デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

不器用な思いやり 8

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 最後に見た父と兄の姿を思い出し、ライマールはまた顔を歪める。
 今後のことなど視るまでもなく分かりきっていた。
 避けるどころか、腫れ物に触れるような扱いを受けるだけだ。
 それならば、まだ叱れている方がマシだったのに……。


 なんともいい難い寂しさを感じながら廊下を曲がれば、エイラにあてがわれた部屋の前にアダルベルトが立っていた。
 アダルベルトの方もライマールに気がついて、軽く敬礼をする。
 アダルベルトは複雑な表情をした王子に、また何かあったのかと思ったものの、顔には出さず淡々として職務に殉じた。


「お目覚めになられたようでなによりですが、今女王陛下はおやすみ中ですぞ。申し訳ありませんが改めてお越し頂くたくーー」
「構うか、通せ」


 ムッとしてライマールが押し通ろうとすれば、アダルベルトも呆れながらそれを制止する。
 ライマールはキッとアダルベルトを睨みつけ威嚇するも、アダルベルトは動じることなく冷ややかな目でライマールを窘めた。


「許可なく女性の部屋に押し入ろうとするなど、褒められた行為ではありませんぞ」
「結婚すれば俺の伴侶だ。寝顔など今まで何度も見ている。何も問題はない。起きるまで中で待つ」
「今はまだ伴侶となられてはおりませんし、そういう問題ではありませぬぞ。モラルの問題ですぞ。そのようなことをなさっていては、確実に嫌われてしまいますぞ」
「……どうせもう嫌われている」


 アダルベルトの言葉にグッと息を詰まらせると、ポツリと呟き俯いた。
 その呟きにアダルベルトは眉尻を片方だけ微かに上げて、訝しんだ。


「……殿下はコトを急ぎすぎる節がおありになる。ご自分の都合だけで動かれたから、女王陛下も接吻を拒まれたのでしょうな」
「なっ……!?」


 思いがけぬ指摘をされ、ライマールは瞬く間に顔を紅潮させる。
 変わらず呆れたように見下ろしてくるアダルベルトに、病人の部屋の前にだという事も忘れ、ライマールは取り乱して怒鳴り声を上げた。


「なぜお前が知っている!!」
「女王陛下がご就寝中ですぞ。お静かに。ご自分で仰られておりましたが? 他の者には聞こえていないようでしたが、残念ながら私は耳がいいですからな。あの時確かに殿下は仰いましたぞ。メルなら拒まなかっーー」
「止めろっ!! それ以上言うなっ!!」


 目に涙を溜めながら耳まで赤くして睨みつけるライマールに、アダルベルトは辟易としながら溜息をついて、「お静かに」と、また窘める。


「……かねてより疑問に思っておりましたが、貴方は一体どういう育てられ方をしたんですか。知識はおありのようですが、王子としての教養や一般常識が欠落しすぎですぞ」
「……仕事はキチンとしている。必要ないだろ」
「今まではそれで通ったのかもしれませぬが、本当にご結婚なさるおつもりなら身の振りを考えた方がよろしいですぞ。今後は我が国だけでなく、女王陛下が恥をかくことになりますからな」
「……一通りは習っている。できないわけじゃない」
「うちの新人がよく使うセリフですな。いう言う者は身についているわけではないので、十中八九すぐにボロが出ますぞ」


 とうとう反論出来なくなり、ライマールはムッと押し黙る。
 少し考えた後、ライマールはアダルベルトの向かいの壁に寄りかかり、どかりとその場に座り込んだ。


「ならここで待つ。それなら問題ないだろう」
「貴方は…………ハッキリもうしまして、うちの新人以下ですぞ。女王陛下がお目覚めになられましたらちゃんとお呼びいたしますから、せめて隣の部屋でお待ち下さい」


 呆れに呆れを通り越して、アダルベルトはライマールに立つように促す。
 ライマールはやはりムッとしながら立ち上がると、渋々ながらも素直にそれにしたがった。
 その背を見送りながら、アダルベルトは婚儀までに矯正が必要だなと、密かに教育計画の算段を模索し始めていた。

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