしなくていい。休みすぎるのはよくないが、倒れるまで我慢はするな。五分だけ休憩を取ろう。先に進める者は進んでおけ。但し、班毎の行動は厳守しろ」
ライマールの支持に周りにいた騎士と魔術師が頷く。
アダルベルトとトルドヴィンの班以外の者は、ほぼ全員が先に進むことを選んだ。
エイラはますます萎縮して「すみません」とまた二人に謝る。
するとトルドヴィンはニッコリと微笑んで、エイラに軽く会釈をした。
「気になさらないで下さい。進行状況はギリファンが目を配らせてますし、隊の管理は万全です。それに我々はこういったことに慣れていますから。いざとなればドラゴが抱えて行きますよ」
「えっ? は、はぁ……」
パンパンとアダルベルトの肩を叩きながらトルドヴィンが言えば、全く自分に振られると思っていなかったアダルベルトがどぎまぎとして曖昧な返事を返す。
するとそれを聞いていたライマールが、またムッとした様子でそれに反論した。
「その時は俺が運ぶ」
「お言葉ですが、殿下には無理です。私達は訓練で山程の荷物を抱えながらこの山脈を登る訓練をしていますから、女性一人運ぶのは苦でもなんでもありません。今ですら体力が有り余ってますからねぇ。私の見解が間違っていなければ、殿下は既に息が上がっておられるとお見受けしますが?」
的確な指摘をされて、ライマールはグッと言葉に詰まってしまう。
するとアダルベルトを恨めしそうに睨めつけた後、「そろそろ行くぞ」と、エイラの腕を引っ張って先へと進み始めた。
その背を見ながらアダルベルトは横にいたトルドヴィンに向かって、ボソリと恨み言を口にする。
「副団長、判っていて私に押し付けましたな?」
するとトルドヴィンはヒョイと肩を竦ませて、笑顔を貼り付けたまま、「さぁ?何のことだろう?」と、空とぼけて答えるのだった。
明朝定刻通り、ガランの隊が出立し、昼前までには彼らは山頂へと到着していた。
アダルベルトはガランの上げた狼煙を見ながら、まだ信じられないという顔でライマールに報告をする。
ライマールは宣言通りローブではなく紺色の騎士服を着用し、その上には厳重なほどの防寒具を身に纏っている。
そのすぐ隣には、どこか落ち着かない様子の女王が頬を染めて立っていた。
流石にドレス姿と言うわけにもいかず、エイラも女性の兵士が着用する紺色の長いスロップとブーツ、上には暖かな毛皮のコートと帽子を着用していた。
スカートとは違い脚のシルエットがハッキリとする格好に、エイラは普段とは違う居心地の悪さを感じる。
チラリと横にいるライマールを見れば、騎士服姿が黒髪に映え、心なしかいつも以上に落ち着き払っているような気がする。
そう思えば余計に自分が場違いな気がしてならなかった。
ライマールとトルドヴィン、ギリファンが打ち合わせをする中、恥ずかしそうに俯くエイラにメルが気づき、エイラにこっそり声をかけてきた。
「エイラ様? どうかなさいましたか? もしかして少し寒いですか?」
「あ……いえ、その、この格好に慣れなくて……私の国では女性はスカート以外身につける事はありませんから……その、変ではないでしょうか?」
もじもじと膝丈まであるコートの裾を引っ張る様にして、足元を必死で隠そうとするエイラに、メルがなるほど〜と、笑いながら相槌を打った。
「大丈夫ですよ。よくお似合いです。もっと堂々となさっているととてもかっこいいです! でも、そうですね。気になるようでしたら、もっと長いコートがないかボク探してきますよ。出立にはまだ時間がありますし、ボク暇ですし」
「堂々と……こうですか?」
メルに言われて、エイラは背筋を伸ばし前を見据えると、前方をキッと睨みつけるように顎を引く。
すると元々凛とした顔立ちが引き締まり、思わず誰もが息を飲む程の風格がエイラから溢れ出した。
メルは少し気圧されたものの、すぐに我に返り、頬を紅潮させて拍手する。
「凄いです! 流石女王様です!! まるで本物の騎士みたいです! ライマール様にも見習って欲しいです!!」
「そんな……大袈裟です」
手放しで褒められ、エイラが萎縮していると、隣にいたライマールが二人の会話に気がついて、ムッとした様子でエイラの腰をグイッと引き寄せる。
エイラが驚いてライマールを見上げると、ライマールはエイラの額に軽くキスを落とした後、何事もなかったかのようにそのまま打ち合わせを再開していた。
ライマールのその行動に驚いたのはメルとアダルベルト以外の全員で、頬を染めながらも平然と説明を続けるライマールを、誰もがマジマジと凝視した。
エイラは自分が何をされたかわからない様子で唖然としていたが、みるみるとその頬を真っ赤に染め上げる。
「……ちゃんと聞いているのか?」
ポカンと口を開けたまま凝視してくるギリファンに向かって、ライマールはムッとしたまま肩を落とす。
