デール帝国の不機嫌な王子
無自覚自覚 3
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商家の立ち並ぶ村の中心を避けるかのように、寂れた小屋が立ち並ぶ村の西側へと向かい、ライマールはエイラを担いだまま短距離の転送魔法を繰り返し唱える。
突如目の前に現れすぐに消える、妙に身なりの良い二人の姿を目にした村人が、疲れているのかと我が目を疑い、瞬きをする光景が村の至る所で見受けられた。
目まぐるしい速さで変わる風景と、ぐにゃりと体がゆがむような感覚に、エイラはこみ上げる吐き気を必死で押さえ、目をギュッと瞑り、ひたすら耐えた。
エイラの意識が朦朧としている中、ライマールは小さな小川の流れる、村外れに近い場所で転移を止める。
数日前に降った雪が日陰にわずかに残るものの、地面のほとんどは苔で覆われており、ライマールが歩くたびにぺちゃぺちゃと水分を含んだ音が周囲に響く。
小川から少しだけ離れた場所で立ち止まると、近くにあったそこそこ大きな切り株の上にエイラを降ろして座らせた。
ライマールはそこでようやく、エイラがグッタリと具合が悪そうにしていることに気がつき顔を覗き込む。
「すまん。酔ったのか? 水をもってくるからここで待ってろ」
エイラの背を摩りながら、ライマールが心配そうに声を掛けてきたが、あまりの辛さに声を出すこともできず、なんとか頷いてエイラはライマールに返事を返す。
ライマールはそれを確認すると、同じように頷いてその場を離れた。
袖口からなにかを取り出すと、ライマールは小川へ近づき水を掬い、エイラの元へと戻って来る。
「飲め」
エイラはライマールから小さな粉薬と青い筒のような物を手渡される。
受け取ってよく見れば、辺りに生えているのと同じ竹を素材にしたコップだということに気がついた。
中を除くと、竹のくぼみに綺麗な水が並々と入っており、日の光を反射しながら、エイラの顔を映し出している。
何とも不思議な形に感心しながら、エイラは手渡された薬を口に含み、恐る恐るその水を口にする。
氷よりも冷たいのではないかと思うほど、冷えた水が口の中で広がり、喉を通り、胃のあたりまでスーッと冷え込む感覚に襲われ、思わずぶるりと身震いをした。
エイラが身を震わせていると、ライマールはエイラを抱えるようにして、自分も切り株へと座り込む。
「ライマール様!?」
驚いて声を上げるエイラを気にするでもなく、ライマールは後ろから片手でギュッとエイラの腰を抱きしめ、もう片方の手で、エイラの持っている竹の口を覆うと、短い呪文を唱えその手を離す。
その瞬間、じんわりと竹に熱がこもり、中からは暖かな湯気が立ち上っていた。
「吐きたくなったら言え。吐いていい。辛かったら寄りかかれ」
「はい、あの……ありがとう、ございます……?」
いまいち状況が把握出来ないまま頷き、エイラは白湯となった水を再び口に含む。
今度は暖かくほのかに甘い白湯が体の奥へと染み渡る。
竹の青々とした匂いを堪能しながら、しばらくそのまま会話もせずに白湯を飲んだ。
幾分具合も良くなってきたものの、背中の存在にどうにもエイラは落ち着かず、手持ち無沙汰とばかりに、手にしている竹をしげしげと観察する。
竹の存在は知っていたが、中がこのような構造になっていたとは知らず、樹木とも違う青々とした匂いもとても興味深かった。
「そんなに珍しいか?」
不思議そうに後ろからライマールが声を掛けてくれば、その振動が背中を通じてエイラの体に響き渡る。
むず痒い感覚に頬を染め、エイラは小さく「はい……」と、答えるのが精一杯だ。
意識を背に集中すれば、ライマールの鼓動がトクトクと伝わって来て、エイラはますます身を固くする。
一体何故こんな状況になっているのかわけがわからない。
ライマールの行動が突拍子もないことはもう判りに判っているのだが、慣れることが出来るかどうかはどうやら理解とは別のところにあるらしい。
「あ、の……もう、大丈夫ですので……その、離れて頂けませんか? 落ち着かないです」
