デール帝国の不機嫌な王子
運命の歯車 4
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エイラが城下でイルミナ達と昼食をとっている丁度その頃、ライマールは鎖で全身を巻かれたかのように体を強張らせ、緊張した様子で応接室のソファーに座り込んでいた。
その瞳は紫になったり金になったりと先ほどから忙しく色を変えている。
ツェナの話を話した後の結果を、知りたいと思う気持ちと、知りたくないという気持ちの両方が表に現れている状態で、あまりにも不安定な状態のライマールに、メルとアダルベルトは、皇帝とクロドゥルフがくるギリギリまでライマールのそばで控えることとなった。
「ライマール様、気持ちはお察ししますが、もう少し力を抜くことはできませんか? ほら、ほうじ茶を入れましたから」
「すまん」
そう言いつつ、ほうじ茶を口にするライマールの手はガタガタと震え、お茶を口にするも緊張がほぐれる様子は全くなかった。
ガチャリと派手な音を立てながらカップをおけば、中のお茶がソーサーに飛び散ってしまう。
それを見ていたメルは、想定済みとばかりに、「はいはい、今拭きますから」と、慣れた手つきでぱぱっとテーブルを拭き、新しいお茶を差し出した。
始終のやりとりを眺めていたアダルベルトが、日常茶飯事なのかと密かに頭を抱えていれば、ほどなくして皇帝とクロドゥルフが中へと入ってくる。
メルとアダルベルトが一礼をして下がろうとすれば、ライマールはアダルベルトを引き止め、ここへ留まるようにと指示をした。
メルもアダルベルトも、何故ライマールがアダルベルトだけにそのような指示を出したのかと訝しんだものの、皇帝とクロドゥルフが入室した手前、話しかけるわけにもいかず、特に追求はせず、おとなしくその指示に従った。
皇帝とクロドゥルフがライマールと向かい合ってソファーに座る。
アダルベルトは、居なくなったメルの代わりに二人に暖かいほうじ茶を出すと、ライマールの後ろへと静かに下がった。
皇帝とクロドゥルフは、出されたお茶を口にして、チラリとアダルベルトを一瞥すると、ライマールへと視線を送り、首を捻りながら「いいのか?」と無言で訴えた。
「こいつはもう既に俺の力について知っている。それに、どうせ話すならこいつも知っておいた方が良いから……」
「ライマール、お前がこれから何を話そうとしておるのかは知らんが、無理に話す必要はないのだぞ? 昨日は、その、すまなかったな。お前を傷つけるつもりはなかったのだ。余もお前の兄も突然のことで驚いてしまっただけで、決してお前を嫌っているわけでは……」
「分かっています。だからこそ俺は話したくなかったんです。……特にツェナのことは…………」
ライマールが決して口にしようとしなかったその名前に、誰もが目を見開いてライマールを凝視する。
皆の注目を浴びて、すぐにでも逃げ出したくなる衝動に駆られながらも、ライマールはローブの裾を握り締め、ぐっと唇を引き結んだ。
「……正直、今でも話すべきではないのではと迷っています。特に……母上には話したくないです」
掠れ、震える声で話すライマールに、クロドゥルフは話す気なのだという確信と共に、あまりにも辛そうなライマールの表情に胸を痛める。
家族の中で誰よりも仲の良かった妹を追い出したのだ。
よくよく考えれば、二人の間になにか尋常なことが起こったのだと推測するのは容易に容易ではないか。
もしかしたら追い出したというのは建前で、やはりツェナの身になにかがあったのかもしれないと、クロドゥルフは嫌な予感に胸をざわめかせ、チラリと父へ視線を送った。
皇帝はクロドゥルフよりも険しい顔をして、ただジッと我が子の言葉を待っている。
「聞けば皆きっと後悔する。だからよく考えて欲しいんです。真実を受け止める覚悟があるかどうか。俺は恨まれるのは構わないと思ってます。でも話したことで後悔なんてしたくない」
言葉の端々にとても重いものを感じ、痛々しい程に震えるライマールに、皇帝は顔を歪めて諭すように問い掛ける。
「お前はそれで辛くないのか? この先もずっと一人でその真実とやらを抱え込んで、母とも分かり合えぬまま生きて行くつもりなのか?」
「……辛いです。でも、こんな思いをするのは俺だけで十分だとも思うから」
決して顔を上げようとしないライマールに、皇帝は「そうか…」と小さく呟いた。
やがて静かに立ち上がると、部屋を出て行くのかと思いきや、ライマールの横に座り、肩を抱えるように抱き締めて、「話しなさい」と囁いた。
ライマールは驚いて父を見上げると、そこには我が子を慈しむように、穏やかな笑みを浮かべた父の姿があった。