ギリファンは意識を取り戻すと、それでも悪い物でも食べたんじゃないだろうかと、ライマールの顔を覗き込んだ。
「あ? あ、ああ……って、いやっ、お、お前、どうしたんだ?」
「何がだ」
「いや、いやいやいや、おかしいだろ今の!! どんだけだよ!! どういう流れでそうなったんだよ!!」
「ファーは無粋だなぁ〜。たとえ驚いても受け流すのが家臣の務めってものですよ。ああ、直情バカには出来ない高等技術でしたね。これは失礼」
「なんだと!?」
「姉さん……クーべ副団長のいうことは流石にボクも否定出来ませんよ。……ですがね、ライマール様、ヤキモチも時と場合を考えて下さい。皆ビックリしてます」
メルが頭を抱えながら姉と主人を窘めれば、双方バツが悪そうに黙り込む。
ギリファンは少々反省した様子を見せたが、ライマールは不貞腐れた様子で地図を見ながらもメルに反論した。
「お前がリータにちょっかいを出すのが悪い。これは俺のだ。誰にもやらん」
「いや……ボク一言もエイラ様が欲しいだなんて言ってませんよね? ……ッハ! もしかしてボクが留守番なのは呪いでもしきたりでもなんでもなくて、ライマール様の私情ですか!? そうなんですか!?」
「……五月蝿い。そろそろ行くぞ。ギリファン、クーべ、最終点呼を行え」
「ライマール様ぁ!!」
半泣きで頭を抱えて叫ぶメルに若干の同情の目を向けながら、ギリファンとトルドヴィンは「了解」と敬礼をして、各々の部下の元へと駆け寄って行く。
そんな中、真っ赤な顔で困り果てたエイラをライマールは片時も離そうとはしなかった。
=====
エイラはメルと別れを告げ、いよいよ竜の山脈へと足を踏みしめる。
エイラが別れの際にメルと握手を交わせば、ライマールがまたかなり不機嫌そうな顔をしたが、流石に挨拶まで邪魔をすることはなかった。
ガラン達のお陰で、定期演習のある騎士達はいつもよりも楽に登頂していた。
しかし彼らに歩調を合わせる魔術師や、山道に慣れていないエイラにとって、山頂までの道のりはかなりキツいものとなった。
ゴツゴツとした山肌と、日照で溶けて表面が氷となった雪肌が、地面を歩くのに慣れていないエイラの足を掬い上げる。
空中庭園の花園を散歩するのとは違い太腿や腰にかかる負担に、エイラは苦しげな表情をしながらも必死で山頂を目指した。
転移の魔法陣が二つ目に差し掛かるあたりで、エイラの足元は覚束なくなる。
慣れない靴のせいもあり、かかとや小指には靴擦れが所々にできていた。
エイラが痛みを堪えながらも、なんとか魔法陣をくぐると、転移した所で空間の歪む感覚に耐えられず、とうとうその場でフラリと倒れこんでしまう。
「リータ!」
ライマールは駆け寄ると、慌ててエイラを起き上がらせる。
心配そうに覗き込んでくる顔を見上げながら、エイラは自分の情けなさに嫌気が差した。
「すみません。皆さんの足ばかり引っ張ってしまって。大丈夫です。行きましょう」
「無理はしなくていい。休みすぎるのはよくないが、倒れるまで我慢はするな。五分だけ休憩を取ろう。先に進める者は進んでおけ。但し、班毎の行動は厳守しろ」
ライマールの支持に周りにいた騎士と魔術師が頷く。
アダルベルトとトルドヴィンの班以外の者は、ほぼ全員が先に進むことを選んだ。
エイラはますます萎縮して「すみません」とまた二人に謝る。
するとトルドヴィンはニッコリと微笑んで、エイラに軽く会釈をした。
「気になさらないで下さい。進行状況はギリファンが目を配らせてますし、隊の管理は万全です。それに我々はこういったことに慣れていますから。いざとなればドラゴが抱えて行きますよ」
「えっ? は、はぁ……」
パンパンとアダルベルトの肩を叩きながらトルドヴィンが言えば、全く自分に振られると思っていなかったアダルベルトがどぎまぎとして曖昧な返事を返す。
するとそれを聞いていたライマールが、またムッとした様子でそれに反論した。
「その時は俺が運ぶ」
「お言葉ですが、殿下には無理です。私達は訓練で山程の荷物を抱えながらこの山脈を登る訓練をしていますから、女性一人運ぶのは苦でもなんでもありません。今ですら体力が有り余ってますからねぇ。私の見解が間違っていなければ、殿下は既に息が上がっておられるとお見受けしますが?」
的確な指摘をされて、ライマールはグッと言葉に詰まってしまう。
するとアダルベルトを恨めしそうに睨めつけた後、「そろそろ行くぞ」と、エイラの腕を引っ張って先へと進み始めた。
その背を見ながらアダルベルトは横にいたトルドヴィンに向かって、ボソリと恨み言を口にする。
「副団長、判っていて私に押し付けましたな?」
するとトルドヴィンはヒョイと肩を竦ませて、笑顔を貼り付けたまま、「さぁ?何のことだろう?」と、空とぼけて答えるのだった。
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