耳まで赤くしてエイラが小さく訴えれば、ライマールは離すどころか更にエイラを引き寄せる。
「ラ、ライマール様っ!」
バクバクと音を立てる胸を押さえながら、エイラは必死で訴えたが、ライマールは少しムッとした声で、「聞こえない」と呟いて、エイラの肩にコツンと額をくっつけてきた。
エイラの首元をライマールのサラサラとした黒い髪がそっと撫で、くすぐったさに思わず身を捩ると、ライマールは逃がさないとばかりに、抱えた腕に力を込めてきた。
どうしたらいいのだろうとエイラは真っ赤になりながら困り果て動けずにいると、肩越しからライマールのくぐもった声が聞こえてくる。
「話せ」
「えっ?」
短くそう言われ、エイラが思わず振り返ると、ライマールは手の力を緩め、顔を上げた。
視線がぶつかると、ライマールは神妙な顔つきで、またエイラに「話せ」と、言ってくる。
「ここには俺とお前しかいない。愚痴でも弱音でもなんでもいい。溜め込んでるもの全部話せ。リータが願うなら俺は何でも叶えてやりたいが、竜の国の王には流石になれない。そのかわり話は全部聞いてやる。それ以外のこともお前が望むなら全部……できるだけ叶えてやる。だから話せ」
「ライマール様……」
馬車での非礼を怒っていたわけではなく、話を聞く為に連れ出したのだと気がついて、エイラは胸にじんわりと熱いものが広がる。
今までそんなことを言ってくれる人はいなかった。
両親を失い、兄も去り、その責任を果たすことだけを考え、弱音など吐く資格はないとエイラはずっと思ってきたのだ。
目を潤ませるエイラにライマールは目を細め、エイラの透き通るような金糸を、愛おしそうに指で梳いた。
「俺は全部話した。リータだけ話さないのはズルい。話すまで皆の所に戻る気はない。観念しろ」
言葉は乱暴なのに、その声音はとても優しく耳に届く。
その言葉一つ一つが甘言となって、エイラの胸を大きく揺さぶる。もう我慢などしなくていいと、許されるのだと言われているかのような錯覚に、目眩すら感じる。
見透かされた様な気がして、エイラは思わず顔を俯ける。
するとライマールは何も言わずに静かにエイラを胸に抱えた。
暖かな鼓動を感じながら、エイラはとうとう我慢できずに小さな雫が瞳から溢れ出す。
小さく震えるエイラの言葉を、根気強くライマールは待っていてくれている。
喉の奥が焼けるような感覚を我慢しながら、エイラは掠れる声で話し始めた。
もしかしたら、百年の恋も冷めてしまうかもしれないと思いながらも、一言口に出せば、もう止めようがなかった。
「帰り、たくないです……っ! ずっとここに居たいです。皆さんと一緒に、もっと色んな話をして過ごしたいです。……一人は、もう嫌!!」
嗚咽混じりに漏らすエイラの背を撫でながら、ライマールはなにも言わずにその言葉に耳を傾ける。
ライマールの抱きしめる腕に力がこもれば、エイラは大きな背に手を伸ばし、縋り付いた。
「私は、ライマール様に好かれるような、立派な人間じゃ、ないの。本当ならマウリを使いに出すのが……王として正しい判断だったのに、私は家臣を……国を捨てて、自分の責務から逃げ出して……マウリはまだ、正気だったのに、私、彼を犠牲にして……いつも支えてくれてたのに……」
瞼の裏に浮かぶのは、幼い頃から面倒を見てくれていた忠実な初老の宰相だった。
時に厳しく、褒める時はいつも自分の孫でも見るかのように、皺くちゃな笑顔をエイラに向けてくれていた。
「マウリだけじゃないわ……近衛をしてくれていた彼も、私のせいで犠牲になったのに……私、私は……」
与えられた役割を放棄してしまった。
自分の身に起きた事を恐れ、一人、国と命運を共にする事を恐れ、個人的な感情に流されたのだ。
助けを求めること自体が大義名分だったのかもしれない。
誰にも合わせる顔なんてないとエイラは言葉を失い、ポロポロととめどなく涙を零す。
「リータ……」
長い髪を梳きながら、エイラに向けたライマールの声低いが胸に響く。