「話しなさいライマール。お前の言う覚悟ができていると断言できる自身はないが、息子であるお前が一人で辛い思いなどする必要はないのだ。至らぬ父ではあるが、その重荷を父にも分けてはくれまいか?」
もっと楽になりなさいと告げる父に、ライマールは熱くなる目を堪えながら、「なら……」と、言葉を絞りだす。
「約束して下さい。なにを知っても、絶対にツェナを探すようなことはしないと。たとえどこかでツェナを見かけても、絶対に連れ戻さないと」
「それではツェナはやはり生きているということなのか?!」
思わず食いかかるようにクロドゥルフが言うと、ライマールは躊躇しながらも小さく頷く。
ライマールの反応に、クロドゥルフと皇帝が思わず安堵の溜息を吐き出せば、ライマールは少し後悔したような顔をして、また二人から顔を背けてしまった。
どんなに会いたいと願っても、二度とツェナに会う事は許されない。
ツェナに会いたいと思うのは、家族ならば当たり前のことだ。
それ故にクロドゥルフも皇帝も返事をするのは躊躇われた。
「何も知らぬよりは……」
と、沈黙を破ったのは皇帝だった。
「どの道ツェナに会えぬというのであれば、あの子に起こったことだけでも知っておきたい。生きていればそれでいいと思おうではないか」
クロドゥルフに向かって諭す、父の苦々しい表情と言葉が、ライマールの心にズシリとのし掛かる。
父の言葉を聞き、クロドゥルフが正面に座るライマールへと向き直った。
青ざめるライマールを見つめながら、誰よりもツェナに会わずにいるのを耐え忍んできたのはライマール自身ではないかと自分に言い聞かせ、膝の上で拳を握ると、唇を噛み締めながら父に同意した。
「生きてさえいれば……そうですね。それがあの子のためだというのなら、ライマールと同じように私も耐えましょう。話を聞かせて欲しい。ライマール」
二人の決意に満ちた言葉を聞き、ライマールはとうとう耐え切れず、その瞳から大粒の涙をポタリと落としてしまう。
枷から解放される安堵の涙なのだろうと、皇帝はライマールを思い、ガタガタと震える背を優しく摩った。
しかし嗚咽交じりにライマールが口にした次の言葉が、その涙の意味を否定した。
それはその場にいた全ての人間の期待を砕くのに、十分な一言だった。
「ツェナは……ツェナは、この先長くは生きられない。どんな未来を選んでも、必ずその先で……誰かに……こ……殺される……運命なんだ」
エイラが城下でイルミナ達と昼食をとっている丁度その頃、ライマールは鎖で全身を巻かれたかのように体を強張らせ、緊張した様子で応接室のソファーに座り込んでいた。
その瞳は紫になったり金になったりと先ほどから忙しく色を変えている。
ツェナの話を話した後の結果を、知りたいと思う気持ちと、知りたくないという気持ちの両方が表に現れている状態で、あまりにも不安定な状態のライマールに、メルとアダルベルトは、皇帝とクロドゥルフがくるギリギリまでライマールのそばで控えることとなった。
「ライマール様、気持ちはお察ししますが、もう少し力を抜くことはできませんか? ほら、ほうじ茶を入れましたから」
「すまん」
そう言いつつ、ほうじ茶を口にするライマールの手はガタガタと震え、お茶を口にするも緊張がほぐれる様子は全くなかった。
ガチャリと派手な音を立てながらカップをおけば、中のお茶がソーサーに飛び散ってしまう。
それを見ていたメルは、想定済みとばかりに、「はいはい、今拭きますから」と、慣れた手つきでぱぱっとテーブルを拭き、新しいお茶を差し出した。
始終のやりとりを眺めていたアダルベルトが、日常茶飯事なのかと密かに頭を抱えていれば、ほどなくして皇帝とクロドゥルフが中へと入ってくる。
メルとアダルベルトが一礼をして下がろうとすれば、ライマールはアダルベルトを引き止め、ここへ留まるようにと指示をした。
メルもアダルベルトも、何故ライマールがアダルベルトだけにそのような指示を出したのかと訝しんだものの、皇帝とクロドゥルフが入室した手前、話しかけるわけにもいかず、特に追求はせず、おとなしくその指示に従った。
皇帝とクロドゥルフがライマールと向かい合ってソファーに座る。
アダルベルトは、居なくなったメルの代わりに二人に暖かいほうじ茶を出すと、ライマールの後ろへと静かに下がった。
皇帝とクロドゥルフは、出されたお茶を口にして、チラリとアダルベルトを一瞥すると、ライマールへと視線を送り、首を捻りながら「いいのか?」と無言で訴えた。
「こいつはもう既に俺の力について知っている。それに、どうせ話すならこいつも知っておいた方が良いから……」
「ライマール、お前がこれから何を話そうとしておるのかは知らんが、無理に話す必要はないのだぞ? 昨日は、その、すまなかったな。お前を傷つけるつもりはなかったのだ。余もお前の兄も突然のことで驚いてしまっただけで、決してお前を嫌っているわけでは……」
