デール帝国の不機嫌な王子
不器用な思いやり 2
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結果的に言えば、その後皆が心配していたような議会の混乱はなく、それどころかいつもよりもスムーズに話し合いが進むほどだった。
議員達が機嫌を伺うように、時折ライマールに意見を求めれば、考え込むように目を伏せ、暫くすると顔を上げ、言葉短ではあるが核心をズバリとつく様な意見を述べる。というようなやりとりが何度か交わされた。
なかにはやんわりと反論をしようと試みる議員もいたが、的確な反論を更に返されてしまうほどだった。
至極真っ当でキチンとした意見を述べるライマールの姿に、クロドゥルフだけでなく皇帝もなにかを探るように終始ライマールを観察していた。
「ーーでは、これで今日はお開きと言うことで。……っと、ライマール、何か用があるのではなかったか?」
締めに入った所でクロドゥルフが思い出して言えば、皆一斉に待ち構えていたかの様に、討論中よりも緊張した面持ちでそちらへと注目した。
緊迫した空気に少々訝しみながらも、ライマールは逡巡しつつ口を開く。
「……リータの事で皆に迷惑をかける事になったからな。舞踏会と前後してしまったが、報告も兼ねて改めて謝ろうと思った」
席から立ち上がり、俯きがちに言う王子の姿を目にした議員達が驚き、一時騒然とする。
皇帝とクロドゥルフはといえば、その一言に少し目を見開くと、ちらりと互いに視線を交わし、再びその表情を隠した。
「……俺が倒れたのは不眠の為だが、リータが倒れたのは俺に非がある。今後何か竜の国から言及されるようなことがあれば、俺が全て責任を取る。……本当にすまなかった」
俯いたままライマールが謝罪すれば、騒がしかった議員達もシンと静まり返る。
なかには聴き間違えたのではないだろうかと、瞬きする者までいた。
「あの、今回の件は御自分に非があると、そう仰られたので?」
「……ああ」
「それは今、城で騎士達の間で噂されていることが真実とお認めになるということでしょうか?」
「……噂とはなんのことだ?」
「いえっ! ご存知ないのであれば良いのですよ。根も葉もない噂ですから。ハ、ハハハハ……」
恐る恐るの問いかけにライマールは眉を顰めたが、議員達の疑問を代弁するように、皇帝が静かに口を開いた。
「お前はあの日、なぜエイラ様をゼイルの祠へ赴いたのだ。謝罪の前に皆に分かるようにキチンと説明をしなさい」
「……ゼイル本人に会いに祠へ行った。国を守護する神獣にも一応婚約を報告しようと思った。あいにく不在だったが……そのせいで長旅で疲れていたリータに無理をさせてしまった。本調子ではないことに気付けなかった俺の落ち度だ」
ライマールは、儀式よりも前にあらかじめ考えていた言い訳を、ポツリポツリと口にする。
ユニコーンの力を、最大限発揮できる場所だからあの場所を選んだというのもあるが、皇族以外の人間がまず来ることはなく、言い訳としても使いやすかったのだ。
メル達には事前にそのことを伝えていたし、アダルベルトは不満があったとしても、確たる証拠も確証もなしに証言をするような男ではないことは分かっていた。
問題は、どちらかといえば顔に出やすいライマール自身にある。
なるべく平静を装ってはいるが、手の平には汗がじんわりと滲んでいた。
「では、お二人が倒れられたのは偶然であったと、そうおしゃるのですか?」
「……偶然以外でどう倒れるというんだ」
「いえっ、その、私共は納得しているのですが、家臣達の中には、根も葉もない噂で納得しない者もおりますから……こう言ってはなんですが、ライマール様は王子である前に、夢境の魔術師団長でいらっしゃる。先の戦争のせいで、魔術師と聞いただけで震え上がるものも少なくはないのですよ。なんと言いますか……その…………」
「俺がリータに何かしたと、……そう言っているのか?」
「ま、まさか! そのようなこと! ただ、あくまで家臣達がですね……」
しどろもどろに伺いを立てる議員達に、ライマールがムッと眉を顰めれば、誰となくビクリと肩を震わせる。