エイラが顔を上げると、なぜか同じように涙を流すライマールの歪んだ顔がそこにあった。
商家の立ち並ぶ村の中心を避けるかのように、寂れた小屋が立ち並ぶ村の西側へと向かい、ライマールはエイラを担いだまま短距離の転送魔法を繰り返し唱える。
突如目の前に現れすぐに消える、妙に身なりの良い二人の姿を目にした村人が、疲れているのかと我が目を疑い、瞬きをする光景が村の至る所で見受けられた。
目まぐるしい速さで変わる風景と、ぐにゃりと体がゆがむような感覚に、エイラはこみ上げる吐き気を必死で押さえ、目をギュッと瞑り、ひたすら耐えた。
エイラの意識が朦朧としている中、ライマールは小さな小川の流れる、村外れに近い場所で転移を止める。
数日前に降った雪が日陰にわずかに残るものの、地面のほとんどは苔で覆われており、ライマールが歩くたびにぺちゃぺちゃと水分を含んだ音が周囲に響く。
小川から少しだけ離れた場所で立ち止まると、近くにあったそこそこ大きな切り株の上にエイラを降ろして座らせた。
ライマールはそこでようやく、エイラがグッタリと具合が悪そうにしていることに気がつき顔を覗き込む。
「すまん。酔ったのか? 水をもってくるからここで待ってろ」
エイラの背を摩りながら、ライマールが心配そうに声を掛けてきたが、あまりの辛さに声を出すこともできず、なんとか頷いてエイラはライマールに返事を返す。
ライマールはそれを確認すると、同じように頷いてその場を離れた。
袖口からなにかを取り出すと、ライマールは小川へ近づき水を掬い、エイラの元へと戻って来る。
「飲め」
エイラはライマールから小さな粉薬と青い筒のような物を手渡される。
受け取ってよく見れば、辺りに生えているのと同じ竹を素材にしたコップだということに気がついた。
中を除くと、竹のくぼみに綺麗な水が並々と入っており、日の光を反射しながら、エイラの顔を映し出している。
何とも不思議な形に感心しながら、エイラは手渡された薬を口に含み、恐る恐るその水を口にする。
氷よりも冷たいのではないかと思うほど、冷えた水が口の中で広がり、喉を通り、胃のあたりまでスーッと冷え込む感覚に襲われ、思わずぶるりと身震いをした。
エイラが身を震わせていると、ライマールはエイラを抱えるようにして、自分も切り株へと座り込む。
「ライマール様!?」
驚いて声を上げるエイラを気にするでもなく、ライマールは後ろから片手でギュッとエイラの腰を抱きしめ、もう片方の手で、エイラの持っている竹の口を覆うと、短い呪文を唱えその手を離す。
その瞬間、じんわりと竹に熱がこもり、中からは暖かな湯気が立ち上っていた。
「吐きたくなったら言え。吐いていい。辛かったら寄りかかれ」
「はい、あの……ありがとう、ございます……?」
いまいち状況が把握出来ないまま頷き、エイラは白湯となった水を再び口に含む。
今度は暖かくほのかに甘い白湯が体の奥へと染み渡る。
竹の青々とした匂いを堪能しながら、しばらくそのまま会話もせずに白湯を飲んだ。
幾分具合も良くなってきたものの、背中の存在にどうにもエイラは落ち着かず、手持ち無沙汰とばかりに、手にしている竹をしげしげと観察する。
竹の存在は知っていたが、中がこのような構造になっていたとは知らず、樹木とも違う青々とした匂いもとても興味深かった。
「そんなに珍しいか?」
不思議そうに後ろからライマールが声を掛けてくれば、その振動が背中を通じてエイラの体に響き渡る。
むず痒い感覚に頬を染め、エイラは小さく「はい……」と、答えるのが精一杯だ。
意識を背に集中すれば、ライマールの鼓動がトクトクと伝わって来て、エイラはますます身を固くする。
一体何故こんな状況になっているのかわけがわからない。
ライマールの行動が突拍子もないことはもう判りに判っているのだが、慣れることが出来るかどうかはどうやら理解とは別のところにあるらしい。
「あ、の……もう、大丈夫ですので……その、離れて頂けませんか? 落ち着かないです」
耳まで赤くしてエイラが小さく訴えれば、ライマールは離すどころか更にエイラを引き寄せる。