「分かっています。だからこそ俺は話したくなかったんです。……特にツェナのことは…………」
ライマールが決して口にしようとしなかったその名前に、誰もが目を見開いてライマールを凝視する。
皆の注目を浴びて、すぐにでも逃げ出したくなる衝動に駆られながらも、ライマールはローブの裾を握り締め、ぐっと唇を引き結んだ。
「……正直、今でも話すべきではないのではと迷っています。特に……母上には話したくないです」
掠れ、震える声で話すライマールに、クロドゥルフは話す気なのだという確信と共に、あまりにも辛そうなライマールの表情に胸を痛める。
家族の中で誰よりも仲の良かった妹を追い出したのだ。
よくよく考えれば、二人の間になにか尋常なことが起こったのだと推測するのは容易に容易ではないか。
もしかしたら追い出したというのは建前で、やはりツェナの身になにかがあったのかもしれないと、クロドゥルフは嫌な予感に胸をざわめかせ、チラリと父へ視線を送った。
皇帝はクロドゥルフよりも険しい顔をして、ただジッと我が子の言葉を待っている。
「聞けば皆きっと後悔する。だからよく考えて欲しいんです。真実を受け止める覚悟があるかどうか。俺は恨まれるのは構わないと思ってます。でも話したことで後悔なんてしたくない」
言葉の端々にとても重いものを感じ、痛々しい程に震えるライマールに、皇帝は顔を歪めて諭すように問い掛ける。
「お前はそれで辛くないのか? この先もずっと一人でその真実とやらを抱え込んで、母とも分かり合えぬまま生きて行くつもりなのか?」
「……辛いです。でも、こんな思いをするのは俺だけで十分だとも思うから」
決して顔を上げようとしないライマールに、皇帝は「そうか…」と小さく呟いた。
やがて静かに立ち上がると、部屋を出て行くのかと思いきや、ライマールの横に座り、肩を抱えるように抱き締めて、「話しなさい」と囁いた。
ライマールは驚いて父を見上げると、そこには我が子を慈しむように、穏やかな笑みを浮かべた父の姿があった。
「話しなさいライマール。お前の言う覚悟ができていると断言できる自身はないが、息子であるお前が一人で辛い思いなどする必要はないのだ。至らぬ父ではあるが、その重荷を父にも分けてはくれまいか?」
もっと楽になりなさいと告げる父に、ライマールは熱くなる目を堪えながら、「なら……」と、言葉を絞りだす。
「約束して下さい。なにを知っても、絶対にツェナを探すようなことはしないと。たとえどこかでツェナを見かけても、絶対に連れ戻さないと」
「それではツェナはやはり生きているということなのか?!」
思わず食いかかるようにクロドゥルフが言うと、ライマールは躊躇しながらも小さく頷く。
ライマールの反応に、クロドゥルフと皇帝が思わず安堵の溜息を吐き出せば、ライマールは少し後悔したような顔をして、また二人から顔を背けてしまった。
どんなに会いたいと願っても、二度とツェナに会う事は許されない。
ツェナに会いたいと思うのは、家族ならば当たり前のことだ。
それ故にクロドゥルフも皇帝も返事をするのは躊躇われた。
「何も知らぬよりは……」
と、沈黙を破ったのは皇帝だった。
「どの道ツェナに会えぬというのであれば、あの子に起こったことだけでも知っておきたい。生きていればそれでいいと思おうではないか」
クロドゥルフに向かって諭す、父の苦々しい表情と言葉が、ライマールの心にズシリとのし掛かる。
父の言葉を聞き、クロドゥルフが正面に座るライマールへと向き直った。
青ざめるライマールを見つめながら、誰よりもツェナに会わずにいるのを耐え忍んできたのはライマール自身ではないかと自分に言い聞かせ、膝の上で拳を握ると、唇を噛み締めながら父に同意した。
「生きてさえいれば……そうですね。それがあの子のためだというのなら、ライマールと同じように私も耐えましょう。話を聞かせて欲しい。ライマール」
二人の決意に満ちた言葉を聞き、ライマールはとうとう耐え切れず、その瞳から大粒の涙をポタリと落としてしまう。
枷から解放される安堵の涙なのだろうと、皇帝はライマールを思い、ガタガタと震える背を優しく摩った。
しかし嗚咽交じりにライマールが口にした次の言葉が、その涙の意味を否定した。
それはその場にいた全ての人間の期待を砕くのに、十分な一言だった。
「ツェナは……ツェナは、この先長くは生きられない。どんな未来を選んでも、必ずその先で……誰かに……こ……殺される……運命なんだ」
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