デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

不器用な思いやり 1

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 浄化を終えたエイラ達が城へと辿り着くと、抱えられた状態で帰城したエイラとライマールの姿を目にした騎士や侍女達が、早速慌てふためき騒ぎ出した。
 ライマールは死んだ様に眠り、エイラは体力の弱った状態で外気に触れていたせいか、再び熱を出し、結果二人揃って、三日程眠り続けることとなったのだった。
 これには流石に皇帝やクロドゥルフも動揺した様子を見せた。


 ライマールが倒れることはそう珍しいことではなかったし、大抵の場合は翌日には何事もなかったかのように朝食をとっていたりするので、初めのうちは隣国の女王の身だけを安じていた。
 しかしそれが二日、三日と経てば、今までなかったことだけに、これは大事ではないだろうかと、まず魔術師達が騒ぎだし、それにつられるように議会の中でもこの一件が話に持ち出される事態となってしまったのだった。


「やはりライマール様を竜の国へ送り出すなど無謀なのでは? 先々月の遠征でもお倒れになられたと伺っておりますよ」
「ライマール様がお倒れになるのは今回に限ったことではなかろう! あの方が地方で頻発する死霊問題に率先して出向かれているのは衆知の事実! 過労が溜まっておられるだけだ! それというのも貴殿らが魔術師の重要性を軽視するからではないか!」
「何を言う! 聞けば今回はエイラ様を行き先も告げずに、いずこかへ連れ出した上、二人揃ってその場で倒れられたというではないか! ライマール様がまたなにか問題を起こしたのではと疑わずにいられるか! このまま婚儀となれば、いずれ外交問題に発展しかねない!」
「そうだ! 大体お二人揃って倒れられたというのに、その理由が過労などと納得できようか! 家臣達の間では既にライマール様がエイラ様になにか怪しげな術を使ったせいだ、などという噂が広まっている」
「それが本当だとしたら、我々が魔術師を軽視していた復讐を企てておられるのでは? エイラ様を意のままに操り、帝国を脅かそうと……」
「陛下やクロドゥルフ様の御前だぞ! 根も葉もない噂などに翻弄されるなど、貴殿らは議員の自覚が足らん! そもそもライマール様の行き先ならば、ゼイル様の祠へ赴いたとのメル殿の報告がキチンと来ている!」
「しかし火のない所に煙は立たぬと言いますし……ねぇ?」
「貴公! 殿下を愚弄するつもりか!!」


 議会が混乱を極める中、辟易とした顔で皇帝は終始無言で彼らのやりとりを眺めていた。
 見かねたクロドゥルフが咳払いをすれば、皆一斉にそちらに注目し、静まり返る。


「皆ライマールを心配するあまり、議題から話がずれてしまっているようだね。あの子のことは心配ないよ。医者の診立てでは、本当に眠っているだけだという話だったし、近々目を覚ますだろうと夢境の副団長も言っていた。気になることがあれば本人が目を覚まし次第、聞けばいいのではないかな?」


 ニッコリと微笑んでクロドゥルフがそう言えば、議員達皆一斉に視線を逸らし「えー……あー……そうそう今日の議題は……」などと、白々しく話題を転換する。
 皆のその様子にクロドゥルフは笑顔を貼り付け、皇帝は呆れたように肩を落とした。


 結局のところ、追求する側も擁護する側もライマールを恐れての発言でしかないのだ。
 予測できない行動が多い上に、暴挙に出ることも多い。しかし違法性を弾弓するだけの証拠はなく、毎度ライマール自身も道理を通すような言い分を揃えてくるため、誰一人としてライマールを大人しくさせることはできなかった。


 なかには手っ取り早く排斥を狙おうとする貴族もいたが、先手を読まれて全て失敗に終わるどころか、逆に追い詰められてしまった例もあり、可能なら城から追い出したいとは考えているが、できることならば関わりたくないというのも彼らの本音のひとつだった。


 竜の国の女王との正式な婚約が形を成した今、当分ライマールのことで揉めるのだろうとクロドゥルフはそっと短い嘆息をつく。


 ようやく議会の本題に入れると思った矢先、会議室の扉が勢いよく開かれる。
 何事かと皆一斉にそちらへ注目すれば、先程までの話の中心だった人物が不機嫌そうな顔でそこに立っていた。


 皆のギョッとした顔をしたのを確認すると、ライマールは殊更眉を顰めたが、そのまま奥に座っているクロドゥルフと皇帝に目を向けた。


「起きたのか。目を覚まさないのではと皆心配していたところだった。具合はもういいのか?」
「……ここのところ不眠続きで、そのしわ寄せが来たようです。久方ぶりに十分な睡眠を取ることができました。皆、迷惑をかけた。すまない」


 ムッと顔を顰めてはいるが、皇帝の問いかけに素直に答え、謝罪を口にしたライマールの姿に、誰もが目を見開いた。
 そのままライマールが皇帝のすぐ傍の空席へと静かに座れば、皇帝もクロドゥルフも物言いたげな視線をライマールへと送った。


「あの……ライマール様、今日は議会に参加なされるので?」
「議題になにか意見をいうつもりはない。俺の用は全て終わってからでいい。続けろ」


 議員の一人が恐る恐る問うと、ライマールは腕を組み、目を伏せた状態で微動だにしなくなった。
 謝罪の言葉を口にしたというだけでも奇異なことだというのに、意見を言うつもりはないといいつつも、自ら議席に進んで座るなど、いよいよなにかを企んでいるのだろうかと誰もが背筋に寒いものを感じる。


 一同に静まり返り、緊張感が部屋の中に漂うのを感じ、ライマールはまたムッとした様子で目を開ける。


「……邪魔ならば出直すが?」


 少し俯きがちにライマールが言えば、向かいに座っていたクロドゥルフがハッとする。
 立ち上がろうとしたライマールの目の端が、少し赤みがかっていることに気がついたのだ。


「なにを言う。お前が今まで参加してなかったのがおかしいんだ。お前の意見も是非聴きたい。父上?」
「あ、ああ。その通りだ。お前もその席に座る以上は考えをきちんと述べなさい」
「だが皆それを望んではいないだろう? ……やはり終わる頃に来るべきだったな」
「そんなわけがあるか。意見は一つでも多い方がいいに決まっている」


 ちらりとクロドゥルフが視線を議員達へ向ければ、それに気がついた議員達も曖昧な笑顔を浮かべ、しどろもどろに答えた。


「勿論ですとも。ライマール様が意欲的に意見を述べて下さること程喜ばしいものはありません。なぁ?」
「そ、そうですとも! 是非王子の意見もお聞きしたい! 我々では及ばぬ画期的な考えが、ライマール様ならば浮かぶに違いありません!」


 そうですそうです!と皆一同に首を縦に振れば、ライマールは瞼を染めて「そうか……」と、静かに再び席につく。


 クロドゥルフはそんなライマールの様子を少しだけ観察した後、再び部屋を見渡して、
「それじゃあ始めようか」
 と、皆に笑顔で声を掛けた。

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