「ラ、ライマール様っ!」
バクバクと音を立てる胸を押さえながら、エイラは必死で訴えたが、ライマールは少しムッとした声で、「聞こえない」と呟いて、エイラの肩にコツンと額をくっつけてきた。
エイラの首元をライマールのサラサラとした黒い髪がそっと撫で、くすぐったさに思わず身を捩ると、ライマールは逃がさないとばかりに、抱えた腕に力を込めてきた。
どうしたらいいのだろうとエイラは真っ赤になりながら困り果て動けずにいると、肩越しからライマールのくぐもった声が聞こえてくる。
「話せ」
「えっ?」
短くそう言われ、エイラが思わず振り返ると、ライマールは手の力を緩め、顔を上げた。
視線がぶつかると、ライマールは神妙な顔つきで、またエイラに「話せ」と、言ってくる。
「ここには俺とお前しかいない。愚痴でも弱音でもなんでもいい。溜め込んでるもの全部話せ。リータが願うなら俺は何でも叶えてやりたいが、竜の国の王には流石になれない。そのかわり話は全部聞いてやる。それ以外のこともお前が望むなら全部……できるだけ叶えてやる。だから話せ」
「ライマール様……」
馬車での非礼を怒っていたわけではなく、話を聞く為に連れ出したのだと気がついて、エイラは胸にじんわりと熱いものが広がる。
今までそんなことを言ってくれる人はいなかった。
両親を失い、兄も去り、その責任を果たすことだけを考え、弱音など吐く資格はないとエイラはずっと思ってきたのだ。
目を潤ませるエイラにライマールは目を細め、エイラの透き通るような金糸を、愛おしそうに指で梳いた。
「俺は全部話した。リータだけ話さないのはズルい。話すまで皆の所に戻る気はない。観念しろ」
言葉は乱暴なのに、その声音はとても優しく耳に届く。
その言葉一つ一つが甘言となって、エイラの胸を大きく揺さぶる。もう我慢などしなくていいと、許されるのだと言われているかのような錯覚に、目眩すら感じる。
見透かされた様な気がして、エイラは思わず顔を俯ける。
するとライマールは何も言わずに静かにエイラを胸に抱えた。
暖かな鼓動を感じながら、エイラはとうとう我慢できずに小さな雫が瞳から溢れ出す。
小さく震えるエイラの言葉を、根気強くライマールは待っていてくれている。
喉の奥が焼けるような感覚を我慢しながら、エイラは掠れる声で話し始めた。
もしかしたら、百年の恋も冷めてしまうかもしれないと思いながらも、一言口に出せば、もう止めようがなかった。
「帰り、たくないです……っ! ずっとここに居たいです。皆さんと一緒に、もっと色んな話をして過ごしたいです。……一人は、もう嫌!!」
嗚咽混じりに漏らすエイラの背を撫でながら、ライマールはなにも言わずにその言葉に耳を傾ける。
ライマールの抱きしめる腕に力がこもれば、エイラは大きな背に手を伸ばし、縋り付いた。
「私は、ライマール様に好かれるような、立派な人間じゃ、ないの。本当ならマウリを使いに出すのが……王として正しい判断だったのに、私は家臣を……国を捨てて、自分の責務から逃げ出して……マウリはまだ、正気だったのに、私、彼を犠牲にして……いつも支えてくれてたのに……」
瞼の裏に浮かぶのは、幼い頃から面倒を見てくれていた忠実な初老の宰相だった。
時に厳しく、褒める時はいつも自分の孫でも見るかのように、皺くちゃな笑顔をエイラに向けてくれていた。
「マウリだけじゃないわ……近衛をしてくれていた彼も、私のせいで犠牲になったのに……私、私は……」
与えられた役割を放棄してしまった。
自分の身に起きた事を恐れ、一人、国と命運を共にする事を恐れ、個人的な感情に流されたのだ。
助けを求めること自体が大義名分だったのかもしれない。
誰にも合わせる顔なんてないとエイラは言葉を失い、ポロポロととめどなく涙を零す。
「リータ……」
長い髪を梳きながら、エイラに向けたライマールの声低いが胸に響く。
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