暫く睨み合った後、腹の探り合いは苦手だ……と、ライマールの方が先にテーブルへと視線を落した。
「訪問したのはゼイルの祠に違いない。その他の場所には行っていないし、リータに危害を加えるようなことはしていない。気になるのであれば、お前達で勝手にいつものように調べればいいだろう」
「し、しかし、我々には魔術の知識などありませんし、なによりゼイル様の祠に入るなど……」
「魔術の知識がないならば魔術師を連れて行っても構わん。俺が許可する。好きなのを連れて行け。俺の部下も信用出来ないと言うなら、アスベルグお得意の監視でも付けてもらえ。祠の許可は皇帝に頼めば下りるだろう?」
「しかしそれだけでは!」
「もうよい。見苦しいぞ! ライマール、お前も座りなさい」
見兼ねた皇帝が声を上げ、ライマールはムッとしつつも、再び席に着いた。
皇帝はふぅーっと深く嘆息をつくと、ライマールに向き直り、改めて質問をした。
「お前はゼイル様に婚約の正式な報告をする為に祠へ向かったが、ゼイル様は不在。その上、エイラ様の体調に気づかず、また自身の体調管理を怠った結果、二人とも休養を余儀なくされた。ということで相違ないな?」
「……はい」
素直に頷くライマールに、皇帝は微かに眉根を寄せる。
その瞳が少しだけなにか物言いたげにこちらを見つめていることに気がつき、ライマールも父と同じように微かに眉根を寄せた。
「そうか……王の前に父として言いたいことは色々あるが、お前も十分反省している様子だ。それに経緯はどうあれ、エイラ様はお前の伴侶となる方だ。今回の件は当人同士で解決すればよいだろう。余も今朝方エイラ様と面会をした。熱は少し残っておられるようだったが、意識はハッキリしておいでだったし、お前までも寝込んでいると聞いてお前の心配をしておられた。……危害を加えるようなことをした人間に対して、果たして心配などするであろうか? 余にはそうは思えない」
くるりと皇帝が視線を一周させれば、議員達はぐっと黙り込んで皆視線を逸らす。
皇帝は意味深な笑みを浮かべると、満足そうに頷き、バンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「うむ。ではこの件はこれで終わりでよいな? ライマール。そなたももう伴侶を得る身だ、今回のようなことを起こし、周りにいらぬ心配をかけてはならぬぞ。では、今日はこれにて解散だ」
皇帝の言葉を合図に、議員達は不満を抱えつつも、バラバラと立ち上がり身支度を整える。
ライマールも同じ様に立ち上がり部屋を出ようとすれば、「ああ、そうだライマール」と、クロドゥルフが声を掛けてきた。
「そういえばまだキチンと言ってなかったな。婚約おめでとう」
にっこりと微笑みクロドゥルフが言えば、議員達はもハッとして顔を上げる。
「ご婚約、御目出度う御座いますライマール様」
「どうぞお幸せに」
等々、ライマールが現れるまでは反対していた者達も含め、口々にライマールに向かって祝福を述べてくる。
ライマールは驚いた顔をした後、顔を赤らめつつも「ああ……有難う」と、困惑気味にポツリと答えた。
少し恥ずかしそうに、はにかむ王子の姿に誰もが呆気に取られたが、裏表のない嬉しそうな様子を目の当たりにし、誰もがライマールを恐れ疑う気持ちをすっかり忘れてしまった。
「父上」
議員達が呆気にとられる中、始終ライマールを観察していたクロドゥルフが、皆に聞こえない様に神妙な面持ちで皇帝に声を掛ける。
皇帝も視線をライマールから外すことなく、その呼びかけに険しい表情をしたまま無言で頷いた。
「ライマール」
皇帝は議員達が部屋から出て行くのを確認すると、それに続こうとしていたライマールに声を掛ける。
ライマールは眉を顰めながら振り返ると、皇帝とクロドゥルフが神妙な面持ちでこちらを見ていることに気が付いた。
「少し話がある。ついて来なさい」
二人の様子を訝しみながらも、素直に頷きそれに従えば、連れて行かれた応接室で、ライマールはその表情を硬いものへと変えざるを得なくする。
そんなライマールを諭すかのように、皇帝やクロドゥルフが話し掛ければ、紫色の瞳に動揺の色が浮かび上がる。
