デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

傍迷惑な前哨戦 2

「ら、ライマール様!? い、いいいいいんですか!? クーべ副団長が見てらっしゃいますよ!?」
「……構わん。お前よりは口が堅い」
「なっ!? ひ、酷いです!! 僕は喋るのは確かに好きですが、話す内容くらいちゃんと選んでます!!」
「五月蝿い。喚くな。気が散る」


 僕の存在って一体……と、かなり気落ちするメルに構わず、ライマールは何度か目を伏せながら図を完成させる。
 まるで行ったことのあるかのような詳細な図面に誰もが息を呑み、まじまじと改めてライマールを見つめた。
 ライマールは瞳の色を戻すと、眉間にシワを寄せながら、こめかみを押さえて考え込む。


「リータから聞いていた話も含め、おそらくこれで合っている筈だ。将来俺が作ったであろう機構は取り除いたし、色々照らし合わせて廃止したかもしれない機構は付け加えてある」
「それは間違っている箇所もあるかも知れないって事か?」


 何故このような図が描けるのか? という疑問すら湧かない様子で、さも当然のようにギリファンはライマールに質問した。
 するとライマールも当然の様にコクリと頷いて答える。


「どんなに古い建物でも、修復や新しい機構を取り入れて必ず何処か変化する。全ての可能性を見たわけではないが、確実に変わってない場所は各所にある空中庭園と、王宮へ続く魔法陣だけだな。同じ時間軸を並行して視た時、各魔法陣の術式に多少の変化は見られたが、機構としては誤差の範囲だ」
「では〜、そこに直接転送陣を繋げる事は〜、可能なんですね〜?」
 ガランの問いに、ライマールは再び頷き肯定する。


「ただやはり正確な情報は必要不可欠だ。特に竜の城は山脈と比べものにならないほど高低差が激しい。計算は慎重に行わなければ事故に繋がる」
「事故……?」


 不可解な単語にアダルベルトは嫌な予感を覚え、思わず耳を伏せる。するとガランがなんでもないかのように、サラッと物騒な説明をし始めた。


「そうですねぇ〜。平坦な場所での移動の場合〜、目視出来る範囲ならば〜転移先に障害物がないのを確認して〜、転移を行うことができますが〜、転移先に障害物がある場合〜、なんと体にめり込んじゃったりするんですねぇ〜。魔法陣での転移となりますと〜その事故の発生はだいぶ減るんですが〜、その代わり〜、距離や高低差の正確な計算が必要になってくるんですよ〜。間違えた場合は〜地面にめり込んだり〜、落下で怪我……ならまだいいですけど〜、死んでしまったり〜と、割と厄介なんですねぇ〜」


 ふふふ〜と、呑気に笑みを浮かべるガランに、アダルベルトは背筋をゾッと凍らせる。
 トルドヴィンも頬を引きつらせながら、再びライマールへと向き直ると、王子への疑問は隅に置いておいて、作戦の内容へと質問を集中させた。


「ん〜、転送陣が開通したとして、もっと具体的な作戦内容を教えて頂けませんかねぇ? その転送陣にしても、聞いている限りでは誰でも計算ができるるようなものでもないんですよね? それに翌日に後発隊をとなると、先発隊が敵に気づかれないように警戒する必要が出てくるはずですよ」


 総勢二百人の大移動だ。そのために必要な準備は当然大掛かりなものになる。
 ライマールはまた頷いて、トルドヴィンに答える。


「無論ちゃんと考えている。先発隊は俺とリータ、クーべの第一部隊のみで、リータの協力の元、ドラゴンを用いて城へ入る。名分は国境付近で倒れていた女王らしき人物を保護していたので送り届けに来た。でいいだろう」
「魔術師は全て後発隊なんですか? 殿下おひとりで魔法陣の設置を?」
「そうだ。その際俺は用意してきた騎士服に着替える。以降はクーべの部下のライムとでも呼べ。相手はネクロマンサーだ。魔術師が一人でもいると知られればなにをするか判らん。帝国の兵に下手に手出しをする馬鹿だとは流石に思いたくないが……用心はしておけ」


 そう言ってライマールは袖口へ手を突っ込むと、何か錠剤の様なものが入った瓶を、トルドヴィンに投げてよこした。


「これは?」


 しっかりと瓶をキャッチしながら、訝しげにトルドヴィンは中を覗き込む。
 中にはピンク色の三角形の形をした錠剤が、ビッシリと詰まっていた。


「抗体剤だ。城に着く直前に飲んでおけ。お前のとこの部下にも配っておくと良い。奴らの使う香がどういった成分のものなのかは判らんが、少なからず"呪"に対しての抗体は得ることができる」
「お前……いつの間にこんなもの作ったんだ?」


 ギリファンがしげしげと感心しながら、トルドヴィンの手元にある薬を覗き込む。
 するとメルがハッと顔を青くして、ライマールにおずおずと尋ねた。


「ライマール様、まさかと思いますが、試薬段階じゃありませんよね……?」
「…………問題ない」


 ぷいっとそっぽを向いて、バツが悪そうな顔でライマールが答えれば、ギリファン、メル、ガランの三姉弟が凍りつく。
 皆が皆、身に覚えがある様で、半ば悲鳴交じりに怒涛の如くライマールに詰め寄った。


「バカかっ!! 問題ないわけないだろう!? お前っそれで何回失敗してると思ってるんだ!!」
「そうですよ!! 僕達がどれだけ魂の門を覗き見たか判ってないんですか!?」
「殿下〜。勘弁して下さい〜〜。流石に騎士団の副団長を殺したとなると〜、私達もフォロー出来ませんよ〜」


 半泣きの三姉弟の様子に、状況を理解したトルドヴィンとアダルベルトも顔色を青くする。
 するとライマールはかなり不機嫌そうに口を曲げ、三人を払いのけながら、憮然として言い放った。


「五月蝿い。俺は人を殺した覚えなどない! 誤解を招くようなことを言うな。それに事前に結果は視ている。実験の時間がなかっただけだ。問題ない」


 そう言ってライマールは、袖口からもうひと瓶取り出し、中の錠剤を一粒だけ取り出してパクリと口に含む。


「わーーー!! 何してるんですか!!」
「お、まえっ!! アホかっ!! 仮にも一国の王子が自害するな!! 吐け! 今すぐ吐き出せ!!」
「殿下〜〜〜。っぺ、して下さい〜。良い子ですから〜〜」


 三人の悲痛な叫びを更に無視して、ライマールは錠剤をゴクリと呑み込んでしまう。
 指をライマールの喉へと突っ込もうとするギリファンと、押さえつけようとするメルを払いのけながら、「五月蝿い」と、ライマールは立ち上がった。


「副作用があるとすれば目眩か動悸くらいだ。食後に飲めばそれもまず起こらないだろう。効果時間は割と長い筈だが、念のためクーべの部隊は竜の城に着いた翌朝にも飲んでおけ。ギリファン、これはお前達の分だ」


 そう言ってライマールは瓶をギリファンへと押し付ける。
 未だ半信半疑の状態でギリファンがそれを受け取ると、ライマールは満足そうに頷いた。


「他に質問がなければ解散する。明日以降に備え、お前達もしっかり休養をとっておくように」


 それだけ伝えると、ライマールは早々に自室へと戻って行った。
 残されたギリファン、トルドヴィン以下の面々は、手渡された薬をジッと見つめ、ゴクリと喉を鳴らして、暫くその場で立ち尽くしていた。

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