デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

理の外に生きる者 1

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 イルミナが退出して数分が過ぎた頃、アダルベルトがエイラを迎えにやって来た。
 粛々とお辞儀をするアダルベルトに、エイラは微笑を浮かべて挨拶をする。
 処罰をいい渡されて、まだ然程時間は立っていないが、前を歩くアダルベルトにエイラは微かな変化を感じ取り、満足そうに柔らかな笑みを浮かべていた。


 普通にしていれば気付かないかもしれないが、魔導師達に対する彼の視線が心なしか、以前よりも侮蔑の意思が減ったように感じられたのだ。
 おそらく本人も気が付いていないのだろうが、魔術師というだけで軽視するような姿はみて取れなかった。


 長い廊下を歩いていると、窓の外に、ライマールと出会った村のニューズにも生えていたであろう青竹が、綺麗に並べて植えられているのが見えてくる。
 あの時は外にも出られず、帝都へ向かう際、兵に囲まれて目にすることがなかったが、空へとまっすぐに伸びる竹を見て、エイラは空高く、雲を突き抜ける自分の城を思い出した。


(もうすぐ帰ります。ですからどうか無事でいてください。マウリ……)


 そっと胸に手を当てて自国で待つ宰相に語りかける。
 歩みが止まりかけ、慌ててアダルベルトの背を追えば、角を曲がったところでライマールと出くわした。


「来たな。こっちだ」
 そう言ってライマールは、近くの客室の扉を開けると、二人を中へと誘導する。
 言われるがままに中へと入れば、白いローブに身を包んだメルが、心配そうな顔でエイラを出迎えた。


「エイラ様……おいたわしいです。ボクが代わってあげられたら迷わず代わるのに……」


 ギュッと手を握り落ち込むメルに、エイラは首を振って微笑を浮かべる。


「いいえ、全ては私の落ち度ですから。このようなことに巻き込んでしまい、謝罪すべきは私の方です。お気持ちだけで充分ですよ。有難う御座います」


 そっと空いている手をメルの手に添えれば、「エイラ様……」と、感動に瞳を潤ませメルが呟く。
 その一部始終を見ていたライマールは、ムッとした顔でエイラの手を取ると、そのままなにも言わずに、少々乱暴に部屋の奥へと引きずって行った。


「ああはなりたくないな……」


 後ろでボソリとアダルベルトが呟き、メルが静かに頷いた気配がしたが、ライマールは聞こえなかったフリをして奥へと進む。
 エイラを部屋の中央にある青白く光る魔法陣の上へと誘導すると、ライマールは自分もその隣に並んだ。


「メル」
「はいはい。エイラ様、ビックリするかもしれませんが、危険はありませんので安心して下さいね」


 ライマールがムッとしたままメルに声をかければ、なれた様子で、メルはエイラに微笑みかける。


 どういう意味だろうと思いつつも曖昧にエイラが頷けば、メルは小さな青い石を握りしめ、ボソボソと呪文を紡ぎ出す。
 魔法陣の輝きが増してメルの姿が揺らめくと、やがて白い光に包まれて、その姿も部屋の様子も何も見えなくなってしまった。
 エイラが思わずライマールの手を握りしめれば、「大丈夫だ」と、ライマールがそっとエイラの手を握り返す。


 視界が再び鮮明になった時、そこにメルの姿はなく、替わりに鬱蒼とした樹木が、エイラ達の周りを囲んでいた。
 転送の余韻でクラクラとする頭を押さえながら、エイラはゆっくりと深呼吸をして体調を整える。
 幾分か落ち着いたところで、エイラは辺りを見渡しながらライマールに質問をした。


「ここは……?」
「ゼイルの森。帝国を覆う森の中だ」
「森の中? 城の外という事ですか?」


 ライマールの返答に驚き、エイラは目をしばたたかせる。
 エイラのその反応に、ライマールは笑みを浮かべて頷いてきた。


「これがゼイルの森……」


 ユニコーンの名がつけられた森の話は、今は亡きウイニー王国の、とある姫君の有名なおとぎ話で知っていた。
 知ってはいたのだが、エイラにとってその光景は、想像を絶するものだった。
 竜の国には当然ない大きな森の、四方から迫り来る様な樹木の迫力を目の当たりにし、エイラは言葉を失い、しばしその場に立ち尽くす。
 ライマールはエイラの反応を、とても満足そう見つめていた。


「そんなに珍しいか?」


 ライマールが優しげに声を掛ければ、エイラはハッと気がつき、戸惑いがちに頷く。
 生きている木を見たことはもちろんあるが、ここまで大きく、しかも無限に広がるような樹木を目にしたのは初めてだった。
 建物の構造上、竜の国で育てられる木は、主に観賞用の小さなものと、背の低い果樹ぐらいしかないのだ。
 高級家具などに使われるような大きな木は、竜を使役できる王族が自ら他国へ足を運んで入手する必要があるくらい、とても貴重なものだった。


「ライマール様が看病してくださった時、お世話になった民家も木製で驚きましたが、まさかここまで多くの樹木が生えているとは思ってもいませんでした。臣民の皆さんが木材で家を建てられるのも納得がいきます。羨ましい限りです」
「そうか。だが不用意に近づくな。この辺は安全地帯のはずだが、時折木に擬態したモンスターが潜んでいることがある。人相手ならそれなりに守ってやれるとは思うが……残念ながら俺は奴に対抗出来る術を持っていない。見分けるのも割と難しい」


 木に擬態したモンスターと聞き、エイラは少し眉を顰める。
 地上に住む生物の中に、モンスターと言う有害な生物がいることは知識として知ってはいたが、モンスターのいない龍の国には、"擬態"と言う単語が存在しなかったため、その言葉の意味が解らなかったのだ。
 聞いた方がいいのか、流した方がいいのか……と、エイラが思案していれば、不安にさせてしまったのかとライマールは少し眉を顰めた。
 そして遠慮がちに「大丈夫だ」と、エイラに声を掛け、手を取ると、そのまま魔法陣の外へと誘導する。


「ある程度なら外敵の気配は感知できる。それに、少し行けば結界の中に入るからな」


 あいつらもすぐに来るだろうと言って、ライマールはふとその表情を曇らせる。
 難しい顔で、エイラの細くしなやなか女性らしい手を見つめながら、どこか悔しげにライマールは呟いた。


「なるべく早く終わらせる。……代われるならば俺だって……」


 細長く、しかしそれでも男らしく骨張った指が、そっとエイラの柔らかい頬に触れる。
 どきりとしてエイラがライマールを見上げれば、微かに揺れる紫色の瞳と視線が重なる。
 頬を掠める親指からは摩擦が生まれ、じんわりと熱が顔中に広がるような感覚に包まれる。
 "熱い"と意識した途端、エイラの背に緊張が走り、今まで感じたことがないような速さで、心臓がドクドクと早鐘を打ち鳴らした。


「リータ……」


 切ない吐息と共に吐き出された自分の名前の甘い響きに耐えられず、エイラが思わず視線を下げると、ゆっくりと近づいてくる、ライマールの気配を感じた。

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