やがてその瞳に金色の光が宿れば、諦めたような顔をして、ライマールはポツリポツリと俯きがちに口を開いた。
結果的に言えば、その後皆が心配していたような議会の混乱はなく、それどころかいつもよりもスムーズに話し合いが進むほどだった。
議員達が機嫌を伺うように、時折ライマールに意見を求めれば、考え込むように目を伏せ、暫くすると顔を上げ、言葉短ではあるが核心をズバリとつく様な意見を述べる。というようなやりとりが何度か交わされた。
なかにはやんわりと反論をしようと試みる議員もいたが、的確な反論を更に返されてしまうほどだった。
至極真っ当でキチンとした意見を述べるライマールの姿に、クロドゥルフだけでなく皇帝もなにかを探るように終始ライマールを観察していた。
「ーーでは、これで今日はお開きと言うことで。……っと、ライマール、何か用があるのではなかったか?」
締めに入った所でクロドゥルフが思い出して言えば、皆一斉に待ち構えていたかの様に、討論中よりも緊張した面持ちでそちらへと注目した。
緊迫した空気に少々訝しみながらも、ライマールは逡巡しつつ口を開く。
「……リータの事で皆に迷惑をかける事になったからな。舞踏会と前後してしまったが、報告も兼ねて改めて謝ろうと思った」
席から立ち上がり、俯きがちに言う王子の姿を目にした議員達が驚き、一時騒然とする。
皇帝とクロドゥルフはといえば、その一言に少し目を見開くと、ちらりと互いに視線を交わし、再びその表情を隠した。
「……俺が倒れたのは不眠の為だが、リータが倒れたのは俺に非がある。今後何か竜の国から言及されるようなことがあれば、俺が全て責任を取る。……本当にすまなかった」
俯いたままライマールが謝罪すれば、騒がしかった議員達もシンと静まり返る。
なかには聴き間違えたのではないだろうかと、瞬きする者までいた。
「あの、今回の件は御自分に非があると、そう仰られたので?」
「……ああ」
「それは今、城で騎士達の間で噂されていることが真実とお認めになるということでしょうか?」
「……噂とはなんのことだ?」
「いえっ! ご存知ないのであれば良いのですよ。根も葉もない噂ですから。ハ、ハハハハ……」
恐る恐るの問いかけにライマールは眉を顰めたが、議員達の疑問を代弁するように、皇帝が静かに口を開いた。
「お前はあの日、なぜエイラ様をゼイルの祠へ赴いたのだ。謝罪の前に皆に分かるようにキチンと説明をしなさい」
「……ゼイル本人に会いに祠へ行った。国を守護する神獣にも一応婚約を報告しようと思った。あいにく不在だったが……そのせいで長旅で疲れていたリータに無理をさせてしまった。本調子ではないことに気付けなかった俺の落ち度だ」
ライマールは、儀式よりも前にあらかじめ考えていた言い訳を、ポツリポツリと口にする。
ユニコーンの力を、最大限発揮できる場所だからあの場所を選んだというのもあるが、皇族以外の人間がまず来ることはなく、言い訳としても使いやすかったのだ。
メル達には事前にそのことを伝えていたし、アダルベルトは不満があったとしても、確たる証拠も確証もなしに証言をするような男ではないことは分かっていた。
問題は、どちらかといえば顔に出やすいライマール自身にある。
なるべく平静を装ってはいるが、手の平には汗がじんわりと滲んでいた。
「では、お二人が倒れられたのは偶然であったと、そうおしゃるのですか?」
「……偶然以外でどう倒れるというんだ」
「いえっ、その、私共は納得しているのですが、家臣達の中には、根も葉もない噂で納得しない者もおりますから……こう言ってはなんですが、ライマール様は王子である前に、夢境の魔術師団長でいらっしゃる。先の戦争のせいで、魔術師と聞いただけで震え上がるものも少なくはないのですよ。なんと言いますか……その…………」
「俺がリータに何かしたと、……そう言っているのか?」
「ま、まさか! そのようなこと! ただ、あくまで家臣達がですね……」
しどろもどろに伺いを立てる議員達に、ライマールがムッと眉を顰めれば、誰となくビクリと肩を震わせる。
暫く睨み合った後、腹の探り合いは苦手だ……と、ライマールの方が先にテーブルへと視線を落した。
「訪問したのはゼイルの祠に違いない。その他の場所には行っていないし、リータに危害を加えるようなことはしていない。気になるのであれば、お前達で勝手にいつものように調べればいいだろう」
「し、しかし、我々には魔術の知識などありませんし、なによりゼイル様の祠に入るなど……」
「魔術の知識がないならば魔術師を連れて行っても構わん。俺が許可する。好きなのを連れて行け。俺の部下も信用出来ないと言うなら、アスベルグお得意の監視でも付けてもらえ。祠の許可は皇帝に頼めば下りるだろう?」
「しかしそれだけでは!」
「もうよい。見苦しいぞ! ライマール、お前も座りなさい」
見兼ねた皇帝が声を上げ、ライマールはムッとしつつも、再び席に着いた。
皇帝はふぅーっと深く嘆息をつくと、ライマールに向き直り、改めて質問をした。
「お前はゼイル様に婚約の正式な報告をする為に祠へ向かったが、ゼイル様は不在。その上、エイラ様の体調に気づかず、また自身の体調管理を怠った結果、二人とも休養を余儀なくされた。ということで相違ないな?」
「……はい」
素直に頷くライマールに、皇帝は微かに眉根を寄せる。
その瞳が少しだけなにか物言いたげにこちらを見つめていることに気がつき、ライマールも父と同じように微かに眉根を寄せた。
「そうか……王の前に父として言いたいことは色々あるが、お前も十分反省している様子だ。それに経緯はどうあれ、エイラ様はお前の伴侶となる方だ。今回の件は当人同士で解決すればよいだろう。余も今朝方エイラ様と面会をした。熱は少し残っておられるようだったが、意識はハッキリしておいでだったし、お前までも寝込んでいると聞いてお前の心配をしておられた。……危害を加えるようなことをした人間に対して、果たして心配などするであろうか? 余にはそうは思えない」
くるりと皇帝が視線を一周させれば、議員達はぐっと黙り込んで皆視線を逸らす。
皇帝は意味深な笑みを浮かべると、満足そうに頷き、バンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「うむ。ではこの件はこれで終わりでよいな? ライマール。そなたももう伴侶を得る身だ、今回のようなことを起こし、周りにいらぬ心配をかけてはならぬぞ。では、今日はこれにて解散だ」
皇帝の言葉を合図に、議員達は不満を抱えつつも、バラバラと立ち上がり身支度を整える。
ライマールも同じ様に立ち上がり部屋を出ようとすれば、「ああ、そうだライマール」と、クロドゥルフが声を掛けてきた。
「そういえばまだキチンと言ってなかったな。婚約おめでとう」
にっこりと微笑みクロドゥルフが言えば、議員達はもハッとして顔を上げる。
「ご婚約、御目出度う御座いますライマール様」
「どうぞお幸せに」
等々、ライマールが現れるまでは反対していた者達も含め、口々にライマールに向かって祝福を述べてくる。
ライマールは驚いた顔をした後、顔を赤らめつつも「ああ……有難う」と、困惑気味にポツリと答えた。
少し恥ずかしそうに、はにかむ王子の姿に誰もが呆気に取られたが、裏表のない嬉しそうな様子を目の当たりにし、誰もがライマールを恐れ疑う気持ちをすっかり忘れてしまった。
「父上」
議員達が呆気にとられる中、始終ライマールを観察していたクロドゥルフが、皆に聞こえない様に神妙な面持ちで皇帝に声を掛ける。
皇帝も視線をライマールから外すことなく、その呼びかけに険しい表情をしたまま無言で頷いた。
「ライマール」
皇帝は議員達が部屋から出て行くのを確認すると、それに続こうとしていたライマールに声を掛ける。
ライマールは眉を顰めながら振り返ると、皇帝とクロドゥルフが神妙な面持ちでこちらを見ていることに気が付いた。
「少し話がある。ついて来なさい」
二人の様子を訝しみながらも、素直に頷きそれに従えば、連れて行かれた応接室で、ライマールはその表情を硬いものへと変えざるを得なくする。
そんなライマールを諭すかのように、皇帝やクロドゥルフが話し掛ければ、紫色の瞳に動揺の色が浮かび上がる。
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